130話 幸せだった日々
投稿が遅くなってしまいました!申し訳ございません!
セラフィーヌが目を開けると、幼い頃に暮らしていた家にいた。
暖炉の火が揺れ、食卓には温かな料理が並んでいる。
父と母が笑い、その隣で幼いノエルが頬を膨らませていた。
「姉さん、早く食べないとなくなっちゃうよ」
「あなたが食べすぎなのよ」
家族の笑い声が部屋に広がる。
まだ誰も傷ついていない。
何も失っていなかった頃の幸せな記憶だった。
やがて景色が白く染まっていく。
セラフィーヌは幼いノエルと雪原を歩いていた。
「姉さん、待ってよ」
追いかけてきたノエルが足を滑らせる。
セラフィーヌはとっさに手を伸ばし、その身体を抱き止めた。
「危ないでしょ」
「ありがとう、姉さん」
ノエルは照れくさそうに笑った。
「姉さんはいつも僕を守ってくれるね」
「あなたが危なっかしいだけよ」
「じゃあ、僕も大きくなったら姉さんを守ってあげる」
「まずは、転ばずに歩けるようになりなさい」
「今度は転ばないよ」
そう言った直後、ノエルは再び雪に足を取られた。
セラフィーヌは慌ててその腕をつかむ。
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
「いつか絶対、僕が姉さんを守るからね」
「分かったわ。楽しみにしている」
二人は手を繋ぎ、父と母の待つ家へ帰っていく。
あの頃のセラフィーヌは、何も望んでいなかった。
大切な家族と笑っていられるだけで、十分に幸せだった。
それからも幸せだった頃の記憶が次々と蘇る。
母に銀色の髪をとかしてもらった朝。
ノエルと並び、仕事から帰る父を玄関で待った夜。
熱を出したノエルが眠るまで、ずっと手を握っていたこともあった。
「姉さんがいると、安心するよ」
そう言って眠りにつく弟の顔を、セラフィーヌは静かに見守っていた。
あの頃の自分は、六魔星でも復讐者でもない。
ただ家族を愛し、その幸せが永遠に続くと信じていた、一人の少女だった。
家族がそばにいる。
それだけで幸せだった。
いつから自分は、その大切な気持ちを忘れてしまったのだろう。
すると、遠くから懐かしい声が聞こえてきた。
「姉さん!姉さん!」
幼いノエルの声ではない。
「お願いだよ……目を開けてよ、姉さん!」
成長したノエルが、必死に自分を呼んでいる。
震える声に導かれるように、家も、雪原も、家族の姿も白く霞んでいく。
幸せな夢の世界が、静かに崩れ始めた。
セラフィーヌはゆっくりと目を開ける。
「姉さん……?」
目の前には、涙を流すノエルがいた。
セラフィーヌは残された力で腕を伸ばし、弟の身体を優しく抱き寄せる。
「ごめんね、ノエル」
震える声で、そっと囁いた。
「ずっと……あなたを愛していたわ」
「姉さん……!」
ノエルは涙をこぼしながら、姉の身体を強く抱き返した。
セラフィーヌはしばらくその温もりを感じたあと、胸元のペンダントを外した。
ひび割れた氷晶を模したペンダントを、ノエルの手に握らせる。
「これは、父さんからもらったものよ」
「どうして僕に……?」
「今度は、あなたが持っていて」
ノエルはペンダントを握り締め、涙を流しながら頷いた。
その様子を見届けると、ノクトが静かに歩み寄ってきた。
セラフィーヌはノエルから身体を離し、ノクトを見上げる。
「私をこの国に差し出すつもりでしょう?」
「いや」
ノクトは静かに首を振った。
「お前が俺たちの邪魔をしないなら、どこへ行こうが別に構わない」
そして、セラフィーヌへ手を差し出した。
「なんなら、俺たちと一緒に来るか?」
セラフィーヌは差し出された手を見つめる。
その水色の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「それは……無理なの」
「どうしてだ?」
「ゼルクは私があなたたちに負けて、こうなることを恐れていた。だから私に自爆魔法をかけているのよ」
セラフィーヌの背中に刻まれた魔星紋が、赤黒い光を放ち始める。
「私の体力が一定以下まで落ちたとき、マナが暴走するように魔法をかけていたの」
「そんな……」
ノエルの顔から血の気が引いた。
「もうじきよ。いいえ――」
セラフィーヌの身体が大きく震える。
「もう、始まっているわ」
次の瞬間、凄まじい冷気が噴き出した。
「ああああああっ!」
セラフィーヌの苦しげな叫びとともに、床が一瞬で凍りつく。
行き場を失ったマナが荒れ狂い、無数の氷柱となって広間を突き破った。
「姉さん!」
ノエルが駆け寄ろうとする。
「近づかないで、ノエル!」
セラフィーヌの叫びに、ノエルの足が止まった。
暴走した冷気が、銀色の髪を激しく舞い上げる。
それでもセラフィーヌは意識を失わず、荒れ狂うマナを自分の内側へ押し戻していく。
「これ以上……誰も傷つけたくないの」
冷気の向きが変わった。
周囲へ放たれていたすべての氷が、セラフィーヌ自身へ集まり始める。
「姉さん、やめて!」
「ノエル……生きて」
足元から巨大な氷がせり上がり、セラフィーヌの身体をのみ込んでいく。
「姉さん――!」
次の瞬間、セラフィーヌは巨大な氷柱の中へ閉じ込められた。
氷の中で、セラフィーヌは静かに目を閉じていた。
長い銀髪も、伸ばしかけた指先も凍りつき、まったく動かない。
その姿は、生きたまま時を止められた氷像のようだった。
「姉さん……姉さん!」
ノエルは氷柱にしがみつき、何度も姉の名を呼んだ。
しかし、どれほど呼びかけても返事はない。
冷たい氷の向こうで、セラフィーヌは眠るように目を閉じたままだった。
「お願いだから……戻ってきてよ、姉さん!」
ノエルの悲痛な叫びが、凍りついた広間に響き渡る。
その涙だけが、決して溶けることのない氷の表面を伝っていった。
いつもお読み頂きありがとうございます!
そろそろセレナリア章も終わりです!
とうとう物語は終盤に近づいていこうとしています!
ぜひ最後までお楽しみください




