34話 王族の隠れ住まい
アルマンに案内され、ノクトたちは王都の外れへと向かった。
石畳はいつの間にか土の道に変わり、建物の間隔もまばらになる。人の声は遠く、風の音だけが低く通り抜けていた。
路地を二つ曲がり、さらに人目を避けるように細道を抜ける。するとそこには一軒の小さな家があった。
古いが、荒れ果ててはいない家だ。
壁はくすんだ白。屋根は低く、何度も修繕された跡が見える。
派手さはまるでない。むしろ気づかれないことを目的に建てられたような佇まいだった。だがその家の前には小さな庭があった。
柵は低く、ところどころ歪んでいる。
庭には踏み固められた土の道が一本走り、その脇に、野菜と薬草が控えめに植えられていた。
手入れは最低限。それでも枯れていないのは、誰かが毎日世話をしている証だった。
古い木のベンチが一つ。
その横には、洗った布を干すための細い縄が張られている。
アルマンが軋む木戸を押し開ける。
中は外見よりもずっと落ち着いていた。
小さな暖炉。簡素な食卓。壁際には古い棚があり、パンと水、保存した豆が並んでいる。
窓からは庭が見え、薄いカーテンが風に揺れていた。
贅沢は何もない。だが人が暮らしていくには充分だった。
アルマンは暖炉のそばに腰を下ろし、低く息を吐く。テオはひどく疲れたらしくて、自分の部屋に行ってしまった。
「ここなら、落ち着いて話せる」
その背中は大きく、力強い。けれどこの家では、戦士でも王族でもない。ただ誰かを守るために生きてきた男の背中に見えた。
ノクト等はアルマンにこの国のことを色々と聞いた。
ベルナールは魔王軍に占領されている。王様もその血筋の者も殆どが殺されたらしい。そして生き残っているのがアルマンとテオ、そしてテオの姉であるエレーヌだけらしかった。
ベルナールが魔王軍に占領されて一年以上が経つ。ベルナールの住民の誰しもが魔王軍からの解放を諦めているということだった。だからアルマンも一生をこの家で過ごしていく覚悟らしい。
「でも暁って組織は魔王軍に対して革命を試みているんだよね?」
ライナの発言にアルマンはため息を吐いた。
「暁は知ってる。最近、有名になった組織だ。二人のリーダーから成る組織らしい。二人とも珍しい魔法を使うとは聞いた。だが無理だ。
俺は魔王軍の強さを知っている。実際に戦いも見た。強すぎるんだ。そこらの若造では勝てんよ。」
突如、何者かが2階から階段を降りてくる音がした。すると金髪の女性が現れた。
「こんなところにお客様なの?」
二階から降りてきたのはテオの姉だった。名はエレーヌ・ラヴォワ。彼女は落ち着いた金髪を肩に流した女性だった。
蜂蜜色の髪は低い位置でまとめられ、整った顔立ちと淡い碧の瞳が、どこかテオによく似ている。
質素な服を着ているが、立ち姿や指先の所作には王族らしい気品が残っていた。
穏やかな表情の奥に、強い警戒心と覚悟を秘めた女性だった。
「この人たちはな、俺とテオを助けてくれたんだ。どうやら魔王軍を倒すためにザルベックからやってきたらしい。」
「魔王軍を倒すためですって⁉︎」
エレーヌは驚いて叫んだ。
「じゃあ暁と一緒に戦うってことなの⁉︎」
どこかエレーヌは嬉しそうな表情をしている。
「体調は大丈夫なのか?」とアルマンがエレーヌに尋ねる。
「ええ。少し眠ったらだいぶマシになったわ。」
どうやらエレーヌはここ最近ずっと体調が悪かったらしい。
「本当に医者を呼ばなくていいのか?」
「ええ。目立つようなことは余りしたくないわ。きっと疲れだわ。大丈夫。」
ノクト等はアルマンからベルナールのことを色々と聞けた。ベルナールが魔王軍に占領されていること。そして暁はどうやら魔王軍に反発する若い者たちの集まりであるらしいこと。
暁の目的は魔王軍をこの国から追放すること。そして現王であるヴァルグランを倒して、国民の一人一人をベルナールの主権者とし、この国から王制をなくしてしまうこと。この目的のために多くの若者が命を賭けて戦っているということだった。
ノクトはアルマンに礼を伝えて家から出ようとした。するとそのときにエレーヌが口を開く。
「どうか暁を助けてあげて。」
「ええ。任せて下さい。俺達はそのためにこの国にやってきたんだ。」
ノクト等は家を出た。そして再びユリウスのいるアジトに向かう。
アルマンの家を後にし、ノクトたちは再び王都へ向かって歩き出した。
夕暮れが近づき、空は鈍い橙色に染まり始めている。
畑と空き家の間を抜け、人気のない小道を進む。
遠くで鐘の音が鳴り、街のざわめきが徐々に戻ってきた。
王都の外れへ近づくにつれ、通りは再び細く暗くなっていく。
壁には落書き、地面には瓦礫。魔王軍の巡回を避けるように、彼らは影の多い道を選んで歩いた。
やがて、古い建物が密集する一角に辿り着く。
その奥、半ば崩れた石壁の裏に――ユリウスのいる、暁のアジトがあるはずだった。
ノクトは一度だけ振り返り、静かに息を整える。
(ここからが、本当の戦いだ)
そう胸に刻み、彼らは闇の中へと足を踏み出したのだった。




