30話 暁の使者
これから2章の開幕です!よろしくお願いします!
ただ今前話を改稿していってます。編集日が2026年6月以降のものをお読み頂ければ幸いです。
国葬が終わってから、ザルベックには静かな時間が流れ始めた。
壊れた城壁は、少しずつ積み直されている。
焦げた家の跡では、木材を運ぶ人々の声が聞こえる。
広場に並んでいた棺はもうない。
けれど、そこに捧げられた麦の穂と祈りだけは、人々の胸に残っていた。
ザルベックは多くを失った。
だが、終わったわけではない。
生き残った者たちは、前に進もうとしていた。
ノクトたちも同じだった。
ノクトとエリシアの稽古は、毎日のように続いていた。
場所はヴェルノア学園の訓練場。
魔王軍の支配で傷ついた学園も、まだ完全には元に戻っていない。
壊れた校舎。
ひびの入った壁。
焼けた魔法陣。
それでも、教師や生徒たちは学園を捨てなかった。
ここは学ぶ場所だ。
守る力を育てる場所だ。
だからこそ、ノクトたちはここで鍛えることにした。
「遅いわ」
エリシアの声が飛ぶ。
ノクトは杖を構えたまま、横へ跳んだ。
光の斬撃が、すぐ横を通り過ぎる。
「今の避け方、雑よ」
「病み上がりに厳しすぎないか?」
「もう病み上がりって言い訳を使える時期は終わったわ」
「そんな決まり、いつできたんだよ」
「私が今決めたの」
エリシアは平然と言った。
訓練場の端では、ヴェルノア学園の教師たちが術式を展開している。
攻撃役。
防御役。
測定役。
それぞれがノクトとエリシアの動きを見ていた。
今の二人に必要なのは、単純な魔力の強化だけではない。
連携だった。
ノクトの闇魔法は強大だ。
だが、そのまま使えば肉体を蝕む。
エリシアの光のマナは、その闇の暴走を抑えられる。
つまり二人は、触れ合いながら戦う必要があった。
最初はひどかった。
ノクトが魔法を放とうとするタイミングで、エリシアが手を離す。
エリシアが支えようとした瞬間、ノクトが前に出すぎる。
手首を掴んだまま動こうとして、二人そろって転びかけたこともあった。
「あなた、戦闘中に距離感がおかしいのよ」
「エリシアが急に引っ張るからだろ」
「あなたが勝手に突っ込むから引っ張っているの」
「俺は前に出ないと攻撃できない」
「だから、その前に一言言いなさい」
「戦闘中に?」
「当たり前でしょ。黙って無茶される方が迷惑よ」
そんな口喧嘩を、何度も繰り返した。
だが、日が経つにつれて二人の動きは変わっていった。
ノクトが魔力を高める。
その気配だけで、エリシアが手を伸ばす。
エリシアが光を流す。
その瞬間、ノクトが闇魔法を放つ。
触れる時間は短くていい。
指先。
手首。
肩。
一瞬でも光のマナが流れれば、ノクトの闇は安定する。
タイミングが合えば、今まで使えなかった上位の闇魔法にも手が届きそうだった。
ヴァルグランに放った漆黒龍。
あれも完全な状態ではなかった。
父である魔王の力がなければ、ノクトは闇魔法を完全には扱えない。
そう思っていた。
だが今は違う。
エリシアがいる。
彼女の光があれば、魔王の力に頼らなくても闇を扱えるかもしれない。
ノクトはそれを確かめるように、何度も杖を振るった。
「無理に出力を上げないで」
エリシアが注意する。
「分かってる」
「分かってない人の返事ね」
「本当に分かってる」
「なら今、痣が出かけた理由を説明しなさい」
「……少しだけ力を入れすぎた」
「少し?」
「かなり」
「最初からそう言いなさい」
エリシアは呆れたようにため息をつきながら、ノクトの手に触れた。
光のマナが流れる。
ノクトの頬に浮かびかけていた紫の痣が、すっと薄くなった。
その様子を見て、教師の一人が感心したように頷く。
「見事なものです。光属性と闇属性がここまで噛み合うとは」
「噛み合っているというより、私が無理やり制御しているだけです」
エリシアはすぐに言った。
「この人、放っておくとすぐ無茶しますから」
「そこまで言うか?」
「事実よ」
ノクトは何も言い返せなかった。
一方、ライナも訓練を続けていた。
彼女はヴェルノア学園の教師や生徒たちに囲まれながら、火属性魔法の基礎から学び直していた。
これまでライナは感覚で戦ってきた。
胸の奥に火をつける。
拳に燃やす。
勢いで殴る。
それで多くの敵を倒してきた。
だが、黒翼将との戦いで思い知らされた。
勢いだけでは足りない。
ザイモン戦も。
バサルト戦も。
もし一人だったら、きっと殺されていた。
一人で黒翼将と戦えるくらい強くならなければ。
そうでないと、誰も守れない。
「もう一度、魔力の流れを意識してください」
教師が言う。
「拳だけで燃やすのではありません。足、腰、肩、腕。全身の流れを一本に繋げるのです」
「む、難しい……!」
ライナは額に汗を浮かべながら拳を構えた。
「でも、やる!」
彼女の足元に火花が散る。
紅蓮爆装を使った時のような爆発的な炎ではない。
もっと小さく、細く、安定した炎。
火力を上げるだけではなく、無駄をなくす。
それが今のライナの課題だった。
隣では、生徒たちが彼女の動きを見て目を輝かせている。
「あの人、黒翼将と戦ったんだよね」
「すごい……」
「でも、めちゃくちゃ練習してる」
ライナはその声を聞いて、少し照れた。
だがすぐに拳を握り直す。
もっと強くなりたい。
ノクトとエリシアは、きっとベルナールへ向かう。
ヴァルグランがそこにいるからだ。
なら、自分もついていく。
ノクトたちなら世界を救える。
そう思う。
でも、ただ後ろをついていくだけでは嫌だった。
自分も、その力になりたい。
(もっと強くなる)
ライナは火を灯す。
(アタシも、誰かを守れるようになる)
そんな日々が、数日続いた頃だった。
ザルベック城に、隣国ベルナールから一人の客が訪れた。
名を、ルネ・アルディという。
やせぎすの少年だった。
ぼさっとした栗色の髪。
煤けた街の色を映したような灰色の瞳。
色あせた紺のロングコート。
首元には、赤い布が巻かれている。
それは革命軍「暁」の印だった。
靴はすり減り、指先にはペンだこと剣だこが並んでいた。
ただの使者ではない。
書くことも、戦うことも、どちらもしてきた者の手だった。
彼はベルナールで密かに活動している革命グループ「暁」の一員だった。
ミレオとレオンハルトは、城の応接間で彼を迎えた。
その場にはノクト、ライナ、エリシア、アルトも呼ばれていた。
ルネは椅子に座るなり、まっすぐ本題に入った。
「私たち暁は近いうちに革命を起こします」
応接間の空気が変わる。
ルネは続けた。
「相手はベルナールの現王、ヴァルグランです」
ノクトの目が鋭くなる。
エリシアも眉をひそめた。
「暁のリーダーであるユリウスとレオ。この二人が中心となり、ベルナールを取り戻します。そして革命後は、二人体制で新たな王となる予定です」
「待ちなさい」
エリシアが口を挟んだ。
その声は冷たかった。
「あなたの言っていることは、あまりにも甘いわ」
ルネの視線がエリシアへ向く。
「私はヴァルグランと戦った。だから言える」
エリシアは続ける。
「あの男は間違いなく、世界最強級の火属性魔法使いよ。あなたたちがどれだけ準備していようと、普通の魔法使いでは勝てない」
ルネは少し笑った。
嘲るような笑みだった。
「あなたこそ、ベルナールのことを知らないようですね」
エリシアの目が細くなる。
「何ですって?」
「ユリウスとレオは、私が知る限り最強の魔法使いです」
ルネは自信に満ちていた。
「その名は、ザルベックにも届いていると思いますが」
レオンハルトが静かに頷く。
「確かに、その二人の名は聞いたことがある」
ノクトはレオンハルトを見る。
「有名なんですか?」
「ああ。ベルナールの若き天才魔法使いたちだ。特にユリウスの地属性魔法は、他国でも噂になっている」
ルネは少し得意げに頷いた。
「その通りです。ユリウスとレオは、暁が生まれる前から有名でした。あの二人が力を合わせれば、革命は必ず成功します」
「必ず、ね」
エリシアは冷ややかに言った。
「その言葉ほど信用できないものはないわ」
ルネは一瞬だけむっとした顔をした。
だがすぐに表情を戻す。
「私たちにも時間がありません」
彼は赤い布に触れた。
「ユリウスに出頭命令が出ています。期限は十日後。その日までに出頭しなければ、ベルナールの街を徹底的に破壊するという命令が城から出ています」
「街を……」
ミレオの顔が曇る。
魔王軍に支配された国がどうなるのか。
彼は嫌というほど知っている。
「だから私たちは十日後、先に動きます」
ルネは深く頭を下げた。
「魔王軍から解放されたザルベックに、援助をお願いしに来ました。兵を貸してください」
応接間に沈黙が落ちる。
ミレオは何も言えなかった。
ザルベックは解放されたばかりだ。
城も街も傷だらけ。
兵も民も疲弊している。
国を守るだけでも精一杯だった。
他国へ兵を送る余裕など、あるはずがない。
レオンハルトも険しい表情をしていた。
「申し訳ないが、今のザルベックに大軍を出す力はない」
ルネの表情がわずかに曇る。
「ですが、このままではベルナールが……」
「分かっている」
ミレオが口を開いた。
まだ幼い声だった。
だが王子としての重みが、少しずつ宿り始めていた。
「助けたい。でも、ザルベックの人たちを守る兵まで外に出すことはできない」
ルネは唇を噛む。
その時、ノクトが静かに言った。
「俺たちが行く」
全員の視線がノクトに集まった。
「俺、ライナ、エリシアで行けば、国家の軍隊二つ分くらいにはなるだろ」
「軽く言うわね」
エリシアが呆れたように言う。
だが否定はしなかった。
ノクトは続ける。
「それに、ヴァルグランを倒せる可能性があるのは俺たちだ」
部屋が静かになる。
ミレオはノクトを見つめた。
心配が顔に出ていた。
ノクトはそれに気づき、少しだけ笑う。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「俺はもう、同じ負け方はしない」
ノクトの声は穏やかだった。
けれど、そこには確かな決意があった。
「ちゃんと練習した。エリシアとも連携できるようになってきた。ライナも強くなってる」
「アタシも行くよ!」
ライナが拳を握る。
「ヴェルノア学園でたくさん勉強したんだから! 前よりずっと強くなってるよ!」
エリシアも腕を組んだ。
「今度こそヴァルグランを粛清するわ」
「相変わらず物騒だな」
「事実を言っただけよ」
ノクトは苦笑した。
ミレオはしばらく黙っていた。
ノクトたちを行かせるのが怖かった。
また誰かが帰ってこなくなるかもしれない。
そう思うと、胸が苦しくなる。
けれど、ベルナールにもきっと自分たちと同じように苦しんでいる人々がいる。
それを見捨てることもできなかった。
ミレオはゆっくり頷いた。
「分かった」
彼はノクトを見る。
「ノクトたちに、行ってもらう」
ルネの顔に安堵が広がる。
「ありがとうございます」
「でも」
ミレオは続けた。
「無茶はしないで。絶対に帰ってきて」
ノクトは少し驚いた。
そして、まっすぐ頷く。
「ああ。約束する」
エリシアも頷いた。
「死ぬつもりはないわ。まだ魔王軍を全員粛清していないもの」
「それ、安心していい言葉なのかな……」
ライナが苦笑する。
アルトは静かに言った。
「私も、できる限り情報を集めます。ヴェルノア学園にもベルナールの地理資料が残っているはずです」
「助かる」
ノクトが頷く。
こうして、ノクトたちはベルナールへ向かうことになった。
革命軍「暁」を通じて、ヴァルグランに接触する。
そして今度こそ、あの六魔星を倒す。
応接間を出たあと、ノクトは廊下の窓から外を見た。
ザルベックの街が見える。
まだ傷は残っている。
それでも人々は歩いている。
ミレオも、この国も、前に進もうとしている。
だから自分も止まれない。
ノクトは拳を握った。
もう負けない。
守らなければならないものがある。
ライナも。
エリシアも。
きっと同じ気持ちだった。
ザルベックで得た力と誓いを胸に、三人は次なる戦場へ向かう。
目的地は隣国ベルナール。
革命軍「暁」が待つ国だった。
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