124話 兄さんの声
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ノエルとセラフィーヌが戦っている頃。氷の宮殿の正門前では、エリシアが雪の上に倒れていた。
聖剣は少し離れた場所に落ちている。
手を伸ばしても、指先は届かない。
「まだ……終わっていないわ……」
エリシアは震える腕で体を起こそうとした。
だが、両脚に力が入らない。
エルが目の前まで歩いてくる。
「もう動かないでください」
剣に風が集まっていく。
「ここで死んでもらいます」
「ノエルを……追わせない……」
「あなたは充分に役目を果たしましたよ」
エルが剣を振り上げた。
エリシアは歯を食いしばり、もう一度聖剣へ手を伸ばす。
そのときだった。
「エリシアから離れて!」
横から炎をまとった拳が飛び込んできた。
エルはすぐに剣で受け止める。
炎と風がぶつかり、激しく弾けた。
「くっ……!」
エルの体が後ろへ押し戻される。
一人の少女が、エリシアを守るように着地した。
服は破れ、肩や腕から血が流れている。
全身に傷を負いながらも、両拳には炎が灯っていた。
「ライナ……」
エリシアが顔を上げる。
ライナはエルから目を離さないまま答えた。
「遅くなってごめんね」
ライナは片方の手を差し出した。
「立てる?」
エリシアはその手をつかんだ。
「もちろんよ」
ライナに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。
雪の上に落ちていた聖剣を拾い、再び構えた。
その腕は小さく震えている。
「エリシア、無理しないでね」
「あなたもね、ライナ」
エリシアはライナの傷へ目を向けた。
「ひどい怪我じゃない」
「エリシアも同じでしょ?」
二人は顔を見合わせ、わずかに笑った。
エルが剣を構え直す。
「ハーゲンを倒してきたのですか」
「うん。そうだよ」
「さすがですね。ですが、その体では長く戦えないでしょう」
ライナの炎が勢いを増した。
「長く戦うつもりはないから大丈夫」
エリシアも聖剣を握り直す。
「すぐに終わらせるわ」
二人が同時に雪を蹴った。
先に仕掛けたのはライナだった。
炎をまとった拳を振り抜く。
エルは剣で受け流し、横へ回り込んだ。
すぐにエリシアが聖剣を振る。
エルは後ろへ下がってかわした。
そこへライナが再び距離を詰める。
右の拳。
左の拳。
炎をまとった連撃が、エルへ襲いかかる。
エルは剣で拳をそらしながら、少しずつ後ろへ下がった。
「エリシア!」
「ええ!」
エリシアが横から斬り込む。
狙うのは、エルの胸にある契約の印。
聖剣が胸元へ迫った。
その直前、エルの姿が消える。
「っ……!」
次の瞬間、エリシアの背後で風が吹いた。
エルが剣を振り下ろす。
だが、その間へライナが飛び込んだ。
炎をまとった腕で剣を受け止める。
「くっ……!」
腕が浅く切り裂かれ、血が飛んだ。
それでもライナは退かなかった。
「紅蓮爆装!」
エルの腹へ拳を打ち込む。
炎が爆発した。
エルの体が大きく吹き飛ばされる。
雪の上を滑りながら剣を突き立て、どうにか踏みとどまった。
「今よ!」
エリシアが駆け出す。
エルが顔を上げたときには、聖剣が目の前まで迫っていた。
エリシアは剣を振るふりをして、左手を伸ばす。
手のひらに光が集まった。
狙いに気づいたエルの表情が変わる。
「聖光解鎖!」
あと少しで、契約の印へ手が届く。
その直前。
エルの胸から風が噴き出した。
「きゃあっ!」
エリシアの体が吹き飛ばされる。
「エリシア!」
ライナが受け止めようとする。
だが、二人まとめて雪の上を転がった。
エリシアはすぐに立ち上がろうとしたが、片膝をつく。
「もう少しだったのに……」
「次はアタシが隙を作る」
「駄目よ。今のあなたに大きな魔法は……」
「大丈夫」
ライナは立ち上がった。
その足元がふらつく。
ハーゲンとの戦いで、すでに多くの魔力を使っていた。
体にも深い傷を負っている。
それでも拳を下ろさなかった。
「ノクトとノエルが待ってる。ここで止まってられないよ」
ライナの背後に、炎で作られた獅子が現れる。
「紅蓮獅霊宿!」
獅子が炎となり、ライナの体へ重なった。
両腕を包む炎が大きく燃え上がる。
ライナが一気に距離を詰めた。
拳と剣がぶつかる。
炎が弾け、周囲の雪が一瞬で蒸発した。
ライナは止まらない。
左の拳を打ち込み、かわされた直後に右の蹴りを放つ。
エルは腕で受け止めた。
そこへエリシアが迫る。
聖剣がエルの肩を切り裂いた。
「くっ……!」
エルの体が大きく崩れる。
ライナはその隙を逃さなかった。
「烈焔轟拳!」
燃え上がる拳を、エルの胸へ放つ。
だが、拳が届く前に激しい風が吹き荒れた。
「風階・肆――暴風」
巨大な風の壁が、ライナの拳を止めた。
「うあああっ!」
炎が押し返される。
ライナの体が宙へ浮き、そのまま氷の壁へ叩きつけられた。
「ライナ!」
エリシアが振り返る。
その一瞬を、エルは見逃さなかった。
風をまとい、エリシアの目の前へ移動する。
エリシアは聖剣を持ち上げた。
剣と剣がぶつかる。
一撃目は受け止めた。
二撃目も弾いた。
だが、三撃目には反応できなかった。
エルの剣が、エリシアの脇腹を切り裂く。
「うっ……!」
エリシアが膝をついた。
そこへ風をまとった蹴りを受け、雪の上へ倒れる。
聖剣が再び手を離れた。
「エリシア……!」
ライナは氷の壁から体を離した。
前へ進もうとするが、足に力が入らない。
その場に膝をつく。
「二人で戦えば勝てると思いましたか?」
エルも無傷ではなかった。
肩から血を流し、呼吸も乱れている。
契約の印に入ったひびも、先ほどより広がっていた。
それでも、まだ倒れない。
「自分はセラさんを守るために、ここにいるんです」
エルの胸で契約の印が輝く。
周囲に散っていた風が集まり始めた。
翡翠色の風が大きな翼となり、その背後へ広がっていく。
ライナは拳を握ろうとした。
だが、指に力が入らない。
体を包んでいた獅子の炎も、消えかけている。
「まだ……」
立ち上がろうとする。
両腕が震え、そのまま雪へ倒れそうになった。
「まだ、戦える……」
「もう限界です」
エルがライナへ剣を向ける。
「そこで見ていてください。先に彼女を殺します」
倒れたエリシアへ歩いていく。
「待って……」
ライナは雪をつかんだ。
「エリシアに……近づかないで……」
立たなければならない。
そう思っているのに、体が動かない。
炎も戻ってこない。
エルがエリシアの前で剣を振り上げた。
「動いてよ……!」
ライナは拳を雪へ打ちつけた。
「今動けなかったら、また守れない……!」
大切な人が傷つけられる。
自分は何もできず、見ていることしかできない。
あの日と同じだった。
炎に包まれた故郷。
倒れていく人々。
そして、自分を守るために一人で戦った兄の背中。
『ライナは、俺が守る』
「兄さん……」
忘れたことなど、一度もなかった。
そのとき。懐かしい声が聞こえた。
『立て、ライナ』
ライナが顔を上げる。
目の前にいたはずのエルも、倒れているエリシアも見えなくなっていた。
吹き荒れていた風も、冷たい雪も消えている。
辺り一面を、赤い炎が包んでいた。
その炎の中に、一人の男が立っている。
背中を向けていても分かる。
幼い頃から、何度も追いかけた背中だった。
「兄さん……?」
男がゆっくりと振り返る。
懐かしい顔が、あの頃と変わらない笑みを浮かべた。
『ずいぶん強くなったな、ライナ』
「どうして、ここに……」
『ライナ。俺をずっとライナのことを見ていだんだよ。ライナ。お前はまだ俺の力を借りようとしないんだな』
ライナの目が大きく開いた。
その言葉が何を意味しているのか、分かっていた。
「駄目だよ……」
ライナは首を横へ振る。
「アタシには、あの魔法を使いこなせない……」
レオニルは何も答えない。
ただ、あの日と同じ優しい目でライナを見つめている。
遠くからエリシアの苦しそうな声が聞こえた。
赤い炎の景色に、ひびが入る。
『それでも守りたいんだろ?』
ライナは拳を握った。
兄が使った禁断の魔法。
その力を使えば、自分がどうなるのかも分からない。
それでも、ここで立ち上がらなければ、エリシアを失う。
ノクトとノエルのもとへも行けない。
ライナは涙を拭い、まっすぐにレオニルを見つめた。
「力を貸して、兄さん」
レオニルが静かに笑った。
『ああ。行ってこい、ライナ』
赤い炎が激しく燃え上がった。
その炎がライナの体を包み込む。
胸の奥で、これまでとは違う力が目を覚ました。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました!ぜひこの作品を最後までお読み頂ければ嬉しいです!




