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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ザルベック解放編

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2話 王子ミレオ

2話をお読み頂きありがとうございます!

 兵士の剣が地面に落ちた後、まるで世界が止まったかのように感じられた。


 たった一瞬の出来事だった。


 赤髪の少女は目を丸くしていた。


 今の動きが見えなかった。


 自分も決して弱い魔法使いではない。むしろ戦いにはかなり自信がある。


 それでも、ノクトの剣は速すぎた。


「火属性の魔法使い」


 ノクトが静かに言った。


「あんたはその少年を守ってやってくれ。こいつらは俺が相手をする」


「えっ、でも……」


 赤髪の少女は困惑した。


 この少年を死なせるわけにはいかない。


 絶対に守る。


 そう思っていた。


 だが、相手の数が多すぎる。


 ノクトが強いことは分かった。ただノクト一人に任せるには、あまりにも無茶に見えた。


 魔王軍の兵士たちは一度怯えたものの、すぐに武器を構え直した。


「調子に乗るなよ……!」


「数はこっちの方が多いんだ!」


「囲め!一斉に殺せ!」


 ノクトは剣を片手に持ったまま、少しだけ息を吐いた。


「いいから来い」


 その声は静かだった。


 だが、妙な迫力があった。


「面倒だから一気に片付ける」


 兵士たちの顔が怒りで歪んだ。


「舐めやがって!」


「お前もそこの赤髪と同じで、自分の魔法に自信があるんだろうな!」


「でもな、どれだけ強い魔法でも、この人数相手じゃ無理だ!」


 ノクトは首を横に振った。


「いや、俺は魔法を使わない」


 その瞬間、兵士たちが笑い声を上げた。


「は?」


「魔法を使わない?」


「この人数の魔法使い相手に、剣だけで戦うつもりかよ!」


 赤髪の少女も不安そうにノクトを見た。


「本当に大丈夫?」


「ああ」


 ノクトは振り返らなかった。


「任せておけ」


 その言葉を聞いても、少女は完全には信じられなかった。


 当然だった。


 魔法を使う兵士が何十人もいる。


 しかもこの距離なら、全員が一斉に魔法を撃つだけで普通は終わる。


 自分でも厳しい。


 少年を守りながらなら、なおさらだ。


 それでも少女は少年の前に立った。


「分かった。アタシはこの子を守る」


「それでいい」


 ノクトは前を向いた。


 兵士たちが一斉に呪文を唱え始める。


 火。


 風。


 土。


 水。


 いくつもの属性のマナが周囲に満ちていく。


 炎の球が浮かぶ。


 風の刃が渦を巻く。


 地面から岩の塊が持ち上がる。


 水の弾丸が空中に並ぶ。


「撃てぇぇぇ!」


 号令と同時に、無数の魔法がノクトへ襲いかかった。


「危ない!」


 赤髪の少女が叫ぶ。


 だがノクトは逃げなかった。


 剣を構える。


 そして一歩前へ出た。


 次の瞬間。


 炎が斬られた。


 風が裂かれた。


 岩が砕かれた。


 水の弾丸が霧のように散った。


 ノクトは魔法を使っていない。


 ただ剣を振っただけだ。


 それだけで、襲いかかった全ての魔法を消し去ってしまった。


 赤髪の少女は息を呑んだ。


「嘘……」


 兵士たちも言葉を失っていた。


 今の光景を理解できなかったのだ。


 魔法を剣で受け流す者はいる。


 防ぐ者もいる。


 だが、全てを斬り消すなど聞いたことがない。


「な、何をぼんやりしてる!」


 一人の兵士が叫んだ。


「数で押せ!連発しろ!魔法を止めるな!」


 再び呪文が唱えられる。


 今度はさっきよりも多い。


 炎の波。


 巨大な竜巻。


 大岩の雨。


 無数の水弾。


 魔法が次々とノクトに襲いかかる。


 だが結果は同じだった。


 ノクトの剣が走るたびに、魔法は切り刻まれて消えていく。


 炎は火の粉になり、風は空へ散り、岩は粉々に砕け、水は地面へ落ちた。


 そしてノクトは止まらない。


 魔法を斬りながら、兵士たちの間合いへ踏み込んだ。


「ぐあっ!」


「速い!」


「来るな!」


 兵士たちが次々と倒れていく。


 魔王軍の兵士たちは、まるで子どものように倒されていった。


 やがて広場に立っている兵士はいなくなった。


 全員が地面に倒れ、うめき声を上げている。


 ノクトは剣についた埃を軽く払うと、静かに鞘へ納めた。


 赤髪の少女はぽかんとしていた。


「強すぎない……?」


 少年も震える声で呟いた。


「すごい……お兄さんは何者なの!?」


 ノクトは何も答えず、黒い腕章を付けた人々へ近づいた。


「大丈夫ですか?」


 ノクトは倒れていた老人に手を差し伸べた。


 だが老人は、その手を取らなかった。


 むしろ怯えた顔で後ずさる。


「もう終わりだ……」


「え?」


「君はなんてことをしたんだ……」


 老人の声は震えていた。


「これで私たちは皆殺しだ。魔王軍に逆らったんだぞ。兵士を倒したんだぞ。もう助からない……」


 その場にいた黒い腕章の者たちも、次々と顔を青ざめさせた。


「やめてくれ……」


「俺たちまで巻き込まないでくれ……」


「魔王軍に知られたら全員殺される……」


 ノクトは言葉を失った。


 助けたつもりだった。


 だが彼らは喜んでいない。


 それほどまでに、魔王軍への恐怖が心に染みついていたのだ。


 すると少年が前へ出た。


 小さな体で、震えながらも胸を張る。


「僕があなたたちを守ります」


 少年は言った。


「バルネス家の名にかけて」


 その言葉に、黒い腕章の男が怒鳴った。


「もう王様は死んだんだ!」


 少年の肩がびくりと震える。


「この国はもう崩壊した!君みたいな幼い子どもに何ができる!」


「でも……」


「残された俺たちは、もう一生奴隷として生きていくしかないんだ!だから余計なことをしないでくれ!」


 少年は何も言えなくなった。


 彼の名はミレオ。


 ザルベック王家、バルネス家の血を継ぐ少年だった。


 家族は皆、魔王軍に殺された。


 親戚の中には逃げ延びた者もいるかもしれない。


 だが王家の直系で生き残っているのは、ミレオだけだった。


 ミレオの父は優しい王だった。


 民を大切にし、困っている者を見捨てない。


 ミレオはそんな父の背中を見て育った。


『ミレオ、いいかい』


 幼い頃、父が優しく言ってくれた言葉を思い出す。


『強さというのはね、困っている人のために使うものなんだよ』


『だからミレオは、困っている人を絶対に見捨てない優しい王様になりなさい』


 その言葉を、ミレオはずっと信じていた。


 だが現実は違った。


 父は殺された。


 国は奪われた。


 民は奴隷にされた。


 そして今、その民からも拒絶されている。


 ミレオの目に涙が浮かんだ。


(パパ……)


 唇が震える。


(結局、誰かを助けられるのは力のある人だけなんだね)


 自分は弱い。


 父のようにはなれない。


 強いと思っていた父でさえ、国を守れなかった。


 なら自分に何ができるのか。


「早くこの場を去れ!」


「俺たちまで殺される!」


 罵声が飛んだ。


 ミレオは小さく肩を震わせる。


 その時、赤髪の少女がミレオの手を握った。


「君、ザルベックの王子なんだよね?」


 少女は優しい声で言った。


「詳しく話を聞かせてよ。もしかしたら、アタシたちが力になれるかもしれない」


 ミレオは顔を上げた。


「本当に……?」


「うん。絶対に何とかなるとは言えないけど、何もしないよりはずっといいでしょ?」


 少女はにっと笑った。


 その笑顔は、不思議と人を安心させる力があった。


 ノクトはその様子を少し離れた場所で見ていた。


 自分の役目は終わった。


 そう思い、その場を離れようとする。


 すると赤髪の少女が振り返った。


「待って!」


 ノクトは足を止めた。


「あなたもついてきて!」


「俺も?」


「うん!」


 少女は勢いよく頷く。


「なんかビビビッてきたの。あなたの力が必要な気がする!」


「……理由が雑だな」


「アタシ、バカだけど勘だけはすごくいいんだから!」


 ノクトは少し黙った。


 本当は関わらない方がいい。


 自分は魔王軍から追われている身だ。


 自分が一緒にいれば、余計な危険を呼ぶかもしれない。


 だが、ミレオの涙を見てしまった。


 この国の人々の怯えた顔も見てしまった。


 もう見て見ぬふりはできそうになかった。


「……分かった」


 ノクトは小さく頷いた。


「少しだけなら付き合う」


「よし!決まり!」


 少女は嬉しそうに笑った。


 こうしてノクトたちは、ミレオの隠れ家へ向かうことになった。


 道中、何度か魔王軍の兵士に襲われた。


 だがそのたびにノクトが前へ出た。


 剣が一閃するたび、兵士たちはあっという間に倒されていく。


 ミレオはその背中を見つめていた。


 黒い外套。


 静かな横顔。


 そして、魔王軍を恐れない強さ。


 この人たちなら。


 本当にこの国を救ってくれるかもしれない。


 ミレオは胸の奥に、久しぶりに小さな希望が灯るのを感じていた。


 そして一行は、ザルベックの路地裏にある小さな隠れ家へと向かっていったのだった。

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