125話 兄さんと一緒に
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ライナの体を赤い炎が包み込んだ。
雪の上に膝をついていたライナが、ゆっくりと顔を上げる。
エルの剣が倒れたエリシアへ振り下ろされた。
「紅蓮獅命殉装――」
ライナの姿が消える。
次の瞬間、炎に包まれた手がエルの剣を受け止めた。
「終焔獅皇鎧!」
炎が爆発した。
「くっ……!」
エルの体が大きく押し戻される。
エリシアの前にはライナが立っていた。
赤い炎が全身を駆け巡る。
両腕。
胸。
腰から両脚。
燃え上がる炎が形を変え、獅子を思わせる鎧となってライナを包み込んでいく。
その背後には巨大な炎の獅子が現れていた。
「エリシアには触れさせないよ」
エルは剣を構え直した。
ライナを包む炎を見つめ、その目を細める。
「その炎……自分の魔力まで燃やしているのですか」
「うん。これは兄さんが使っていた魔法。」
ライナは拳を構えた。
「今度はアタシが使う」
その直後だった。
「うっ……!」
ライナの体が大きく揺れた。
全身を覆う炎が、さらに激しく燃え上がる。
それは敵へ向かう炎ではなかった。
ライナの魔力そのものを焼いていた。
「ライナ……?」
エリシアが顔を上げる。
ライナの中に残されていた魔力が、凄まじい速さで失われていく。もう既に残っていた魔力の半分以上が焼かれていた。
「まだ……何もしてないのに……」
ライナの呼吸が乱れる。
膝が崩れそうになった。
この魔法は術者の魔力を炎へ変える。
それでも足りなければ、その次に燃やすのは術者の命だった。
胸の奥が焼ける。
体から力が抜けていく。
炎が魔力を食べ尽くし、その先にある命へ触れようとしていた。
『一人で使おうとするな、ライナ』
「兄さん……?」
どこからか懐かしい声が聞こえた。
するとライナの背後にレオニルが立っている。
あの日と変わらない姿で、倒れそうになったライナの背中を支えていた。
「でも、このままじゃ……」
『お前の魔力だけで使おうとするからだ』
レオニルの手が、ライナの拳へ重なる。
『俺が残した炎を忘れたのか?』
「兄さんの炎……」
『ずっと、お前の中にあっただろ』
ライナの胸の奥で、もう一つの炎が灯った。
激しく燃え上がる炎とは違う。
どこか温かく、懐かしい炎だった。
『俺はこの魔法を一人で使った』
レオニルがライナの体を支える。
『だから、自分の命まで燃やすことになった』
「兄さん……」
『でも、お前は一人じゃない』
ライナは倒れているエリシアを見た。
氷の宮殿の中には、ノクトとノエルがいる。
遠く離れた王都では、多くの仲間たちが戦っている。
『それに、今は俺もいる』
レオニルの体から炎が流れ出す。
その炎がライナの全身を包む鎧へ重なっていく。
ライナの魔力を焼いていた炎が、少しずつ静まった。
力は弱まっていない。
それどころか先ほどよりも強くなっている。
だがもうライナの命を奪おうとはしていなかった。
「兄さんが支えてくれてるの?」
『ああ』
レオニルは笑った。
『だから思いきり戦え』
ライナの目から涙がこぼれた。
「うん」
「この魔法を使い終わった後は、当分魔法が使えなくなる。必ずこれで仕留めるんだぞ」
「任せておいて!必ずこの魔法で倒すよ!」
涙を拭い、エルへ向き直る。
「一緒に戦って、兄さん」
『最後まで一緒だ』
ライナの背後で、炎の獅子が咆哮した。
氷の大地が揺れる。
エルの表情から余裕が消えた。
「炎の力が、先ほどより増している……」
ライナは拳を強く握った。
「行くよ」
雪を蹴る。
足元の氷が砕けた。
ライナは一瞬でエルとの距離を詰め、拳を振り抜く。
エルは剣で受け止めた。
炎が弾ける。
「くっ……!」
エルの腕が大きく押し返された。
ライナは反対の拳を腹へ打ち込む。
エルの体が浮き上がる。
続けて蹴りを放つが、その足が届く前にエルの姿が消えた。
『後ろだ!』
レオニルの声が響く。
ライナは振り返らずに身を沈めた。
頭上を剣が通り過ぎる。
そのまま体を回転させ、エルの脇腹へ拳を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
エルの体が吹き飛ぶ。
雪の上を滑りながら、剣を突き立てて止まった。
ライナが追いかける。
だが、その前で契約の印が強く輝いた。
「凰印解放――翠嵐天凰!」
エルの背後で、風が巨大な翼を作り出す。
鋭いくちばし。
空を覆う両翼。
炎のように揺れる長い尾羽。
翠嵐天凰が翼を広げた。
「この契約がある限り、自分は倒れません」
エルが剣を振り下ろす。
天凰がライナへ向かって飛び立った。
激しい風が押し寄せる。
ライナは両腕を交差させた。
「くっ……!」
ライナを包む鎧の炎が削られていく。
足元の氷が割れ、ライナの体が少しずつ押し戻された。
「ライナ!」
エリシアが聖剣を支えにして立ち上がる。
「そこにいて!今のエリシアには……!」
「あなた一人に任せるわけにはいかないでしょ」
エリシアは聖剣を両手で握った。
立っているだけでも限界だった。
脇腹から流れた血が、足元の雪を赤く染めている。
それでも、エルから目をそらさなかった。
「まだ魔力が残ってるの?」
「当たり前よ」
「それじゃ……」
「残っている全部を使うわ」
エリシアは静かに目を閉じた。
胸の前で指を組む。
「熾祈連環・聖印合致――」
エリシアの掌の前に、小さな光輪が現れた。
一つ。
二つ。
三つ。
いくつもの光輪が連なり、回転しながら空へ昇っていく。
エリシアの足元と頭上に、巨大な聖印が現れた。
二つの聖印が重なる。
澄んだ音が響き、天から一本の光柱が降り注ぐ。
「天輝護将、降臨!」
光柱の中で無数の輪が組み上がっていく。
太い両脚。
巨大な体。
片手には聖剣。
もう片方には大盾。
光で作られた巨大な戦士が、エリシアの背後に降り立った。
天輝護将が大盾を地面へ突き立てる。
押し寄せていた風が、巨大な盾にぶつかった。
轟音が響く。
天輝護将の両脚が氷の地面へ沈む。
盾の表面に亀裂が入る。
それでも押し戻されない。
天凰の風を真正面から受け止めていた。
「まだそれほどの魔力を残していたのですか……」
エルが天輝護将を見上げる。
「これで本当に最後よ」
エリシアは苦しそうに息を吐いた。
「だから、この一撃であなたを倒す」
天輝護将が盾を構えたまま前へ進む。
一歩踏み出すたび、氷の地面が大きく揺れた。
天凰が翼を振る。
無数の風の刃が、天輝護将へ襲いかかった。
巨大な盾に亀裂が増えていく。
肩や足から光の破片が飛び散った。
「エリシア!」
「止まらないで!」
エリシアが聖剣を前へ向ける。
「天輝護将!」
光の戦士が盾を突き出した。
大盾が翠嵐天凰の体へぶつかる。
不死鳥の動きが止まった。
激しい風が吹き荒れ、盾の亀裂がさらに広がっていく。
それでも天輝護将は退かなかった。
天凰を正面から押さえ込む。
「今よ、ライナ!」
「うん!」
ライナが地面を蹴った。
炎をまとい、天輝護将の横を駆け抜ける。
エルが剣を構えた。
「通しません!」
天凰が激しく暴れる。
翼が大盾へ叩きつけられた。
盾の亀裂が一気に広がる。
このままでは壊される。
エリシアが残された魔力を注ぎ込んだ。
「負けるものですか!」
天輝護将が聖剣を振り上げる。
光の剣が天凰の翼へ振り下ろされた。
巨大な翼が切り裂かれる。
風が爆発し、天輝護将の盾も同時に砕け散った。
光と風が辺り一面へ広がる。
エルを守っていた風が大きく乱れた。
「ライナ!」
エリシアの声が響く。
ライナの右拳へ究極魔法によって生成された炎が、どんどんと集まり始めた。
両脚を包んでいた炎が消える。
胸の鎧も崩れ、右腕へ流れ込んでいく。
ライナの魔力が再び激しく焼かれた。
「うっ……!」
このまま力を集めれば、魔力だけでは足りない。
また命が燃やされる。
それでもライナは止まらなかった。
「アタシがやらないと……!」
『違う』
レオニルが、ライナの隣を走っていた。
『俺たちでやるんだ』
レオニルの拳が、ライナの拳へ重なる。
兄の炎が流れ込む。
足りなかった力が満たされていく。
ライナの命へ伸びていた炎が止まった。
「兄さん……」
『前を見ろ、ライナ』
目の前にはエルがいる。
その胸には、ひびの入った契約の印。
エルが剣を振り下ろした。
ライナの肩が切り裂かれる。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
「どうして……!」
「守りたい人がいるからだよ!」
ライナが最後の一歩を踏み込む。
同時に、エリシアも聖剣を振り下ろした。
「行きなさい!」
天輝護将が両手で聖剣を握る。
巨大な光の剣が、天凰へ振り下ろされた。
不死鳥の体が真っ二つに切り裂かれる。
風が弾け、エルの胸が無防備になった。
ライナの背後で、炎の獅子が大きく口を開く。
その隣には、レオニルがいた。
兄妹が同時に拳を振り抜く。
「紅蓮獅命拳!」
ライナの拳が、エルの胸へ突き刺さった。
契約の印に入っていたひびが一気に広がる。
炎が爆発した。
天輝護将の光も重なり、巨大な光と炎の柱が空へ立ち上がる。
「うああああっ!」
エルの体が吹き飛ばされた。
雪の上を何度も転がり、氷の壁へ叩きつけられる。
剣が手を離れた。
天凰も形を保てなくなり、翡翠色の風となって消えていく。
天輝護将の体にも亀裂が走った。
巨大な光の戦士は、役目を終えたようにエリシアを見下ろす。
エリシアが小さく笑った。
「ありがとう」
天輝護将は聖剣を胸の前へ構え、静かに頭を下げた。
その体が光の粒へ変わり、夜空へ昇っていく。
エリシアの足元から聖印が消えた。
同時に彼女の体が大きく揺れる。
聖剣を地面へ突き立て、どうにか倒れずに踏みとどまった。
「はあ……はあ……」
ライナを包んでいた究極の鎧も崩れ始めた。
炎の鎧が火の粉となり、風に流されていく。
「倒した……?」
ライナが前を見る。
エルの指が動いた。
壁にもたれていた体を、ゆっくりと起こす。
胸の契約の印は、今にも砕けそうなほどひび割れていた。
口元から血が流れている。
それでもエルは二人を見て、わずかに笑った。
「お見事です」
ライナは拳を上げようとした。
だが、もう腕に力が入らない。
エリシアにも、再び魔法を使う余力は残っていなかった。
エルは二人の姿を見つめ、静かに息を吐く。
「自分の負けです」
エリシアは聖剣を握ったまま問いかけた。
「負けを認めるなら、そこをどいて」
「その必要はありません」
エルの体を翡翠色の風が包み始める。
「今の自分では、もうあなたたちを止められませんから」
足元から、少しずつ体が風へ変わっていく。
「逃げるの?」
エリシアが問いかける。
「ええ」
エルは少しだけ笑った。
「敗者が生き残るには、それしかありません」
「待ちなさい!」
エリシアが手を伸ばす。
だが、追いかける力は残っていない。
「次は負けませんよ」
その言葉を最後に、エルの姿が風となって消えた。
宮殿の前から風が消える。
辺りに静けさが戻った。
「終わった……」
ライナの体がふらつく。
「ライナ!」
エリシアが慌てて受け止めた。
「大丈夫?」
「うん……」
ライナは自分の胸へ手を当てた。
心臓は動いている。
炎の究極奥義を使っても、命は燃え尽きなかった。
「ちゃんと生きてるよ」
その背後に、レオニルが立っていた。
『よくやったな、ライナ』
ライナが振り返る。
「兄さん……」
レオニルの体は、少しずつ炎となって消え始めていた。
「もう行っちゃうの?」
『俺は最初から、お前の中にいるよ』
レオニルがライナの頭へ手を置く。
『もう俺の背中を追いかけなくていい』
「でも……」
『今度は、お前が誰かに背中を見せる番だ』
ライナの目から涙がこぼれた。
「アタシ、兄さんみたいに強くなれたかな?」
『とっくに俺より強いよ』
レオニルは笑った。
『自慢の妹だ』
「兄さん……」
ライナは手を伸ばした。
だが指先が触れる前に、レオニルの姿は赤い炎となって消えた。
残された炎が、ライナの胸へ吸い込まれていく。
「ありがとう、兄さん」
ライナは涙を拭った。
エリシアには、レオニルの姿も声も届いていなかった。
それでもライナが誰と話していたのかは分かった。
エリシアは何も聞かず、ライナの肩を支える。
「行きましょう」
氷の宮殿を見上げる。
「ノクトとノエルが待ってるわ」
「うん」
二人は支え合いながら、氷の宮殿へ入っていった。
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