20話 守るための一撃
今回もお読み頂きありがとうございます。
一話から改稿していっているので、だいぶ読みやすくなったと思います。
ぜひ楽しんでいって下さいね。
ゼルマンは、森の奥へ走っていくゴーレムを追おうとした。
だが、その前に盾のゴーレムが立ち塞がる。
巨大な盾が振り下ろされた。
「くっ……!」
ゼルマンは横へ跳ぶ。
直後、地面が砕け、土が大きく跳ね上がった。
追いたい。
今すぐミレオのもとへ向かいたい。
しかし目の前のゴーレム一体を相手にするだけで、すでに精一杯だった。
さらに後方では、バサルトが淡々と魔法を放ってくる。
砂の槍。
岩の弾。
足元から伸びる土の腕。
次から次へと攻撃が襲いかかり、ゼルマンは防戦一方になっていた。
「逃げてもいいよ」
バサルトが冷めた声で言った。
「俺は王子にしか興味がない」
ゼルマンは剣を握り直す。
腕は痺れている。
肩も痛む。
それでも剣先は下げなかった。
「私の命に代えても、ミレオ様は守ります」
「そう」
バサルトは少しだけ首を傾げた。
「じゃあ、勝手に死ねばいい」
ゼルマンが踏み込む。
剣を横へ振るうと、水をまとった刃の波がいくつも生まれた。
鋭い水の斬撃が、バサルトへ向かって走る。
だが盾のゴーレムが前に出た。
巨大な腕が振るわれ、水の刃をまとめて受け止める。
砕けた水が雨のように散った。
「そんな魔法で王子を守れると思ってるの?」
バサルトが片手を上げる。
「手本を見せてあげるよ」
巨大な岩が宙に浮かんだ。
次の瞬間、その岩がいくつにも分裂する。
一つ一つが鋭い刃のように尖り、ゼルマンへ向けられた。
数は、数え切れないほどあった。
ゼルマンは息を呑む。
岩の刃が一斉に降り注いだ。
「はあああっ!」
ゼルマンは剣を振るう。
水を纏わせ、迫る岩刃を弾く。
一つ。
二つ。
三つ。
だが、すべては防ぎきれない。
肩を裂かれる。
脇腹をかすめる。
頬に血が走る。
足元に岩刃が突き刺さり、体勢が崩れかけた。
相手は黒翼将。
しかも地属性の魔法使い。
ゼルマンの水魔法では、正面から押し返すには分が悪い。
それでも、彼は諦めなかった。
剣を振り続ける。
水で砂を固め、固めたところを斬る。
ぬかるませて足場を崩す。
剣術と水魔法を組み合わせ、必死に食らいつく。
だが届かない。
ゴーレムには大きな傷を与えられず、バサルト本人には刃が届きすらしなかった。
「もういいかな」
バサルトが小さく笑った。
「絶望を見せてあげるよ」
彼は地面に手を置いた。
足元から、重い魔力が広がっていく。
「地脈契印――岩皇、降臨!」
地面が裂けた。
石塊が渦を巻き、森の木々を押しのける。
土と岩が積み上がり、巨大な膝が地面についた。
ゆっくりと顔を上げる。
空洞の目に、鈍い光が灯った。
先ほどの二体とは比べものにならない。
森の上から見下ろすほどの、巨大なゴーレムだった。
ゼルマンは言葉を失った。
これが黒翼将。
これが魔王軍の力。
目の前にいる青年は、自分より遥かに若い。
それなのに、自分を完全に圧倒している。
かつてゼルマンは、バルザック王の右腕だった。
剣でも魔法でも、王を守ってきた。
決して弱いわけではない。
その自負はあった。
だが、今はその自負ごと叩き潰されそうだった。
「終わりだ」
バサルトが告げる。
巨大なゴーレムの拳が、ゼルマンへ振り下ろされた。
ゼルマンは水を放つ。
迫る巨腕に沿わせるように水流を巻き、力の向きをずらした。
拳が少しだけ逸れ、地面を砕く。
だが安心する暇はない。
もう一方の腕が迫っていた。
さらに盾のゴーレムも横から突進してくる。
避け場がない。
防ぎようもない。
ゼルマンは歯を食いしばった。
(ここまでか……)
そう思った瞬間だった。
視界が赤く染まった。
灼熱の炎が、盾のゴーレムを横から叩きつける。
轟音。
石の体がひび割れ、炎に包まれて砕け散った。
熱風が森を駆け抜ける。
ゼルマンは思わず腕で顔を庇った。
「ゼルマンさん!」
聞き覚えのある声。
炎の中から、赤髪の少女が飛び込んでくる。
ライナだった。
「大丈夫!?」
「ライナ殿……!」
ライナは燃える拳を構えたまま、バサルトを睨んだ。
王都中央広場での戦いを終え、ここまで駆けつけてきたのだ。
肩で息をしている。
服もところどころ焦げている。
それでも、その瞳は折れていなかった。
「誰だ、お前」
バサルトの声が低くなる。
「俺のゴーレムを壊したな」
「壊したよ」
ライナは拳に炎を灯した。
「君みたいな悪い奴を止めるためにね」
「殺す」
バサルトの足元で、砂がうごめく。
ライナは一歩前に出た。
「ゼルマンさん。アタシがあいつを止める」
「しかし……」
「水魔法でサポートお願い。砂なら、濡らせば固まるんだよね?」
ゼルマンは一瞬驚いた。
そして、すぐに頷く。
「了解しました」
ゼルマンは剣を構え直した。
ライナの炎。
ゼルマンの水。
二人の前で、バサルトが冷たい目を細める。
戦いは、ここから仕切り直しとなった。
一方その頃。
ミレオは森の中を走っていた。
息が苦しい。
足が重い。
肺が焼けるように痛い。
それでも止まれなかった。
後ろから、重い足音が迫っている。
どしん。
どしん。
地面が揺れるたびに、ミレオの心臓も跳ねた。
振り返る。
刃腕のゴーレムが、木々をなぎ倒しながら追ってきていた。
大きい。
遠くで見ていた時より、ずっと大きい。
そして思っていたよりも速い。
「はあっ……はあっ……!」
足がもつれた。
ミレオは膝をつく。
もう走れない。
ゴーレムはすぐそこまで迫っている。
ミレオは震える拳を握った。
逃げられないなら、戦うしかない。
ライナに教わった火。
ノクトに教わったマナの流れ。
思い出せ。
胸の奥に火を灯す。
指先ではなく、体の中心から。
ミレオの拳に、小さな火が生まれた。
炎は頼りなく揺れている。
だが、確かに燃えていた。
「僕だって……」
ゴーレムが近づいてくる。
巨大な影が、ミレオを覆った。
拳が震える。
自分の魔法が、この巨体に通じるのか。
弾かれて終わるだけではないのか。
その不安が、炎を弱めた。
だがミレオは、すぐに唇を噛んだ。
ライナは、勝てるかどうかだけで戦っていたわけじゃない。
ノクトも、無事で済むかどうかだけで前に出ていたわけじゃない。
守りたいから戦っていた。
逃げたくても、怖くても。
それでも前に出ていた。
「僕も……!」
ミレオの拳の炎が大きくなる。
「僕も、守るんだ!」
ゴーレムが拳を振り下ろした。
ミレオも燃える拳を突き出す。
小さな拳と、巨大な石の拳がぶつかった。
炎が弾ける。
だが力の差はあまりにも大きかった。
ミレオの体が勢いよく吹き飛ばされる。
「うわああっ!」
地面に叩きつけられる。
そう思った瞬間、誰かがミレオを抱き止めた。
「ミレオ様!」
優しい声だった。
ミレオは目を開く。
自分を抱き止めていたのは、アルトだった。
「アルト……!」
「お怪我はありませんか?」
「う、うん……」
アルトはミレオをそっと地面に下ろした。
そして、迫るゴーレムへ視線を向ける。
「ミレオ様は下がっていてください」
「でも……!」
「あれは、私が相手をします」
アルトの声は震えていなかった。
自分でも不思議だった。
ザイモンの前では、何もできなかった。
怖くて、動けなくて、誰かを傷つける側に回ってしまった。
その記憶は、今も消えていない。
けれど今は違う。
目の前には、守るべき人がいる。
そして自分の足は、もう逃げるためではなく、前に出るために動いていた。
ゴーレムが地面を揺らしながら迫る。
巨大な拳が、アルトへ振り下ろされようとした。
アルトは片腕を横に構えた。
風が集まる。
静かに。
細く。
鋭く。
「裂空断!」
アルトの腕から放たれた風が、一本の透明な刃となった。
目にはほとんど映らない。
ただ、空を裂く音だけが遅れて響いた。
次の瞬間。
ゴーレムの胸に、細い線が走った。
その線がゆっくりと光る。
重い岩肌が、ずるりと左右にずれた。
切断面は鏡のようになめらかだった。
そして、巨体が崩れる。
地響き。
粉塵。
砕けた岩が、森の地面へ落ちていく。
ミレオは呆然とその光景を見ていた。
アルトは腕を下ろし、静かに息を吐く。
「もう、逃げません」
その言葉は、ゴーレムに向けたものではなかった。
過去の自分に向けた言葉だった。
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