20話 二人の救世主
ゼルマンはミレオに向かうゴーレムの足止めをしようとしたが、もう片方のゴーレムの攻撃を受けるだけでも精一杯だった。そしてバサルトも砂や岩を使った攻撃魔法をゴーレムの後方から幾度となく繰り出す。ゼルマンの劣勢は明らかで、損傷だけが積み重なっていく。
「逃げてもいいよ。俺は王子しか興味がないから。」
「私の命に代えてもミレオ様は自分が守る。」
ゼルマンが刀を振うと、刃のように鋭敏な波が出現する。それが幾つも連なってバサルトに向かった。しかしゴーレムが全てを手で受け止めてしまう。
「そんな魔法では王子は守れないね。俺が手本を見せてあげるよ。」
巨大な岩が宙を浮く。そしてその岩が分裂して一つ一つが鋭敏な刃となる。その刃が何百とゼルマンに向かった。ゼルマンはバサルトの攻撃を防ぎ切れない。そもそも相手が黒翼将という強敵な上に属性の相性も悪い。しかしゼルマンは諦めなかった。俊敏に動く。そして刀を振い続けた。しかしゴーレムにすら大きな損傷を与えられず、バサルトには攻撃が届きすらしない。
「絶望を見せてあげるよ。」
バサルトはニヤリとする。そして呪文を詠唱した。
「地脈契印――岩皇、降臨!」
地が裂け、石塊が渦を巻く――膝をついた巨像がゆっくり顔を上げ、空洞の目が光る。
先ほどとは比べ物にならないほどに巨大なゴーレムが召喚された。
ゼルマンは絶望した。これが黒翼将の力。自分よりも遥かに若い子が、これほどにも自分を圧倒している。魔王軍。その圧倒的な力に彼は対抗する術を思い浮かぶことができなかった。
目の前にはゴーレムが二体と黒翼将。ゼルマンは強力な水魔法を何回も発動させた。かつての自分はバルザック王の右腕。王を自らの武力と魔法でお守りしたことも何回とあった。自分は決して弱いわけではないはずだ。だが目の前の青年に圧倒されてしまっている。レベルが違いすぎた。自らの魔法が全く通用しない。巨大なゴーレムの拳がゼルマンを襲う。ゼルマンは迫る巨腕に沿わせて水を巻き、力の向きをずらしてパンチを避けた。しかしもう一方片方の腕が飛んでくる。更にもう一方のゴーレムが飛び掛かってきた。もう防ぎようがない。これが最期だと思ったそのとき、ゴーレムを焦がすほどの炎で視界が奪われた。そして場の温度が一瞬にして大きく上昇したのを感じた。
ライナが小さい方のゴーレムを粉砕した。
「ゼルマンさん大丈夫!?ここはアタシに任せて!」
王都中央広場で役目を終えたライナがこちらに駆けつけてきたのだった。
「誰だお前は。俺のゴーレムをめちゃくちゃにしやがって。殺してやる。」
「アタシは君みたいな悪い人が許せないの!ゼルマンさん!アタシがあいつと戦うから、水魔法でサポートをお願い!」
「ライナ殿‥‥‥了解した。」
こうして戦いは仕切り直しとなったのだった。
その頃、ミレオは息を切らしながら走っていた。後ろからはドシンドシンとゴーレムが自分を追ってきている。ゴーレムは自分よりも遥かに大きいのに、思ったよりも動きが速い。
駄目だ。もう足が動かない。ミレオは止まる。もう視野にゴーレムが入っている。ミレオは覚悟した。魔法だ。こんなときこそ、ライナとノクトに教わった魔法を使うんだ!
ミレオは拳に火を灯した。拳がメラメラと燃える。これはライナから教わった技。ゴーレムが走ってくる。ミレオは燃える拳でゴーレムを殴ろうとした。しかし迫ってきたゴーレムは、当たり前だが遠くから見るよりも遥かに大きい。一瞬、体が固まった。自分の魔法がこの大きいゴーレムに通用するのだろうか。もしかしたら魔法が通用しないかもしれない。その不安が拳の炎を弱めた。しかしすぐさま考えは変わる。ミレオは自分を助けてくれたライナやノクトを思い返した。彼らは自分の魔法が通用するしないで戦っていなかった。ただ戦わないといけないという何かしらの決意だけで、彼らは数々の強敵と戦っていた。ミレオはそんな二人を誇りに思う。決意。その言葉がミレオを動かした。拳の炎が急に大きくなる。ゴーレムがやってきてミレオに拳を振り落とす。ミレオも大きな炎がメラメラと燃えた拳で対抗した。
ミレオにとっては大きな勇気だった。人生の全てを賭けたかもしれない一撃だった。しかしゴーレムの拳は強く、ミレオは勢いよく吹き飛ばされる。しかしふと何者かに抱き締められた。
「ミレオ様!お怪我はありませんか!?」
ミレオを救ったのはアルトだった。アルトは優しくミレオを下ろした。
「アルト様はここで待っていて下さい。あれは私が相手をします。」
アルトはゴーレムを睨みつけた。もう自分は逃げるわけには行かない。アルトは息を吸い込んだ。
大地を揺らすような足音――迫り来る巨岩のゴーレム。その拳が振り下ろされる直前、彼は片腕を横に構えた。
「裂空断‼︎」
アルトの腕から放たれた風が一本の透明な刃へと変わる。目には映らぬ速さ。空を裂く音が遅れて響いた。次の瞬間、ゴーレムの胸に細い線が走った。その線がゆっくりと光り、重い岩肌がずるりと左右に崩れ落ちる。切断面は鏡のように滑らかだった。そして静寂の中、粉塵が舞い上がり、切り裂かれた巨体が地響きを立てて崩れ落ちたのだった。




