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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

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34/101

34話 王家の生き残り

お読み頂きありがとうございます。

 アルマンに案内され、ノクトたちは王都の外れへ向かった。


 歩いているうちに、整えられた石畳は土の道へと変わっていく。


 建物の数も減り、人の声は遠ざかっていった。


 聞こえるのは、草を揺らす風の音だけだった。


 路地を二つ曲がり、さらに人目を避けるように細い道を進む。


 その先に、一軒の小さな家があった。


 古い家だった。


 だが荒れ果ててはいない。


 壁はくすんだ白。


 低い屋根には、何度も修繕した跡が残っている。


 派手さはまるでなかった。


 むしろ人の目に留まらないために建てられたような家だった。


 その前には小さな庭がある。


 低い柵はところどころ歪んでいた。


 庭の中央には、何度も人が歩いて踏み固められた土の道が伸びている。


 その脇には、野菜と薬草が少しずつ植えられていた。


 手入れは最低限だった。


 それでも一つも枯れていない。


 誰かが毎日、欠かさず世話をしているのだろう。


 庭の端には古い木のベンチ。


 その横には洗った布を干すための細い縄が張られていた。


「ここだ」


 アルマンが軋む木戸を押し開けた。


 家の中は、外から見た印象よりも落ち着いていた。


 小さな暖炉。


 簡素な食卓。


 壁際には古い棚があり、パンと水、保存用の豆が並べられている。


 窓からは先ほどの庭が見えた。


 薄いカーテンが風に揺れている。


 贅沢な物は何もない。


 それでも人が暮らしていくには充分な家だった。


 アルマンは暖炉のそばにある椅子へ腰を下ろした。


 大きく息を吐く。


 テオは疲れ切っていたらしく、家へ着くなり自分の部屋へ戻っていった。


「ここなら、落ち着いて話せる」


 アルマンの背中は大きく、力強かった。


 だが、この家にいる彼は戦士にも王族にも見えない。


 ただ、残された家族を守るために生きてきた男。


 そんな背中だった。


 ノクトたちも食卓を囲んだ。


「まず、ベルナールが魔王軍に占領された時のことを教えてください」


 ノクトが尋ねる。


 アルマンはしばらく暖炉の火を見つめていた。


「一年以上前の話だ」


 低い声で話し始める。


「魔王軍がベルナールへ攻め込んできた。王都の兵は抵抗したが、話にならなかった」


「ヴァルグランがいたから?」


 ライナが尋ねた。


「ああ」


 アルマンの表情が険しくなる。


「奴一人で、戦況がすべてひっくり返った」


 城壁。


 兵士。


 王宮を守る魔法使いたち。


 そのどれもが、ヴァルグランの炎の前では意味をなさなかった。


 ベルナールの王と、その血を引く者たちのほとんどが殺された。


 生き残った王族は、アルマン。


 テオ。


 そしてテオの姉であるエレーヌだけだという。


「他の者は?」


 エリシアが尋ねる。


「死んだ」


 アルマンは短く答えた。


「捕まった者もいたが、今も生きているとは思えない」


 部屋が静かになった。


 アルマンは自分の大きな手を見つめる。


「最初は、俺も戦うつもりだった」


 その手には、数え切れないほどの傷が刻まれている。


「だが、すぐに分かった。戦えば、テオとエレーヌまで殺される」


「だから、この家に?」


「ああ」


 アルマンは頷いた。


「目立たずに暮らしている。テオとエレーヌが生きていれば、それでいい」


 ベルナールが魔王軍に占領されて、一年以上。


 長い支配の中で、国民の多くは解放されることを諦めてしまった。


 逆らえば殺される。


 助けを求めても、誰も来ない。


 何度もそれを見せつけられれば、声を上げる力も失われていく。


 アルマンも、この小さな家で一生を終える覚悟をしているようだった。


「でも、暁って組織は魔王軍に革命を起こそうとしているんですよね?」


 ライナの言葉に、アルマンは深いため息を吐いた。


「暁なら知っている。最近になって、急に名を聞くようになった組織だ」


「ユリウスとレオンが率いているそうです」


 ノクトが言う。


「ああ。二人とも珍しい魔法を使うらしいな」


 アルマンは椅子の背へ体を預けた。


「だが、無理だ」


「どうしてそう言い切れるんですか?」


 ライナが尋ねる。


「俺は魔王軍の強さを知っている」


 アルマンは、まっすぐライナを見た。


「実際に奴らの戦いも見た。強すぎるんだ。そこらの若造が何人集まろうと、勝てる相手じゃない」


 エリシアは何も言わなかった。


 彼女もヴァルグランと直接戦っている。


 アルマンの言葉を、簡単には否定できなかった。


 その時だった。


 二階から、床板を踏む音が聞こえた。


 一歩ずつ、ゆっくりと階段を下りてくる。


 ノクトたちが視線を向けると、金髪の女性が姿を現した。


「こんなところに、お客様なの?」


 女性は階段の手すりに手を添えながら、ノクトたちを見渡した。


 テオの姉。


 エレーヌ・ラヴォワだった。


 蜂蜜色の髪を低い位置でまとめ、肩へ流している。


 整った顔立ちと淡い碧色の瞳は、どこかテオに似ていた。


 着ている服は質素だった。


 それでも立ち姿や指先の動きには、王族として育った者の気品が残っている。


 穏やかな表情。


 その奥には、強い警戒心が見えた。


「この人たちはな、俺とテオを助けてくれたんだ」


 アルマンが答える。


「どうやら魔王軍を倒すために、ザルベックから来たらしい」


「魔王軍を倒すためですって!?」


 エレーヌは驚いて声を上げた。


 すぐにノクトたちへ歩み寄る。


「では、暁と一緒に戦うということなの?」


 先ほどまでの警戒した表情が、少しだけ明るくなっていた。


「ええ」


 エリシアが答える。


「そのつもりよ」


「そう……」


 エレーヌは胸元で手を重ねた。


 嬉しそうでありながら、どこか信じられないような顔をしている。


 アルマンがそんな彼女を見て、眉を寄せた。


「体調は大丈夫なのか?」


「ええ。少し眠ったら、だいぶ楽になったわ」


 そう答えたものの、エレーヌの顔色はあまりよくなかった。


 階段を下りただけで、少し息を切らしている。


「本当に医者を呼ばなくていいのか?」


「ええ」


 エレーヌは静かに首を振った。


「目立つようなことは、あまりしたくないわ。きっと疲れが出ただけよ。大丈夫」


 アルマンは納得していない様子だった。


 それでも、これ以上は何も言わなかった。


 エレーヌも食卓のそばに座る。


 それからノクトたちは、ベルナールについてさらに詳しく話を聞いた。


 暁は、魔王軍の支配に反発する若者たちを中心に作られた組織だった。


 農民。


 商人。


 元兵士。


 魔法使い。


 出自も立場も違う者たちが、魔王軍をベルナールから追い出すために集まっている。


 彼らの目的は、ただヴァルグランを倒すことだけではない。


 魔王軍をこの国から追放する。


 そして王制そのものを廃止する。


 王の代わりに、国民一人一人がベルナールの行く末を決める国を作る。


 そのために、多くの若者たちが命を懸けて戦っているという。


「王制をなくす……」


 ライナが呟いた。


 その場には、ベルナール王家の生き残りが二人いる。


 アルマンとエレーヌは、暁の目指す国についてどう思っているのか。


 ノクトは少し気になった。


「アルマンさんたちは、それでいいんですか?」


 ノクトが尋ねる。


「王制がなくなれば、ラヴォワ家が再び王家へ戻ることはありません」


「構わん」


 アルマンは迷わず答えた。


「王族の地位なんてものに、もう興味はない」


 エレーヌも静かに頷く。


「国民が苦しまずに暮らせるなら、王が誰であろうと、王がいなかろうと関係ありません」


 彼女は窓の外を見た。


「私たちの家族は、ベルナールを守れなかった。それなら次の国の形は、生き残った人たちが決めるべきです」


 アルマンは腕を組む。


「だが、暁が勝てるかどうかは別の話だ」


 ヴァルグランの強さを知る彼は、やはり革命が成功するとは考えていなかった。


 ノクトたちは、知りたかったことを一通り聞き終えた。


「ありがとうございました」


 ノクトが頭を下げる。


「俺たちは、ユリウスのところへ向かいます」


「ああ」


 アルマンは頷いた。


「何を言っても、お前たちは行くんだろう」


「そのために来ましたから」


 ノクトたちが立ち上がり、玄関へ向かう。


 その時だった。


「待ってください」


 エレーヌが呼び止めた。


 ノクトが振り返る。


 エレーヌは椅子から立ち上がり、真剣な表情で彼らを見つめていた。


「どうか、暁を助けてあげてください」


 その声には、切実な願いが込められていた。


「彼らのやり方が正しいのか、私には分かりません。でも、この国を変えようとしている人たちがいる。その希望まで失いたくないのです」


 ノクトは頷いた。


「ええ。任せてください」


 エレーヌの瞳をまっすぐ見返す。


「俺たちは、そのためにこの国へ来たんです」


 エレーヌは、安心したように小さく微笑んだ。


 ノクトたちはアルマンの家を出た。


 そして再び、ユリウスのいるアジトへ向かって歩き始める。


 夕暮れが近づいていた。


 空は鈍い橙色に染まり、畑と家々の影が長く伸びている。


 人気のない小道を進んでいると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。


 王都へ近づくにつれて、人々のざわめきも少しずつ戻ってくる。


 だがノクトたちは、人通りの多い道を避けた。


 魔王軍の巡回に見つからないように、壁際や建物の影を選んで進む。


 やがて古い建物が密集する一角へたどり着いた。


 細い道。


 崩れた壁。


 地面に散らばる瓦礫。


 その奥。


 半分ほど崩れた石壁の向こうに、ユリウスのいる暁のアジトがあるはずだった。


 ノクトは、レオンから渡された地図をもう一度確認した。


「ここで間違いない」


「ようやくね」


 エリシアが周囲を見回す。


「最初のアジトより警戒が厳しそうよ」


 人の姿は見えない。


 それなのに、どこかから監視されているような気配があった。


 ライナも表情を引き締める。


 ノエルは皆の少し後ろに立ち、静かに周囲を見ていた。


 ノクトは地図を畳む。


 ベルナール王家の生き残り。


 革命軍「暁」。


 王制をなくし、新しい国を作ろうとする若者たち。


 そして、そのすべてを炎で押さえつけるヴァルグラン。


 アルマンの言葉を思い出す。


 そこらの若造では勝てない。


 それでも、ここまで来た。


(ここからが、本当の戦いだ)


 ノクトは静かに息を整えた。


「行こう」


 全員が頷く。


 彼らはユリウスの待つアジトへ向かい、薄暗い路地の奥へ足を踏み入れた。

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