33話 アルマン・ラヴォワ
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ノクトたちは、倒した魔王軍の兵士からテオの叔父の居場所を聞き出すことにした。
五人のうち、意識が残っていたのは二人。
エリシアはその一人の襟を掴み、路地の壁へ押しつけた。
「捕まえた男をどこへ連れていったの?」
兵士は答えない。
口元に血を滲ませながら、エリシアを睨み返した。
「誰が貴様らなんかに――」
「そう」
エリシアは冷たく言った。
「なら、話したくなるまで続けるだけよ」
兵士の顔色が変わる。
何をされたのかは、少し離れていたライナたちからはよく見えなかった。
だが、その直後。
「わ、分かった!話す!話すから!」
兵士の悲鳴が路地に響いた。
ライナの肩が跳ねる。
「エリシアって、あんなに怖かったっけ……?」
「前からあんな感じじゃないか?」
ノクトが小声で答える。
「聞こえているわよ」
エリシアが振り返らずに言った。
「ごめん」
ノクトはすぐに謝った。
ノエルは少し青ざめながら、エリシアの背中を見ていた。
「すごいね……」
「そうだな」
ノクトは尋問を続けるエリシアを見つめた。
若い。
それでもエリシアは、一国の王女として魔王軍と戦い続けてきた。
自分たちとは違う場所で、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
(踏んできた場数が違うんだな)
エリシアは一人目から場所を聞き出しても、すぐには信用しなかった。
兵士を地面へ座らせると、少し離れた場所へ移動し、もう一人を起こした。
二人が互いの声を聞けないようにして、同じ質問を繰り返す。
「捕らえた大男は、どこへ連れていったの?」
二人目も最初は口を閉ざしていた。
だがエリシアが一歩近づいただけで、先ほどの兵士の悲鳴を思い出したのか、すぐに話し始めた。
二人が答えた場所は一致していた。
「間違いなさそうね」
エリシアは立ち上がった。
「ここから、それほど遠くないわ」
そして兵士を路地の端へ放り出す。
兵士は声も出せず、恐怖で震えていた。
「すぐに向かいましょう」
「エリシア、あの人たちはどうするの?」
ライナが倒れた兵士たちを見る。
「しばらくは動けないわ。殺す必要もないでしょう」
エリシアは何事もなかったように歩き出した。
「急がないと、テオの叔父が別の場所へ移されるかもしれない」
「アルマン……」
テオは不安そうに拳を握った。
「大丈夫だよ」
ノエルがそっと声をかける。
「きっと間に合う」
「うん」
ノクトたちは裏通りを抜け、兵士から聞き出した場所へ急いだ。
人目を避けながら細い道を進む。
やがて、寂れた住宅街へ入った。
人の姿はほとんどない。
崩れかけた塀。
雑草に覆われた道。
そこだけ王都から切り離されたように、静まり返っていた。
エリシアが一軒の家の前で足を止める。
「ここよ」
目の前にあったのは、薄汚れた空き家だった。
屋根はところどころ剥がれている。
外壁は灰色に汚れ、窓ガラスはすべて割れていた。
割れた窓には、古い板が乱雑に打ちつけられている。
庭には腰の高さまで雑草が伸びていた。
「えっ……ここ?」
ライナが眉をひそめる。
「どう見ても、何年も放置された空き家だけど」
「人を隠すなら、こういう場所の方が都合がいいのよ」
エリシアは戸口を見つめる。
扉は片方の蝶番が外れ、斜めにぶら下がっていた。
鍵も壊れている。
ノクトは耳を澄ませた。
中から、かすかな人の気配を感じる。
「誰かいる」
「入るわよ」
エリシアはぶら下がった扉を蹴り飛ばした。
大きな音を立てて、扉が家の中へ倒れる。
埃が舞い上がった。
ノクトは思わず苦笑する。
(相変わらず容赦がないな……)
「何か言いたそうね」
「何も言ってない」
「顔に出ているわ」
エリシアを先頭に、全員が空き家へ入った。
室内は暗かった。
腐った木材と埃の臭いが鼻を刺す。
割れた家具。
倒れた棚。
床には何人もの男が倒れていた。
全員、魔王軍の兵士だった。
「もう倒されてる……?」
ライナが驚いた声を出す。
兵士たちは気を失っている。
壁には何かが激しくぶつかった跡があり、床板も何枚か割れていた。
室内で戦闘があったのは間違いない。
その奥。
食卓の椅子に、一人の大男が座っていた。
いや、座っているというより、力尽きて倒れ込んでいる。
全身に傷を負い、粗末な上着は血で汚れていた。
「アルマン!」
テオが叫ぶ。
大男へ駆け寄り、その腕を掴む。
「アルマン!起きてよ!」
テオの声に、大男のまぶたが動いた。
ゆっくりと目を開ける。
「……テオ?」
低く、太い声だった。
「どうして、お前がここにいる」
「アルマンこそ、どうしてこんなにボロボロなんだよ!」
男の名は、アルマン・ラヴォワ。
ベルナールの王族とは思えないほど、逞しい体格をしていた。
背は高く、肩幅も広い。
粗末な上着の下には、長年鍛え上げてきた厚い体がある。
大きな手には、細かな傷がいくつも刻まれていた。
髪は黒に近い深い茶色。
無造作に後ろへ撫でつけられている。
険しい顔立ちをしているが、テオを見る瞳だけは驚くほど優しかった。
かつては王族らしい服を着ていたのだろう。
だが今の姿は、王族というより街で働く労働者に近い。
「街へパンを買いに出たら、魔王軍の連中に囲まれてな」
アルマンは倒れている兵士たちへ視線を向けた。
「ここまで連れてこられたあと、急に襲ってきやがった」
「それで、この人たちを全部倒したの?」
ライナが目を丸くする。
「ああ。返り討ちにした」
「すご……」
倒れている兵士は十人近くいた。
アルマン自身も重傷を負っているとはいえ、これだけの人数を一人で倒したらしい。
テオは誇らしそうに胸を張った。
「アルマンはめちゃくちゃ強いんだ。こんな奴らには負けないよ!」
ノエルがアルマンのそばへ近づく。
「でも、ひどい怪我だよ」
「大したことはない」
「大したことありますよ」
ノエルは珍しく少し強い口調で言った。
「動かないで下さい。僕が治します。」
「君は?」
「ノエル。僕を守ってくれた人だよ」
テオが先に答える。
「そうか。世話になったな」
「大したことはしていないです」
ノエルはアルマンの前に膝をついた。
そして胸の前で、そっと両手を広げる。
「白雫癒雪」
ノエルの手のひらから、白い雪の粒が生まれた。
ぽとり。
ぽとり。
ゆっくりと零れ落ちる。
だが、その雪に冷たさはなかった。
触れた場所から、柔らかな温もりが広がっていく。
白い雪はアルマンの傷へ降り積もり、触れた瞬間に淡い光となって溶けた。
傷口から痛みを吸い上げるように。
ノエルの優しいマナが、雪となって体を包んでいく。
裂けていた皮膚が閉じる。
腫れていた箇所が元に戻る。
傷ついた骨も、ゆっくりと正しい位置へ戻っていった。
アルマンは自分の体を見下ろし、目を見開く。
「これは……」
治り方が速い。
少しずつ痛みを抑えるような回復魔法ではない。
目に見える速さで、傷そのものが消えていく。
やがて白い雪が消えた頃には、アルマンの体にあった傷はほとんど治っていた。
アルマンは肩を回す。
拳を握る。
さっきまで立つことも難しかったとは思えないほど、体が動いた。
「すごい!」
ライナが声を上げた。
「こんなに速い回復魔法、見たことないよ!」
エリシアも驚きを隠せない様子でノエルを見ている。
「傷を塞ぐだけではないわね。骨や筋肉の損傷まで、ほぼ完全に治している」
エリシアはノエルの手元に残るマナを観察した。
「ここまで質の高い回復魔法を使える者は、そう多くないわ」
「そ、そうかな……」
ノエルは恥ずかしそうに頬を赤くした。
けれど、少し嬉しそうでもあった。
「僕、攻撃はできないから。治すことくらいしかできないけど」
「それを『くらい』なんて言わない方がいいわ」
エリシアは真剣な表情で言った。
「今の魔法は、間違いなく多くの命を救える力よ」
ノエルは一瞬驚き、それから小さく頷いた。
「うん。ありがとう」
アルマンは椅子から立ち上がった。
その大きさに、ライナが思わず見上げる。
「大きいね……」
「よく言われるよ」
身長は百九十センチ近くありそうだった。
アルマンはノエルの前に立ち、深く頭を下げる。
「助かった。ありがとう、ノエル」
「いえいえ。治ってよかったです。」
「テオのことも守ってくれたそうだな」
「たまたま近くにいただけなんで」
「それでも、ありがとう」
アルマンはもう一度礼を言った。
そして床に倒れている魔王軍の兵士たちを見る。
「しかし困ったもんだ。パンを買いに出ただけで、これだからな」
「どうして狙われたんですか?」
ライナが尋ねる。
「この体格だ」
アルマンは自分の肩を軽く叩いた。
「目立つんだよ。魔王軍の連中は、体の大きい男を見ると兵士として使えると思うらしい」
「王族だと気づかれたわけじゃないんですか?」とライナが尋ねる。
「その可能性もあるが、こいつらが俺を知っていた様子はなかった」
アルマンはテオの頭へ大きな手を置いた。
「とにかく帰るぞ。姉さんも心配している」
「うん」
テオは安心したように頷いた。
「皆も助けてくれてありがとう。礼は改めてさせてくれ」
アルマンが出口へ向かおうとする。
「待って下さい」
エリシアが呼び止めた。
アルマンが振り返る。
「何だ?」
「聞きたいことがあります」
エリシアはまっすぐアルマンを見た。
「私たちは魔王軍を倒すためにベルナールへ来ました。だからこの国の現状を知りたいんです」
アルマンの表情から、先ほどまでの柔らかさが消える。
「それと革命軍『暁』についても教えて下さい」
アルマンはしばらくエリシアを見つめた。
ノクト。
ライナ。
ノエル。
そしてエリシア。
一人ずつ、何かを確かめるように視線を移す。
「お前たちは暁の者じゃないのか?」
「ザルベックから援軍として来ました」
ノクトが答えた。
アルマンの目がわずかに細くなる。そして彼は短く答えた。
「話すなら場所を変える。ここにいつ魔王軍の増援が来てもおかしくない」
彼は倒れている兵士を一度だけ見た。
「ついてこい」
「家に案内してくれるの?」
「ああ」
アルマンはテオの肩を抱き、壊れた扉へ向かう。
「この国のことも、暁のことも、知っている範囲で話す」
こうしてノクトたちは、アルマンの家へ向かうことになった。
革命軍「暁」。
ベルナール王家。
そしてヴァルグラン。
この国で絡み合うものの正体が、少しずつ明らかになろうとしていた。
ありがとうございました!




