31話 暁のアジト
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ノクトらはベルナールに潜入した。ベルナール王都は、一見すると豊かな国に見えた。
城へと続く大通りには石畳が敷き詰められ、白い壁の屋敷が規則正しく並んでいる。
夜でも街路灯代わりの魔導灯が青白い光を灯し、馬車の車輪が静かに音を立てて通り過ぎていく。
だが、それは大通りから見える“表側”だけの話だ。
ノクトたちは、城門から離れた裏路地に身を潜めていた。細い路地の先に広がっているのは、舗装もされていない泥と埃の地面。
崩れかけた家々。窓枠にはガラスがなく、布切れが打ち付けられているだけだ。
「ここもひどいね‥‥‥」
ライナがフードの陰で小さく呟いた。彼女の視線の先では、やせ細った子どもたちが大きすぎる麻袋を引きずりながら歩いている。
袋の中身は、きっと城下のゴミ捨て場から拾ってきた残飯とガラクタだ。
ベルナールは元々、ザルベックよりも人口の多い商業国家だった。だが今はヴァルグランのせいで荒れ果てていた。
魔王軍が財務を握り、税を引き上げ、反抗の気配が少しでもあれば見せしめの処刑。金を持つ者は軍と結び、持たざる者は静かに餓えていく。
「見て、あれ」
エリシアがわずかに顎をしゃくる。路地の出口近くを、黒い外套の一団が通り過ぎていくところだった。
胸元には〈堕天の双翼〉の紋章。ザルベックで戦った黒翼将のそれと同じだ。
「おそらくヴァルグランの拠点だから、強い部下がたくさんいるんだわ。
ザルベックの支配はヴァルグランにとってはついで仕事だった。でもここは違う。
ザルベックよりも激しい戦いになるでしょうね。」
エリシアの発言にノクトとライナが唾を飲み込んだ。
魔王軍の後ろを、痩せた男たちが無表情のまま荷車を押してついていく。
荷車には麻袋が山積みにされていた。袋の口から、小麦と硬そうなパンの欠片が少しこぼれている。
ノクトは魔王軍の姿が完全に見えなくなってから、路地の奥へと身を引いた。
「とりあえず王城に近づくのは今は無理だな。巡回が多すぎる」
ノクトは路地裏の奥に開いた更に狭い階段を見下ろした。
石造りの坂道を降りた先にあるのは、川沿いのスラム。湿った空気と、濁った水の臭い。
そこが今、ベルナールで革命を企てる者たち。暁の拠点の一つだと聞かされていた。
ノクトたちは、音を立てないようにその坂を降りていった。
ヴァルグランが作り上げた“格差”を、この目で確かめながら。
そして、ここから始まる新しい戦いの気配を、肌で感じながら。
暁のアジトはベルナール王都に幾つもある。ノクトらはその一つに向かった。
川沿いのスラムのさらに奥。腐った木橋を渡り、崩れかけた倉庫の裏手に、外からは分からない細い階段がある。
ノクトたちがそこを降りていくと、湿った土と古い酒の匂いが濃くなった。
階段の先には、地下へ続く重い鉄扉があった。扉には鍵穴も取っ手もない。代わりに、錆びた鉄板の上に、土で描かれたような複雑な紋が刻まれている。
「……合図どおりね」
エリシアが小声でつぶやく。
次の瞬間、扉の紋様がぼんやりと光り、低くうなりを上げて土煙を散らした。
地属性の結界が解かれる音だ。
軋む音を立てて、内側から扉がわずかに開く。
隙間から、誰かの片目が覗いた。
「暗号」
短く、低い声。
ノクトが、事前に教えられていた言葉を口にする。
「――夜明けは、地平から」
しばしの沈黙。
やがて扉が、大きく開いた。
中は、外から想像できないほど広かった。
天井は低いが、何本もの柱が空間を支えている。もともとは地下倉庫か、古い配水施設だったのかもしれない。
壁には地属性魔法で固め直した跡があり、崩れた石を土で埋めて補強した線が何本も走っていた。
部屋の中心には大きな丸テーブル。粗末な木材だが、天板にはベルナール全土の地図が貼り付けられ、その上に石の駒がいくつも置かれている。
駒には、赤い印、黒い印、そして金色の小さな線が引かれていた。軍の駐屯地、徴税ルート、黒翼将の詰所。全てが細かく書き込まれている。
壁際には、盗品のような武器がずらりと立てかけられていた。規格の違う剣、錆びた槍、柄の短い斧。
その合間に、魔導書や羊皮紙の束、簡素な救護道具が押し込まれている。戦場と学舎と診療所を、無理やり一つに詰め込んだような空間だった。
灯りは多くない。天井近くに取り付けられた魔導灯がいくつかと、机の上に置かれたランタンだけ。
それでも、部屋の空気は暗くはなかった。笑い声やため息、剣を研ぐ音、紙をめくる音が、静かに重なっているからだ。
若い男たちが武器の手入れをし、女たちが古着を裂いて包帯を作っている。
子どもほどの年齢の少年が、真剣な顔で地図を覗き込んで印を写していた。
そのすべての中心に――暁の旗が一本、掲げられていた。
赤みを帯びた布地に、簡素な紋章。
昇りゆく太陽ではない。闇の向こうに、細く浮かぶ“明けの星”が一つだけ描かれている。
「お前らは誰だ⁉︎」
丸テーブルの向こう側から、荒々しい声がした。そこに立っていたのはレオン・トネールだった。
レオン・トネールは、鍛え上げられた長身の男だ。
肩まで伸びた乱れ気味の灰金色の髪に、稲妻みたいに鋭い琥珀色の瞳。
左の頬には細い傷が一本走り、黒いコートの袖口からは、雷の紋様が刻まれた焼け焦げたような腕がのぞいている。
いつも口元は不敵に笑っていて、立っているだけで空気がピリつくような男。
レオンはだいぶ酒を飲んでいた。そもそもアジトの中自体がかなり酒臭く、殆どの者が酔っ払っている。
ノクトは酔っ払いたちをジロッと見た。
「ルネさんにここの地図を渡されました。僕たちはザルベックからヴァルグラン打倒のため援軍に来た者です。」
「ふん。俺たちを助けにきたのはこの三人だけか。ザルベックもケチなもんだな。」
「何よその言い方!ザルベックは魔王軍の戦いの直後で兵力が残っていないの!ノクトとエリシアを送って貰っただけでも感謝しなさいよ!
この二人はめちゃくちゃ強いんだから!」
ライナがレオンの態度にイラッとして叫んだ。するとレオンがノクトたちを睨む。
「俺とユリウスでヴァルグランの野郎をぶっ殺す。お前らはその援助だけ頼む。
あと、今日はここにルネはこない。急な用事が入ってユリウスのとこに行ってる。」
レオンは地図をノクトらに渡した。誰もが酒臭くて、アルコールの刺激臭が鼻をつく。
ノクトたちはその地図にあるユリウスたちのいるアジトに向かうことにした。
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