128話 守るための力
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セラフィーヌが次々と攻撃を仕掛ける。
放たれた氷の槍が、絶え間なく四人へ降り注いだ。
するとノエルが両手を突き出す。
目の前に立ち上がった巨大な氷の盾が、迫る槍を次々と受け止めた。
だが、その表面には既に無数の亀裂が走っている。
「くっ……!」
ノエルの膝が揺れた。
防ぐことしかできない。
自分は攻撃魔法を一つも使えない。
反撃できなければ、いつかは力尽きる。それでもノエルは二人の前から動かなかった。
「ノエル……!」
「大丈夫。二人は僕が守るから……」
そう言って笑おうとしたノエルの頬を、冷たい汗が伝った。
そのとき――奥にある扉が開いた。
「待たせたな」
三人が一斉に振り返る。
「ノクト!」
黒い外套を揺らし、ノクトが歩いてくる。
その手には、漆黒の杖が握られていた。
「どうして……」
セラフィーヌの水色の瞳が、わずかに揺れる。
「あの鎖が切れるわけないのに」
「悪いな。俺はまだ、みんなと一緒にいたいんだ」
ノクトはノエルの隣まで進み、杖を構えた。
「ノエル、ありがとう。もう大丈夫だ。今度は俺がみんなを守る」
「待ってたよ、ノクト」
疲れ切った顔で、ノエルが笑う。
「後は俺に任せてくれ」
ノクトはセラフィーヌをまっすぐに睨んだ。
「セラフィーヌ。今度こそ決着をつけるぞ」
漆黒の杖を振り上げる。
「黒焔旋獄――ッ!」
黒い炎が爆ぜ、巨大な螺旋となって広間を駆け抜けた。
セラフィーヌも両手をかざし、氷の奔流を放つ。
黒焔と氷が正面からぶつかった。
激しい衝撃が宮殿を揺らし、砕けた氷が白い煙となって広がっていく。
黒焔はそのまま氷を呑み込み、セラフィーヌへ迫った。
だが――。
「ノクト、その身体……!」
ライナの表情から笑みが消えた。
ノクトの右手が、紫色に染まっていた。
禍々しい痣は指先から腕へと這い上がり、首筋にまで広がっていく。
「ぐっ……!」
ノクトが胸を押さえ、膝をついた。
身体を包む黒い魔力の中で、紫色の光が脈打っている。
まるでノクトの内側に残された何かが、闇魔法に呼応して暴れ始めたかのようだった。
「ノクト!」
エリシアが駆け寄り、その手を強く握った。
二人の重なった手を、淡い白色の光が包み込む。
「お願い……消えて!」
エリシアは、わずかに残された魔力を振り絞った。
紫色の侵食が一瞬だけ止まる。
しかし消えない。
白い光は弱々しく明滅し、すぐに薄れてしまった。
「そんな……」
「もういい、エリシア」
「よくない!」
エリシアはノクトの手を離さなかった。
「今度は絶対に、あなたを一人にしないって決めたの!」
「でも、その魔力じゃ……」
「それでも離さない!」
ノクトは何も言えなかった。
握られた手から伝わる温かさだけが、紫色に染まっていく意識を繋ぎ止めていた。
その姿を、セラフィーヌは黙って見つめていた。
「……もう終わりよ」
広間の空気が変わった。
セラフィーヌの足元から凄まじい冷気が広がり、床も柱も一瞬で白く凍りついていく。
銀色の髪がふわりと浮かび上がる。
その背後には、数え切れないほどの氷槍が現れていた。
先ほどまでとは比べものにならない魔力だった。
「みんな、下がって!」
ノエルが三人の前に立ち、両手を広げる。
巨大な氷の壁が立ち上がった。
直後、氷槍が障壁へ激突する。
轟音とともに宮殿全体が揺れ、障壁の中央に大きな亀裂が走った。
「ノエル!」
「まだ……大丈夫……!」
ノエルは両足を踏ん張り、必死に障壁を支える。
セラフィーヌは、そんな弟へ寂しそうに微笑んだ。
「ノクトは貰っていくわ」
彼女の背後で、氷槍がさらに増えていく。
「そのために、あなたたちには少し痛い思いをしてもらう」
「姉さん……やめて」
「ノエル、ごめんね」
セラフィーヌが静かに手を振り下ろす。
「でもね、誰かを守るためには防御魔法だけでは足りないの」
氷槍が障壁を削り、亀裂を広げていく。
「守る力だけでは、本当に大切なものは守れない。皮肉だけど、それが真実なのよ」
「違う……」
「何かを守るためには、別の何かを傷つけなければならない。だから世界は、いつまでも互いを傷つけ合うの」
「……それでも僕は、誰かを傷つけたくない」
ノエルは震える両手を前へ伸ばした。
「傷つけなければ守れないものも、あるのかもしれない。でも僕は、僕のやり方でみんなを守る」
「ノエル……?」
「姉さん。僕はもう、姉さんの後ろを歩いていた頃の僕じゃないよ」
その言葉に、セラフィーヌの微笑みが消えた。
「そう。だったら見せてあげる」
セラフィーヌが両腕を広げる。
「守るだけでは届かない力を」
広間を満たす冷気が、一斉に彼女のもとへ集まっていく。
「ごめんね、ノエル。少しだけ眠ってて」
セラフィーヌが、残された魔力を解き放つ。
「氷華顕現――天凍雪蓮」
広間の天井に、巨大な氷の蕾が現れた。
一枚、また一枚と花弁が開いていく。
咲き誇ったのは、広間を覆い尽くすほど巨大な雪の蓮だった。
透き通る花弁の一枚一枚が鋭い刃となり、触れる前から空気を凍らせていく。
「散りなさい」
セラフィーヌが手を下ろした。
無数の花弁が吹雪となり、四人へ降り注ぐ。
「ノエル、逃げて!」
エリシアが叫ぶ。
だが、ノエルは退かなかった。
「大丈夫」
ノエルの足元から、柔らかな雪が舞い上がる。
「僕の魔法は、みんなを傷つけるためにあるんじゃない」
ノエルは胸の前で両手を重ねた。
「雪命神降――白雪女神、降臨」
降り注いでいた氷の花弁が、一斉に止まった。
ノエルの背後に、純白の女神が姿を現す。
長い雪髪をなびかせた女神が、四人を包むように両腕を広げた。
白い雪の結界が広間を覆う。
直後、無数の花弁が結界へ激突した。
轟音が鳴り響き、純白の光が何度も揺れる。
それでも、女神は崩れなかった。
「そんな……」
セラフィーヌが目を見開く。
白雪女神の身体から、温かな雪が降り始めた。
雪はエリシアの身体へ溶け込み、失われていた聖なる光を呼び戻す。
「マナが……戻ってくる」
ライナの拳にも、赤い炎が再び灯った。
ノクトの漆黒の杖からは、黒焔が勢いよく立ち上がる。
紫色の侵食は消えていない。
それでも、枯れかけていた三人のマナは確かに満たされていった。
「ノエル、お前……」
「これで、また戦えるよ」
ノエルが弱々しく笑う。
「僕は攻撃できない。でも、みんなをもう一度立ち上がらせることはできる」
女神の身体が、光の雪となって崩れていく。
「あとは……みんなに任せるよ」
それと同時に、ノエルの足から力が抜けた。
「ノエル!」
ライナが駆け寄り、倒れかけた身体を抱き止める。
ノエルの瞳は、すでに閉じていた。
すべてのマナと体力を使い果たし、ライナの腕の中で意識を失っていた。
「ライナ、ノエルを頼む」
「うん。二人とも、お願い」
ライナはノエルを抱きしめたまま、ノクトとエリシアを見上げた。
「必ず戻ってきて」
「ああ」
「任せて」
ノクトが立ち上がる。
しかし、その身体にはまだ紫色の痣が残っていた。
エリシアはノクトの隣へ立つと、もう一度その手を握った。
「今度こそ、私が助ける」
回復した聖なる魔力が、二人の重なった手から溢れ出す。
先ほどとは比べものにならないほど強い光が、ノクトの身体を包み込んだ。
紫色の痣が音もなく薄れていく。
指先から腕へ、腕から首筋へ。
ノクトの身体を蝕んでいた色は、白い光に溶かされるように消えていった。
「エリシア……」
「これで、もう大丈夫」
「ああ。今度こそ決着をつけるんだ」
「ええ!」
手を握り合う二人を見つめ、セラフィーヌの顔が歪んだ。
自分がどれほど手を伸ばしても、ノクトは振り向かなかった。
それなのに、エリシアが触れただけで、ノクトの苦しみは消えていく。
「……その手を離して」
セラフィーヌの声が震える。
「ノクトは、あなたのものじゃない」
「私はノクトを自分のものにしたいわけじゃない」
エリシアは、その手を離さなかった。
「ただ、ノクトの隣にいたいだけよ」
「黙りなさい!」
セラフィーヌの周囲で、冷気が爆ぜる。
「必ずノクトを取り返すわ!」
セラフィーヌは氷の槍を放った。
だが先ほどの魔法でマナを大量に消費した彼女には、ほとんど魔力が残されていない。
「黒焔葬!」
ノクトの黒焔が氷槍を呑み込んだ。
その横をエリシアが駆け抜ける。
「聖刃連鎖!」
白い斬撃が次々と放たれ、セラフィーヌの身体を切り裂いた。
「くっ……!」
セラフィーヌが後ろへよろめく。
反撃しようと氷を生み出すが、ノクトの黒焔がそれを焼き消した。
エリシアの聖剣が脇腹を斬り、続けてノクトの黒焔が肩を捉える。
何度倒れかけても、セラフィーヌは立ち上がった。
「まだよ……私はまだ、負けていない……」
それでも、すでに勝敗は決まりかけていた。
セラフィーヌの呼吸は乱れ、身体には無数の傷が刻まれている。
「終わりだ、セラフィーヌ」
ノクトが漆黒の杖を向けた。
杖先に、全てを焼き尽くす黒焔が集まっていく。
セラフィーヌには、もうそれを防ぐ力が残されていなかった。
ノクトが黒焔を放つ。
その瞬間――一人の若者が、セラフィーヌの前へ飛び込んだ。
振り下ろされた剣が黒焔を受け止める。
風が爆ぜ、炎が左右へ弾け飛んだ。
「エル……」
セラフィーヌが、信じられないものを見るように呟く。
「セラさん。遅くなりました」
エルは全身に傷を負い、立っていることさえ不思議なほどだった。
握り締めた剣は欠け、足元には血が落ちている。
「どうして戻ってきたの」
セラフィーヌの声が揺れた。
「早く逃げなさい。今のあなたでは、もう戦えない」
「いいえ。逃げません」
「どうして……」
「僕は、セラさんのことが好きなんです」
エルは、傷だらけの顔で微笑んだ。
「だから、こんなところで一人にはできません」
「エル……」
「セラさんは逃げてください」
エルはセラフィーヌをかばうように立ち、剣先をノクトたちへ向けた。
「僕が命に代えても、時間を稼ぎます」
その手は震えていた。
それでもエルは、一歩も退かなかった。
ノクトとエリシアは並んで立ち、それぞれの武器を構える。
漆黒の杖に黒焔が集まり、聖剣が白金の光をまとう。
傷ついたエルと、力を失ったセラフィーヌ。
二人との戦いに決着をつけるため、ノクトとエリシアは最後の魔法を放とうとしていた。
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