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救世の闇魔法  作者: なまけもの先生
冒険の始まり編
28/40

28話 ザルベックの王様

 ミレオの大きすぎる礼服の裾が、絨毯の上を引きずる。それでも彼は足を止めなかった。


 棺の前に立ち、振り返る。視界いっぱいに、黒布を巻いた人々が広がっていた。


 喉が、きゅっと締めつけられる。言葉を発しようとするたび、何かがそこでひっかかる。


 ――そのとき、ミレオを正面から見ていたライナがそっと王子に合図を送った。


 (だいじょぶ。ミレオなら、できるよ)


 声には出さない。ただ、その瞳に込める。


 ミレオは、ゆっくりと息を吸った。震えを押し殺し、唇を開く。


「……僕は、ミレオ・バルネスです」


自分の声が、自分のものではないように思えた。だがその声は驚くほど遠くまで届いている。


「この国の、王様の……息子です」


 人々の視線が、一斉に彼だけを見つめる。ミレオは一瞬、逃げ出したくなった。けれど、ここで背を向けたら二度と前を向けないと、どこかで理解していた。


「今日は、パパ――バルザック・バルネス王と、ゼルマン・グロイス卿のための国葬です」まずは、二つの棺に目を向ける。


「でも、それだけじゃありません」


少年王は、名前の札で埋め尽くされた板へと視線を移した。


「ここにいる人たち、ここに名前が書かれている人たち……そして、まだ名前が分からないままの人たち。魔王軍に家を焼かれて、殺されて、奪われていった、ザルベックのみんなのための、葬式です」


 その言葉に、堪えていた嗚咽があちこちで溢れた。愛する者の名を、その板に見つけた者たち。もう二度と帰らない背中を思い出した者たちが、口元を押さえ、肩を震わせる。


「僕は、王様の息子です。でも同時に、みんなの息子でもあります。僕は、この国に生まれて、この国で育って……そして、この国でたくさんのものを奪われました」


 言いながら、自分の胸に手を当てる。空っぽになったようで、それでいて重く、痛む場所。


「みんなも、そうだと思います。家族を、友達を、先生を、仲間を……失いました」


ミレオは、ヴェルノアの生徒たちを見やる。生徒たちの目が赤く腫れている。アルトは、唇を噛んで俯いていた。空の椅子。そこにかけられた制服。名前を呼んでも、誰も「なに?」と振り向かない。


「パパとゼルマンは、僕を守るために死にました。でも、この板に名前が書かれている人たちは……僕だけじゃない。ザルベックそのものを守ろうとして、死んでいきました」


 ミレオの手が、ぎゅっと握られる。


「だから、僕は――ここで約束します」


 声の震えが、少しずつ消えていく。代わりに、その声の中に芯が生まれる。


「ここに刻まれた名前を、絶対に忘れません。誰か一人の死も、『しょうがない』なんて言いません」


 ノクトはミレオの姿に思わず息を呑んだ。王子はこの短期間でどれほどに成長したのだろう。ミレオの子どもとは思えない険しい表情には、この国を自分が背負っていくという運命を受け入れた覚悟があった。


 ノクトは死にたいほどの憂鬱になっていた。自分の父と兄が築いたものが、世界中で数えきれないほどの悲劇を生んでいる。自分たちさえこの世に存在しなければ、世界はこんなことにはなっていない。


 母は優しい人だった。なのにどうして父は魔王なのだろうか。自分は必ず魔王軍を滅ぼさないといけない。それこそが優しい世界を作るという母との約束だった。


 ミレオは決意に満ちた表情をしている。


「そして……ここで死んだ人の数を、ここで終わらせます」


 王子は名の板の端を見つめた。空白の部分が、わずかに残されている。そこに、まだ増えるかもしれない名前のための余白がある。それが、彼には耐えがたかった。


「もうこれ以上、この板に名前を書き足させません。僕が王様になるっていうのなら、そのための強さを全部使って、そうします」


 エリシアが、じっと少年を見つめる。その言葉は、甘い理想論に過ぎない。戦いが続く限り、死者は増える。彼女はそれを知っている。身をもって。それでも――


 (この子は、それを知った上で言っている)


 幼いながら、それだけの現実を目の当たりにして。それでも「終わらせる」と言い切れる子が他にどれほどいるだろう。


「パパ。ママ。弟のリオネル。ゼルマン。

 ……それから、ザルベックで死んだみんな」


 ミレオは、棺と、板と、広場全体を見渡すようにゆっくりと視線を巡らせた。


「僕は、みんなが守ろうとした国を……ちゃんと『国』って呼べる場所に戻します。


 麦がちゃんと実って、みんながお腹いっぱいご飯を食べられて、笑って、文句を言って、それでもまた次の日も同じように朝が来る、そんな国にします」


 ライナの胸に、熱いものがこみ上げた。いったいこの世界はどうなっているんだろう。こんなにも小さい子がこれほどにも覚悟を持たないといけない。大切な人を皆んな奪われてしまった王子。ミレオに残されたものはこの国だけだった。ライナはこの世の理不尽を感じたがどこにも怒りのぶつけようがなく、ただミレオの言葉を聞いて涙を静かに流していた。


「僕は、この国と、この国で死んでいったみんなに恥ずかしくない王様になります。」


 ミレオは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった目で、それでもまっすぐに人々を見つめる。


「亡くなった全ての人へ。さよならとは言いません。ありがとうって言わせて下さい。あと僕は頑張るから頑張れよって応援して下さい。パパ、ゼルマン‥‥‥」


沈黙。


 次の瞬間、広場のあちこちからすすり泣きが聞こえた。


 誰かが、「パパ……」と呟き、誰かが「兄ちゃん……」と肩を震わせる。


 アルトは顔を両手で覆い、声を殺して泣いた。ノクトは、フードの影でそっと目を閉じた。


 司祭が合図を送り、四属性の灯火が一斉に強く揺らめいた。火、風、土、水。それぞれの光が空へと伸びていき、やがて一本の筋のように重なり合う。その下で、人々は一人、また一人と前に進み出た。


 黄金色の麦の穂を、棺の前の大きな籠へと捧げていく。それは、この国の土と陽光が育てた命の象徴。バルザック王が愛し、ゼルマンが守り、名もなき人々が受け継いできたもの。


 ザルベックの国葬は、死者だけのものではなかった。ここに立つ生者のための式でもあった。


 ――奪われたままでは終わらない。ここから取り戻す。


その決意を、国民全員が涙と共に刻みつけるための、一日だった。

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