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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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129/139

129話 生きていて欲しい

いつもお読み頂きありがとうございます!

 漆黒の杖に集まった闇と、聖剣を包む光が重なっていく。


 白でも黒でもない、澄み切った無彩の魔力が広間を満たした。


 エルの顔から血の気が引く。


 傷ついた身体が、本能だけで危険を訴えていた。


「ノクト、いくわよ」


「ああ」


 ノクトとエリシアは視線を重ね、同時に魔力を解き放つ。


「冥澄神降(めいちょうしんこう)――」


「無涯女神顕現(むがいめがみけんげん)!」


 広間から全ての音が消えた。


 二人の背後に巨大な女神が姿を現す。


 光を反射せず、影すら落とさない無彩の女神。


 ただそこに立っているだけで、広間を満たしていた冷気が静かに消えていく。


「エル、逃げて!」


 セラフィーヌが叫んだ。


「それには勝てない!早くここから逃げなさい!」


「嫌です」


 エルは剣を握り直す。


 足は震え、傷口から流れた血が床を赤く染めている。


 それでもセラフィーヌの前から退かなかった。


 無涯女神がゆっくりと片手を上げる。


 その掌の前に無彩の輪が現れた。


「エル!」


「風階・伍《天迅》!」


 エルが床を蹴った。


 一瞬で姿が消え、一筋の風となって女神へ向かう。


「はああああっ!」


 振り下ろした剣が、無彩の輪へ激突した。


 次の瞬間、剣が砕けた。


 無彩の輪は風を引き裂き、エルの胸元を深くえぐった。


「がはっ……!」


 エルの身体が背後の壁へ叩きつけられる。


 大量の血を吐き、そのまま床へ崩れ落ちた。


「エル!」


 セラフィーヌが駆け寄り、傷ついた身体を抱き起こす。


「どうして……どうして逃げなかったの!」


「言ったじゃ……ないですか」


 エルは苦しそうに息をしながら、それでも微笑んでいた。


「僕はセラさんのことが好きなんです」


「今はそんな話をしている場合じゃない!」


「今だから……言いたいんです」


 エルは震える手を伸ばし、セラフィーヌの頬に触れた。


「六魔星だからじゃない。強いからでもない」


「もう喋らないで……」


「僕に笑いかけてくれた、セラさんが好きです」


 セラフィーヌの水色の瞳が揺れる。


「セラさんが何を背負っていても、この気持ちは変わりません」


「エル……」


「僕はあなたと一緒に生きたいんです」


 エルは床に手をつき、もう一度立ち上がろうとする。


「だから……セラさんだけでも逃げてください。次は僕が止めます」


「その身体で何ができるのよ!」


「何もできなくても、あなたの前に立つことぐらいはできますよ」


 足に力が入らない。


 それでもエルは立ち上がり、セラフィーヌをかばうように両腕を広げた。


「僕が時間を稼ぎます。だから早く――」


「もういい」


 セラフィーヌは後ろから、エルの身体を抱きしめた。


「もう十分よ」


「セラさん……?」


「あなたの気持ちは、ちゃんと届いたから……ありがとうね」


 セラフィーヌはエルを離すと、床へ片手をついた。


 残された魔力が広がり、冷気が激しく渦を巻く。


 舞い上がった雪が一つに集まり、巨大な白い大鳥へと姿を変えた。


 氷のように透き通った翼から、細かな雪がこぼれ落ちている。


「この人を、遠くへ連れていって」


 セラフィーヌが命じる。


 大鳥は大きな翼でエルの身体を包み、その背へ乗せた。


「何をしているんですか!」


 エルが降りようとする。


 しかしセラフィーヌが生み出した氷の帯が、傷ついた身体を大鳥の背へ固定した。


「離してください!僕は逃げません!」


「エル。あなたはもっと幸せになりなさい」


 セラフィーヌが穏やかに笑う。


「僕の幸せは、セラさんのそばにいることです!」


 その言葉にセラフィーヌは一瞬だけ目を伏せた。


「それでも、あなたには生きていてほしいの」


 セラフィーヌはエルに背を向け、ノクトたちの前へ立った。


「待ってください!セラさん!」


 エリシアの聖剣から無彩の光が溢れる。


 無涯女神の周囲に、いくつもの境界輪が現れた。


「これで終わりよ」


 ノクトが漆黒の杖を構える。


「冥澄輪刑(めいちょうりんけい)――」


 無涯女神が両手をセラフィーヌへ向けた。


「界断回帰(かいだんかいき)!」


 重なった境界輪が、一斉に放たれる。


「飛びなさい!」


 セラフィーヌの叫びに応え、大鳥が翼を広げた。


「嫌だ!僕はセラさんと一緒にいるんだ!」


 大鳥は床を蹴り、砕けた窓から夜空へ飛び立つ。


「セラさん!戻ってください!セラさん――ッ!」


 エルの声が遠ざかっていく。


 セラフィーヌは一度だけ振り返り、夜空へ消えていく大鳥を見つめた。


「エル。生きて」


 境界輪が目前まで迫る。


 セラフィーヌが選んだのは、防御ではなかった。


 残されたすべての魔力を、最後の攻撃へ注ぎ込む。


 天井に残っていた雪蓮の花弁が集まり、無数の氷槍へと姿を変えた。


「氷槍連陣(ひょうそうれんじん)!」


 セラフィーヌが両手を突き出す。


 放たれた氷槍が、迫る境界輪へ正面から激突した。


 無彩の輪と氷の槍がぶつかり、凄まじい衝撃が広間を揺らす。


「まだよ……!」


 境界輪に触れた氷槍が、先端から次々と崩れていく。


 それでもセラフィーヌは攻撃を止めなかった。


 彼女には、防ぐための魔法などない。


 だからこそ、迫る力を攻撃で押し返し続けた。


 エルを乗せた大鳥が、少しでも遠くへ逃げられるように。


 残る力のすべてを、氷槍へ変え続ける。


「セラさん!セラさん――ッ!」


 遠くから、エルの声が聞こえた。


「エル。こんな私を好きでいてくれて、ありがとう」


 最後の氷槍が砕け散る。


 行き場を失った冷気が、雪となって広間に舞った。


 その雪を突き抜け、境界輪がセラフィーヌの身体へ直撃する。


「――っ!」


 その瞬間、再びすべての音が消えた。


 衝撃も、痛みも感じない。


 氷宮も、ノクトたちの姿も、白く滲んで消えていく。


 セラフィーヌの意識だけが、現実から静かに切り離された。


 そして閉ざされていた記憶が走馬灯のように溢れ出し、彼女の前に一つの夢の世界が広がり始めた。

今回もありがとうございました!

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