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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

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32/100

32話 氷の青年ノエル

今回もお読み頂きありがとうございます!

 ノクトたちは暁のアジトを出て、ベルナール王都を歩いていた。


 レオンから渡された地図を頼りに、ユリウスのいる別のアジトを目指している。


「次の角を右みたいだな」


 ノクトが地図を確認する。


「本当に合ってる?」


 ライナが後ろから覗き込んだ。


「たぶん」


「たぶんって何よ」


 エリシアが呆れたように言う。


「潜入中なのよ。道に迷って魔王軍の詰所に入ったら、笑い話にもならないわ」


「そこまで方向音痴じゃない」


「どうかしらね」


 三人はフードを深くかぶり、人通りの多い道を進んだ。


 大通りは、相変わらず眩しいほど整っている。


 白い壁の屋敷。


 磨かれた石畳。


 昼間から青白い光を灯す魔導灯。


 絹の服を着た貴族たちが馬車で行き交い、宝飾店の窓には色とりどりの宝石が並んでいた。


 菓子屋からは、焼きたての甘い匂いが漂ってくる。


 魔王軍に従った貴族たちは、今も変わらず裕福な暮らしを続けているらしい。


 けれど通りの端へ目を向ければ、すぐに別の景色が見えた。


 建物の隙間で、痩せた子どもがうずくまっている。


 穴の開いた靴。


 汚れた服。


 両腕には、拾った物を詰め込んだ袋を抱えていた。


 貴族の馬車が通るたび、子どもは目を合わせないように顔を伏せる。


 誰も、その子に声をかけなかった。


「同じ街なのにね」


 ライナが呟いた。


「こんなに近くにいるのに、全然違う世界みたい」


 エリシアは答えなかった。


 ただ、馬車の中で笑う貴族たちを冷たい目で見ていた。


 広場の中央には、炎の紋章が刻まれた石柱が立っていた。


 その横には、何度も使われた跡の残る処刑台。


 掲示板には新しい税率と、反逆罪で処刑された者たちの名前が並んでいる。


 道行く人々は掲示板を一瞬見る。


 だがすぐに目を逸らし、足早に立ち去っていった。


 立ち止まることさえ、疑われる原因になるのだろう。


「急ごう」


 ノクトが言った。


 三人は大通りを外れ、下り坂になった細い路地へ入ろうとした。


 その時だった。


 近くから、大きな衝撃音が響いた。


 何かが壁へ叩きつけられたような音。


 続いて、怒鳴り声が聞こえてくる。


「争ってるみたい!」


 ライナが音のした方向を見る。


 ノクトは地図を畳み、すぐに走り出した。


「見に行こう」


「また勝手に動くのね」


 そう言いながらも、エリシアも後を追った。


 路地を二つ曲がった先。


 小さな広場で、一人の青年が魔王軍の兵士五人に囲まれていた。


 青年のそばには、まだ幼い少年がいる。


 少年は青年の服を握り、怯えた顔で身を縮めていた。


 青年は二人を包み込むように、氷の壁を展開していた。


 透明な氷が丸いドームを作り、その表面を魔王軍の炎や風の刃が何度も打ちつけている。


 それでも氷には、ほとんど傷が入っていなかった。


「すごい……」


 ライナが目を丸くする。


「あの人数の攻撃を受けても、びくともしてないよ」


 青年は肩にかかるほどの淡い銀青色の髪をしていた。


 風が吹くたび、柔らかな髪が頬にかかる。


 大きな瞳は薄い水色。


 顔立ちは整っているが、どこか中性的で柔らかい雰囲気を持っていた。


 氷の中に立つ姿だけを見れば、魔王軍の五人を圧倒できるだけの実力があるように見える。


 だが青年は、攻撃しようとしなかった。


 ただ少年を庇いながら、防御を続けている。


「どうして反撃しないんだろう?」


 ライナが首を傾げる。


「防御魔法しか使えないのかしら」


 エリシアも青年を観察する。


「でも、これほど強力な氷魔法を使えるのに、攻撃だけ使えないなんて……」


「とにかく助けよう」


 ノクトが剣の柄へ手を伸ばした。


「待って」


 エリシアが腕を掴む。


「私とあなたは、よほどのことがない限り魔法を使わないようにしましょう」


「分かってる」


「光と闇の魔法を使えば、すぐに噂が広まるわ。私たちがベルナールに入ったことを、ヴァルグランに知られたくない」


「あれくらいなら、魔法はいらないよ」


 ノクトは剣を抜いた。


 魔王軍の一人が、氷のドームへ再び炎を放とうとしている。


 ノクトは一気に距離を詰めた。


「何だ、貴様――」


 兵士が振り返るより早く、ノクトの剣が杖を弾き飛ばした。


 そのまま柄で腹を打つ。


 兵士は息を詰まらせ、地面へ倒れた。


「敵だ!」


 残りの四人が一斉にノクトへ向く。


 だが遅かった。


 ノクトは飛んできた風の刃を剣で斬り払い、そのまま懐へ入る。


 一人の足を払い、もう一人の武器を弾く。


 背後から振り下ろされた剣を避け、肘で顎を打ち抜いた。


 最後に残った兵士が、怯えながら後ずさる。


「お、お前……何者だ……」


「通りすがりだよ」


 ノクトは剣の腹で兵士の手首を打った。


 剣が落ちる。


 続けて鳩尾を蹴り、兵士を気絶させた。


 五人の魔王軍は、あっという間に地面へ倒れていた。


「相変わらず、剣だけでも強いね」


 ライナが感心する。


「これくらいはな」


「調子に乗らない」


 エリシアが釘を刺した。


 敵が全員倒れたのを確認すると、氷のドームがゆっくりと消えていった。


 冷たい粒が光を反射しながら、空気へ溶けていく。


 ノクトは剣を収め、青年へ近づいた。


「大丈夫か?」


 青年は驚いたようにノクトを見た。


 その顔を正面から見た瞬間、ノクトは足を止めた。


(この顔……)


 どこかで見たことがある。


 細い輪郭。


 目元。


 落ち着いた表情。


(セラフィーヌに似ている……?)


 気のせいではない。


 雰囲気はまるで違う。


 セラフィーヌの冷たさや鋭さに対して、この青年から感じるのは柔らかさだった。


 それでも顔立ちの一部が、妙によく似ている。


 ノクトは無意識に青年を見つめていた。


 青年もまた、ノクトの顔をじっと見返している。


 二人の間に、わずかな沈黙が流れた。


「……どうしたの?」


 青年が不思議そうに首を傾げる。


 少し高く、穏やかな声だった。


 話す速度もゆっくりしている。


「いや。何でもない」


 ノクトは視線を逸らした。


「助けてくれて、ありがとう」


「ああ」


 青年のそばにいた少年が、安心したように息を吐いた。


 そして青年を見上げる。


「ノエルも、ありがとう。僕を守ってくれたから」


 青年の名はノエルというらしい。


 ノエルは少年に向かって、優しく笑った。


「僕は守っていただけだよ。あの人が来なかったら、ずっとあの中に閉じ籠もっていたかもしれない」


「でもノエルがいなかったら、僕はとっくに死んでたよ」


 少年はそう言ってから、ノクトへ頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとう」


「気にしなくていいよ」


 ノクトは少年の目線に合わせて屈んだ。


「怪我は?」


「大丈夫。ノエルが治してくれたから」


「治した?」


 エリシアがノエルを見る。


「あなた、回復魔法も使えるの?」


「うん」


 ノエルは小さく頷いた。


「でも、攻撃魔法は使えないんだ」


「一つも?」


「一つも使えない」


 ライナが驚いた顔をする。


「氷魔法って、尖った氷を飛ばしたりできそうなのに」


「やろうとしても、うまくいかないんだ」


 ノエルは自分の手を見る。


「誰かを傷つける形にしようとすると、魔法が消えちゃう。でも守る魔法と、怪我を治す魔法なら使える」


「珍しいわね」


 エリシアはノエルの周囲に残るマナを観察していた。


「攻撃できないとはいえ、さっきの防御魔法は相当なものよ。あれだけの攻撃を受け続けても、ほとんど揺らいでいなかった」


「ありがとう」


 ノエルは少し照れたように笑った。


 ノクトは黙ってノエルを見た。


 やはり、セラフィーヌとは似ていない。


 少なくとも性格は、まるで違うように思えた。


 ライナは少年の前にしゃがむ。


「君は、どうして魔王軍に追われてたの?」


 少年は一瞬、答えるのをためらった。


 やがて意を決したように口を開く。


「僕は、テオ・ラヴォワ」


「ラヴォワ?」


 エリシアの表情が変わった。


「まさか、ベルナール王家の?」


 テオは頷いた。


 ベルナールを治めていたラヴォワ家。


 魔王軍によって国を奪われ、王族のほとんどは殺されたか、行方が分からなくなっている。


 テオは、その生き残りだった。


「えっ、王子様なの?」


 ライナが目を丸くする。


「ミレオに続いて、ベルナールでも王族に会うなんて……」


「今は王子じゃないよ」


 テオは俯いた。


「王国はもうないから」


 その一言に、ライナは何も言えなくなった。


「今は、姉さんと叔父さんと暮らしてる」


 テオは続ける。


「でも、叔父さんが魔王軍に捕まったんだ」


「それで、あの兵士たちを?」


 ノクトが尋ねる。


「うん」


 テオは悔しそうに拳を握った。


「魔王軍の兵士を捕まえたら、叔父さんがどこにいるか聞き出せると思った。でも……」


「逆に捕まえられそうになったのね」


 エリシアが言った。


 テオは小さく頷く。


「無茶をしたわね」


「だって、待ってたら叔父さんが殺されるかもしれない!」


 テオは顔を上げた。


 幼い瞳に、恐怖と焦りが浮かんでいる。


「姉さんは危ないから待ってろって言う。でも、何もしないで待つなんてできないよ」


「気持ちは分かるけど、一人で魔王軍に挑むのは危険だよ」


 ライナは優しく言った。


「ノエルがいなかったら、本当に殺されてたかもしれない」


「……分かってる」


 テオは唇を噛んだ。


「でも、叔父さんを助けたい」


 ノクトは倒れている魔王軍の兵士たちを見た。


 この者たちから情報を聞き出すことはできるかもしれない。


 テオの叔父が捕らえられている場所。


 そこには、ヴァルグランや魔王軍に繋がる情報もある可能性がある。


「助けようよ」


 ライナが言った。


「アタシたちは魔王軍を倒すために来たんだし、その叔父さんを助けることが、ヴァルグランに近づく手がかりになるかもしれないよ」


「予定では、ユリウスのアジトへ向かう途中だったんだけど」


 エリシアが腕を組む。


「でも、捕らえられた王族の関係者を見捨てるわけにもいかないわね」


「俺も賛成だ」


 ノクトは頷いた。


「まず兵士から話を聞こう。そのあとユリウスのところへ行けばいい」


 テオの顔が明るくなる。


「本当に助けてくれるの?」


「ああ」


「ありがとう!」


 その時。


「あの……」


 ノエルが遠慮がちに口を開いた。


 全員の視線が集まる。


 ノエルは少し緊張したように両手を握っていた。


「僕も、一緒に行っていい?」


「ノエルも?」


「うん」


 ノエルは頷く。


「僕一人じゃ戦えない。攻撃魔法も使えないから」


 それでも、逃げるように目を逸らさなかった。


「でも、防御魔法と回復魔法には自信がある」


 穏やかな声の中に、はっきりとした決意があった。


「みんなが戦うなら、僕はみんなを守れる。怪我をしたら治せる」


 ノエルはノクトを見た。


「だから僕も一緒に戦いたい。役に立ちたいんだ」


 ノクトはノエルの顔を見つめる。


 セラフィーヌに似た青年。


 攻撃魔法を使えず、誰かを守る魔法だけを持っている。


 何かが引っかかる。


 それでも今のノエルからは、敵意を感じなかった。


 むしろ、あの子どもを守ろうとした行動は信じられる。


「分かった」


 ノクトは手を差し出した。


「一緒に行こう、ノエル」


 ノエルは少し驚いたあと、柔らかく笑った。


「うん。ありがとう、ノクト」


 二人は握手を交わした。


 ライナも嬉しそうに笑う。


「よろしくね、ノエル!」


「よろしく、ライナ」


「私たちは潜入中よ」


 エリシアが冷静に言った。


「人数が増えた分、これまで以上に目立たないように動くこと。特にテオ、勝手な行動は禁止よ」


「分かってるよ」


「本当に?」


「……たぶん」


「その返事は信用できないわね」


 ノクトは思わず苦笑した。


 自分もつい最近、同じことを言われた気がする。


 ユリウスのアジトへ向かうはずだった三人に、ノエルとテオが加わった。


 そして最初の目的も変わった。


 魔王軍に捕らえられた、テオの叔父を救い出す。


 その先に何が待っているのかは、まだ分からない。


 けれどノクトは、ノエルと交わした手の感触を妙に意識していた。


 セラフィーヌに似た顔。


 攻撃することのできない氷魔法。


 その出会いが、やがて大きな運命へ繋がっていくことを、この時のノクトはまだ知らなかった。

お読み頂きありがとうございました!とうとう2章に入っていきました!ぜひお楽しみ下さい!

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