127話 自分の意思
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ノクトは椅子に縛りつけられたまま俯いていた。
もう一人の自分が言ったことを、否定しきれずにいる。
父を殺したのも、自分の意思ではなかったのかもしれない。
これまで正しいと信じて選んできたことも、本当は誰かに選ばされていただけなのかもしれない。
そんな自分が、これからも仲間と一緒にいていいのだろうか。
エリシアは何度も傷ついた。
ライナも命を懸けて戦ってきた。
今もノエルが、自分を助けるためにセラフィーヌの攻撃を防ぎ続けている。
もし自分と出会っていなければ、三人はここまで傷つかなかった。
「俺は……悪い人間なのかもしれない」
弱い声が口から漏れた。
自分が関われば、また誰かが傷つく。
大切だからこそ、そばにいてはいけないのかもしれない。
「だったら、もう……」
ノクトは扉へ目を向けた。
その向こうから、また氷の砕ける音が響く。
「みんなとは、関わらないほうがいいのかもしれない」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。
本当に、それでいいのか。
すると全てを諦めようとしたノクトの中に、これまでの旅の記憶が次々と浮かんできた。
最初に浮かんだのは、ライナだった。
気づけば、いつも隣にいた。
苦しい戦いのあとも、ライナは笑顔を忘れなかった。
ノクトが落ち込んでいるときも、無理に理由を聞こうとはしなかった。
何も話せないまま俯いていても、困った顔ひとつせず、ただ隣に座っていてくれた。
「ノクトなら大丈夫だよ」
その優しい声に、何度救われただろう。
自分のほうが傷ついているときでさえ、ライナはノクトを心配した。
戦いが終われば、無事でよかったと笑ってくれた。
ノクトが立ち止まったときには、自分から歩き出せるようになるまで、黙って待っていてくれた。
長い旅の中で、その笑顔がそばにあることは、いつの間にか当たり前になっていた。
次に浮かんだのは、エリシアだった。
初めから分かり合えていたわけではない。
考え方の違いから、何度もぶつかった。
厳しい言葉を向けられ、腹を立てたこともあった。
それでも、エリシアはノクトが間違いそうになれば、本気で止めようとしてくれた。
無茶をすれば怒った。
一人で背負おうとすれば、勝手に決めるなと言ってくれた。
エリシア自身が傷ついているときでさえ、ノクトが立ち止まりそうになると手を差し伸べてくれた。
強くて、真っすぐで、少し不器用だった。
だからこそ、その言葉を信じることができた。
最後に、ノエルの顔が浮かんだ。
優しく笑う顔も、申し訳なさそうに俯く顔も覚えている。
互いに言えないことを抱え、すれ違ったこともあった。
それでもノエルは過去から逃げなかった。
自分の言葉で謝り、もう一度仲間として歩こうとしてくれた。
誰かが傷つけば、自分のことを後回しにして手を差し伸べる。
今もきっと、苦しみながら防御魔法を使い続けている。
それも自分を助けるために。
次々と走馬灯のように多くの記憶が蘇ってきた。
灼けるような砂の上を歩いたこと。
冷たい夜を一緒に越えたこと。
戦いが終わったあと、全員が生きていることに安心したこと。
何でもない話で笑ったこと。
疲れ切って、誰も話さないまま歩いたこと。
楽しい思い出ばかりではない。
怖かった。
苦しかった。
何度も傷ついた。
助けられなかった人もいた。
それでも振り返れば、いつも誰かがそばにいた。
ライナがいた。
エリシアがいた。
ノエルがいた。
三人と旅をするうちに、ノクトは初めて、自分にも帰る場所があると思えるようになった。
「本当に……これも全部、作られたものなのか?」
父へ杖を向けたことは、ノクティルに仕向けられたのかもしれない。
魔王を殺すという選択も、自分の意思ではなかったのかもしれない。
だが、ライナが傷つけば心配になった。
エリシアが苦しんでいれば、そばにいたいと思った。
ノエルが無理をしていれば、助けたいと思った。
今も、壁の向こうにいる三人のもとへ駆けつけたい。
その気持ちまで、ノクティルに作られたものなのだろうか。
「違う……」
ノクトは首を横に振った。
誰かに命じられたから助けたいのではない。
魔王を倒すために必要だから、一緒にいたいのでもない。
共に旅をして、何度も助けられ、一緒に笑った。
そうして三人は、いつの間にか大切な仲間になっていた。
ただ、それだけだった。
たとえ過去を操られていたとしても、今ここで仲間を大切に思う気持ちだけは、自分のものだ。
証明などできない。
それでも、この気持ちまで疑いたくなかった。
「俺は、悪い人間なのかもしれない」
魔王の血を引いていることは変わらない。
これから先、また誰かを傷つけるかもしれない。
仲間のそばにいる資格など、本当はないのかもしれない。
「それでも……」
ノクトは拳を握った。
「みんなを大切に思う、この気持ちは捨てたくない」
身体の奥で、止まっていたマナが動き始めた。
目の前に立つもう一人のノクトが、初めて表情を変える。
「やめろ」
「だったら俺は、この気持ちを信じる」
ノクトは自分の中にあるマナへ意識を向けた。
「ゼルクを倒すまでは……」
胸の奥で、黒い炎が燃え上がる。
「俺は、みんなと一緒にいたい」
その瞬間、もう一人のノクトの身体から、荒れ狂うような黒い炎が噴き出した。
「やめろ!」
もう一人のノクトが叫ぶ。
だが、黒い炎は止まらない。
炎はもう一人のノクトから引き離されるように渦を巻き、本物のノクトへ流れ込んでいく。
「ノクティルの力は必要ない。悪いがここで全て使い切らしてもらう。」
黒い炎がノクトの身体を包んだ。
椅子と身体を縛っていた鎖が、音を立てて砕け散る。
ノクトは床へ足をつき、ゆっくりと立ち上がった。
もう一人のノクトは力を失い、その場に膝をつく。
「後悔するぞ。俺を失えばお前は闇魔法を充分に使えなくなる」
「するかもしれない」
ノクトは正直に答えた。
「それでも、これは俺が決めたことだ」
倒れたもう一人の自分を、まっすぐに見下ろす。
「誰かに命じられたわけじゃない。ノクティルに仕向けられたわけでもない。今ここで、俺が自分で決めた」
「また仲間を不幸にするかもしれないぞ」
「ああ。そのときは、逃げずに向き合う」
ノクトは胸へ手を当てた。
「ノクティルが俺の過去を操ったとしても、今の俺まで全部あいつのものじゃない」
「……好きにしろ」
もう一人のノクトの身体が、足元から黒い霧へ変わっていく。
やがて、その姿は跡形もなく消えた。
静かになった部屋に、壁の向こうから氷の砕ける音が響く。
ノクトは目の前の扉を見つめた。
その向こうで、仲間たちが待っている。
「今度は、俺が助ける番だ」
ノクトは扉へ向かって歩き始めた。
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