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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ザルベック解放編

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29話 花畑の向こうで

第一章のラストです!一章の最終話まで読んで頂きありがとうございました!

 ゼルマンは、ふと気がつくと花畑の中にいた。


 どこまでも続く花畑だった。


 赤。


 白。


 青。


 黄色。


 見たことのある花もあれば、名前も知らない花もある。


 風が吹くたびに、花びらが静かに揺れた。


 周りには、花以外何も見当たらない。


 城もない。


 戦場もない。


 剣の音も、悲鳴も聞こえない。


 ただ、穏やかな風だけが吹いていた。


「ここは……」


 ゼルマンはゆっくりと歩き出した。


 一歩。


 また一歩。


 どれだけ進んでも、花畑は終わらない。


 だが、不思議と怖くはなかった。


 歩くたびに、胸の奥から記憶が浮かび上がってくる。


 幼い頃の自分。


 初めて剣を握った日。


 王宮に仕えることを許された日。


 そして、バルザック王が生まれた日。


 小さな赤子だった王。


 泣き声の大きな赤子だった。


 ゼルマンは、その時のことを今でも覚えている。


 王妃が疲れ切った顔で、それでも幸せそうに笑っていたこと。


 バルザック王の父が、涙を浮かべながら赤子を抱いていたこと。


 そして自分が、あの小さな命を見て、心に決めたこと。


 この子を守る。


 いつか王となるこの人を、命に代えても守る。


 それが、ゼルマンの人生の始まりだった。


 ゼルマンは歩き続けた。


 花畑の風が、優しく頬を撫でる。


「バルザック王様……」


 彼の人生は、バルザック王そのものだった。


 王を見守ること。


 王と共に歩むこと。


 王のために剣を取り、王のために生きること。


 それが誇りだった。


 だが、守れなかった。


 魔王軍が来た日。


 城が焼かれた日。


 ヴァルグランの炎が、全てを奪った日。


 ゼルマンはバルザック王を守ることができなかった。


 それだけが、ずっと胸に刺さっていた。


 けれど。


 バルザック王が残したものがあった。


 ミレオ。


 小さな王子。


 まだ泣き虫で、優しくて、傷つきやすい少年。


 ゼルマンは、その命だけは守り抜いた。


 最後の最後で。


 自分の命と引き換えに。


「ミレオ様……」


 ゼルマンの目から、涙がこぼれた。


 あの子の人生は、まだ長い。


 これからいくつもの苦しみが待っているだろう。


 王として背負わなければならないものも、山ほどあるだろう。


 どうか。


 どうか、自分がいなくても無事でいてほしい。


 波乱の世を生き抜いてほしい。


 幸せになってほしい。


 私の愛する王子よ。


 どうか、幸せに。


 そう願った時だった。


 背後に、人の気配がした。


 ゼルマンはゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、バルザック王だった。


 穏やかな顔をしている。


 生きていた頃と同じ、優しい瞳だった。


 その隣には王妃がいた。


 そして二人の間には、ミレオの弟であるリオネルの姿もあった。


 ゼルマンは目を見開いた。


「バルザック王様……!」


 声が震える。


「どうして、このような場所に……!」


 バルザック王は何も言わず、ゼルマンへ歩み寄った。


 そして両肩にそっと手を置いた。


「ゼルマン」


 懐かしい声だった。


「ずっと見ていたよ」


 その一言だけで、ゼルマンの胸がいっぱいになった。


「本当に、ありがとう」


 ゼルマンは何も言えなかった。


 膝から力が抜けそうになる。


 バルザック王は、深く頭を下げた。


「最後までミレオを守ってくれて、本当にありがとう」


「王様……おやめください。私などに頭を下げないでください」


「下げさせてくれ」


 バルザック王の声は、静かだった。


「君がいなければ、ミレオはここまで生きられなかった」


 王妃も、リオネルも、ゼルマンへ頭を下げる。


 ゼルマンは震えた。


 胸の奥で、ずっと固まっていた後悔が、少しずつほどけていく。


 バルザック王がいなくなってから、本当に苦しかった。


 一人でミレオを守らなければならない。


 王が残した最後の希望を、自分が守らなければならない。


 その重さに、何度も押し潰されそうになった。


 それでも歩いた。


 逃げなかった。


 そして最後に、王子を守った。


 その日々が、今ようやく報われた気がした。


「バルザック王様」


 ゼルマンは涙を流しながら言った。


「どうか、頭をお上げください」


 バルザック王は顔を上げた。


 そして、昔と同じように笑った。


「久しぶりだな、ゼルマン」


「はい……本当に、長い間お待ちしておりました」


「私もだ」


 四人は、花畑の中を歩いた。


 ゼルマンとバルザック王。


 王妃。


 リオネル。


 歩きながら、たくさんの思い出を語った。


 バルザック王が幼い頃、城の廊下を走り回って何度も転んだこと。


 剣の稽古を嫌がって、庭の木の上に隠れたこと。


 初めて民の前に立ち、緊張で言葉を噛んだこと。


 王妃と出会った日のこと。


 ミレオが生まれた日のこと。


 リオネルが兄の後を追いかけ、何度も転んで泣いたこと。


 話しても、話しても、思い出は尽きなかった。


 一時間が一分のように過ぎていく。


 それほど、彼らには語り合える日々があった。


「私たちは魔王軍に殺された」


 バルザック王が静かに言った。


「ゼルマン、君もそうだ」


 ゼルマンは黙って頷く。


「だが、だからといって、私たちの人生が不幸だったとは思わない」


 バルザック王は花畑の先を見つめた。


「これほど語り合える思い出があるのだからな」


「ええ」


 ゼルマンは深く頷いた。


「その通りでございます」


「私は、今でも忘れていない」


 バルザック王は微笑んだ。


「妻がミレオを産んでくれた日のことを」


 王妃が少し照れたように目を伏せる。


「小さなミレオが泣いた瞬間、私は思った。ああ、私はこの子に会うために生まれてきたのかもしれないと」


 バルザック王の声は、優しかった。


「あの喜びだけで、私の人生は幸福だったと言える」


 ゼルマンは静かに聞いていた。


「たとえ私が魔王軍にどれほど残酷に殺されたとしても、あの日の喜びは消えない。私が生きた日々の中で、あれ以上の宝はなかった」


 ゼルマンは自分の人生を思い返した。


 王に仕えた日々。


 ミレオを抱き上げた日。


 小さな手に指を握られた日。


 ゼルマン、と舌足らずに呼ばれた日。


 どんな不幸よりも大きな喜びが、たしかにそこにあった。


 悲しみだけではない。


 奪われたものだけでもない。


 自分の人生には、守りたいと思えるほどの幸せがあった。


「私は幸せだったよ」


 バルザック王が言った。


「ザルベックの王として生きられた日々を、誇りに思う」


「私もでございます」


 ゼルマンは涙を拭った。


「バルザック王様にお仕えできたこと。ミレオ様をお守りできたこと。私の人生は、幸せでございました」


 その時、遠くにザルベックが見えた。


 花畑の向こう。


 ぼんやりとした光の中に、王都の姿が浮かび上がる。


 壊れた城壁。


 広場。


 二つの棺。


 黒布を巻いた人々。


 そして、小さな礼服を着たミレオ。


 声が聞こえてきた。


 それは、国葬でのミレオの声だった。


 僕は、この国と、この国で死んでいったみんなに恥ずかしくない王様になります。


 亡くなった全ての人へ。


 さよならとは言いません。


 ありがとうって言わせてください。


 あと、僕は頑張るから。


 頑張れよって応援してください。


 パパ。


 ゼルマン。


 バルザック王は、その言葉を聞いて静かに涙を流した。


 王妃も口元を押さえている。


 リオネルはミレオの姿を、じっと見つめていた。


 ゼルマンもまた、涙を止められなかった。


「ミレオ……」


 バルザック王が呟いた。


 その声は、現世には届かない。


 それでも彼は、心の底から言葉を返した。


「頑張れよ、ミレオ」


 王は笑った。


 涙を流しながら。


「頑張れ。頑張るんだぞ」


 王妃も頷く。


「大丈夫。あなたならきっとできるわ」


 リオネルも小さな手を振った。


「兄上、頑張って」


 ゼルマンは胸に手を当てた。


「ミレオ様」


 声が震える。


「どうか、頑張ってください」


 花畑の風が、彼らの言葉を運ぶように吹いた。


「私は、これからもずっとミレオ様の味方です」


 ゼルマンは優しく微笑む。


「どれほど時が経とうと、ミレオ様を愛しています。応援しています。ずっと、見守っています」


 ザルベックの広場では、ミレオが涙を拭っていた。


 彼は何かを感じたように、ふと空を見上げた。


 そこには何もない。


 雲が流れているだけだった。


 けれど、ほんの少しだけ。


 父の声が聞こえた気がした。


 ゼルマンの声が聞こえた気がした。


 ミレオは小さく頷いた。


「うん」


 誰にも聞こえないほど小さな声で言う。


「頑張る」


 花畑の中で、バルザック王が微笑んだ。


 ゼルマンも微笑んだ。


 やがて、花びらが舞い上がる。


 光が満ちていく。


 バルザック王と王妃。


 リオネル。


 そしてゼルマン。


 四人の姿は、花畑の奥へとゆっくり溶けていった。


 最後にゼルマンは、もう一度だけ振り返った。


 遠くに見えるザルベック。


 そこに立つ、小さな王子。


 その姿を、心に刻む。


「ミレオ様」


 ゼルマンは穏やかに笑った。


「あなたの人生が、どうか幸せでありますように」


 花畑の風が吹く。


 そして彼らは、光の中へ消えていった。

一章の改稿が全て終わりました!ありがとうございます!もしよろしければポイント評価、ブックマーク登録をよろしくお願い致します。

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