123話 姉弟の再会
いつもお読み頂きありがとうございます!とうとうセレナリア編も終盤に近づいていってます!ぜひ今回もお楽しみ下さい!
ノエルは一人、氷の宮殿を走っていた。
「ノクト!」
声を上げても返事はない。
長い廊下の先に大きな扉が見えてくる。
扉は半分ほど開いていた。
ノエルは足を止めず、その中へ入った。
そこは氷で作られた広い王室だった。
床には大きな亀裂が走り、何本もの氷柱が折れている。
壁には黒く焼けた跡も残っていた。
ここでノクトが戦った。
その相手が誰なのかも、ノエルには分かっていた。
「ノクト……?」
壊れた王室を見回す。
そのとき、玉座の前に立っていた人影が振り返った。
長くまっすぐな銀色の髪。
涼しげな水色の瞳。
幼い頃よりも大人びていたが、見間違えるはずがなかった。
「姉さん……」
セラフィーヌも驚いたようにノエルを見つめていた。
「ノエル……?」
二人の間に沈黙が流れる。
セラフィーヌは信じられないように目を見開いたまま、ゆっくりと近づいてきた。そして確かめるようにノエルの頬へ触れる。
「本当に、ノエルなのね……」
「うん」
「どうして、ここに……」
「姉さんに会いに来たんだ」
セラフィーヌの目が揺れた。
次の瞬間、ノエルの体を強く抱き締める。
「ずっと会いたかった……」
耳元で聞こえた声は、かすかに震えていた。
「あなたが生きていると知ってから、何度も会いに行こうと思った。でも、どんな顔をして会えばいいのか分からなかったの」
「僕も会いたかったよ」
ノエルも姉の背中へ腕を回した。
懐かしい温もりだった。
もう二度と会えないと思っていた姉が、今は目の前にいる。
「ノエル……」
セラフィーヌは、なかなか弟を離そうとしなかった。
ノエルも、このままでいたかった。
それでも、王室の奥にある扉が目に入る。
扉の周囲だけ、分厚い氷に覆われていた。
「姉さん。ノクトはどこ?」
セラフィーヌの腕が止まった。
ゆっくりとノエルから離れる。
「ここにはいないわ」
「嘘だよ」
「どうして、そう思うの?」
「この部屋に闇属性のマナが残ってる。ここでノクトと戦ったんでしょ?」
セラフィーヌは何も答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
ノエルが奥の扉へ向かう。
セラフィーヌは、その前に立った。
「姉さん、どいて」
「ノエル。今すぐ王都へ戻りなさい」
「ノクトを連れて帰るまで戻らないよ」
「あなたには関係のないことよ」
「ノクトは僕の仲間だよ。関係ないわけない」
ノエルは姉の横を通ろうとした。
その瞬間、足元から氷の槍が突き出した。
「っ……!」
ノエルは慌てて後ろへ下がる。
槍の先が顔のすぐ前で止まっていた。
「帰りなさい」
セラフィーヌの声から、先ほどまでの温かさが消えていた。
「どうして?」
「あなたを巻き込みたくはないの」
「もう巻き込まれてるよ。ノクトは僕の大切な仲間なんだ」
「ノエル」
「それに、僕は姉さんを止めるためにここまで来たんだ」
セラフィーヌの手に冷気が集まる。
一本の氷の槍が作り出された。
「私はあなたと戦いたくないわ」
「僕だって戦いたくないよ」
「それなら帰りなさい」
「嫌だ」
セラフィーヌが槍を振る。
鋭い氷がノエルの横を通り抜け、背後の床へ突き刺さった。
最初から当てるつもりがなかった。
ノエルにも、それは分かっていた。
「脅しても無駄だよ」
「次は外さないわ」
「姉さんは僕を傷つけられないよ」
「決めつけないで」
セラフィーヌの背後に、十数本の氷の槍が現れる。
「最後に言うわ。帰りなさい、ノエル」
「帰らない」
「どうして分かってくれないの!」
氷の槍が一斉に放たれた。
ノエルは王室の中を走る。
一本目が足元へ突き刺さる。
二本目が横の壁を砕く。
三本目が進む先を塞いだ。
そのどれもが、ノエルの体を外している。
セラフィーヌは攻撃しているのではない。
自分を王室から追い出そうとしている。
それでもノエルは出口へ向かわなかった。
姉のいる場所へ走っていく。
「来ないで!」
セラフィーヌが槍を突き出す。
ノエルは体をひねってかわした。
切っ先が肩をかすめ、服が裂ける。
浅い傷から血がにじんだ。
「ノエル……!」
セラフィーヌの動きが止まる。
「僕なら大丈夫だよ」
ノエルは傷を押さえながら、姉を見つめた。
「これくらい、すぐに治せるから」
「そういう話をしているんじゃないわ!」
「分かってるよ。姉さんは僕を逃がそうとしてる」
セラフィーヌが息をのむ。
「僕を守りたいんでしょ?」
「そうよ。だから言うことを聞いて」
「嫌だよ」
ノエルは首を横へ振った。
「僕はノクトを取り返す。それから姉さんも王都へ連れて帰る」
「それはできないわ」
「どうして?」
「私はもう戻れないからよ」
「姉さんは、本当に魔王軍にいたいの?」
セラフィーヌは答えなかった。
「魔王の命令で、この国を滅ぼしたいと思ってるの?」
「黙って」
「姉さんは、そんなことを望んでないよね?」
「黙りなさい!」
セラフィーヌの声とともに、冷気が激しく広がった。
床を白い霜が走り、王室の壁が音を立てて凍っていく。
ノエルは、それでも姉から目をそらさなかった。
「姉さん。もう終わりにしよう」
ノエルが手を伸ばす。
「ノクトを解放して、一緒に王都へ戻ろう」
「戻ったところで、私は許されないわ」
「それでも僕は姉さんと一緒にいる」
「簡単に言わないで!」
セラフィーヌの目に涙が浮かぶ。
「私は大勢の人を殺した!この国を裏切って、今度は魔王軍を連れて戻ってきたのよ!」
「知ってるよ」
「あなたの仲間だって傷つけた!」
「それも知ってる」
「だったら、どうして私を助けようとするの!」
「姉さんだからだよ!」
ノエルの声が王室に響いた。
「何をしたって許されるなんて思ってない。でも、姉さんがこのまま壊れていくのを見たくないんだ!」
セラフィーヌは唇を強く噛んだ。
「……帰って」
「帰らない」
「お願いだから、帰ってよ……」
声が震えている。
それでも、セラフィーヌは槍を構え直した。
王室の奥。
分厚い氷に閉ざされた部屋で、ノクトは顔を上げた。
外から、何かが砕ける音が聞こえてくる。
氷の槍が壁へ突き刺さる音。
床が何度も揺れ、そのたびに天井から細かな氷が落ちてきた。
「セラフィーヌの奴、誰と戦ってるんだ……?」
ノクトは氷に閉じ込められた両手を動かそうとした。
だが、びくともしない。
耳を澄ませる。
激しい音に混じって、誰かの声が聞こえた。
「姉さん!」
ノクトの表情が変わる。
「ノエル……?」
聞き間違えるはずがなかった。
「おい、ノエル!そこにいるのか!」
ノクトが叫ぶ。
だが、分厚い氷に遮られ、その声は王室まで届かない。
「くそっ!」
全身に力を込める。
凍りついた腕に黒い魔力が浮かび上がった。
しかし、すぐに弱まってしまう。
セラフィーヌとの戦いで、魔力を使いすぎていた。
それでもノクトは諦めなかった。
何度も氷を壊そうとする。
外から再び大きな音が響いた。
「ノエル!」
ノクトは必死に体を動かした。
「聞こえるなら返事をしろ、ノエル!」
王室ではセラフィーヌが槍を振り下ろしていた。
ノエルは横へ飛び、床を転がる。
振り下ろされた槍が氷の床を砕いた。
続けて、セラフィーヌが槍を横へ払う。
ノエルは後ろへ下がってかわした。
その背中が開いた扉へ近づいていく。
セラフィーヌは攻撃を続けながら、少しずつノエルを王室の外へ追いやっていた。
「帰って、ノエル!」
「嫌だ!」
「どうして!」
「今度は僕が姉さんを助けるんだ!」
ノエルは床を蹴った。
逃げるのではなく、セラフィーヌへ向かって走る。
「来ないで!」
セラフィーヌが槍を突き出す。
それでもノエルは止まらなかった。
切っ先が胸へ迫る。
セラフィーヌは寸前で槍をそらした。
氷の槍がノエルの頬をかすめ、後ろの壁へ突き刺さる。
ノエルはそのまま姉の胸へ飛び込んだ。
「っ……!」
セラフィーヌの体を強く抱き締める。
「一緒に帰ろう、姉さん」
「離して……」
「離さない」
「ノエル……」
槍がセラフィーヌの手から落ちた。
床へ触れた瞬間、砕けて消える。
セラフィーヌは動けなかった。
弟を突き放すことも、抱き締め返すこともできない。
「もう誰も失いたくないの……」
「僕はここにいるよ」
「父さんも、母さんもいなくなった。もう何もかもが怖いのよ!」
セラフィーヌの叫びとともに、魔力が膨れ上がった。
激しい冷気が二人の間で弾ける。
ノエルの体が後ろへ吹き飛ばされた。
「うっ……!」
床を滑り、玉座の近くで止まる。
セラフィーヌの周囲に、再び無数の氷の槍が現れた。
その瞳から涙がこぼれている。
「どうしても帰らないのなら、動けなくするしかないわ」
ノエルは痛む体を起こした。
姉から目をそらさず、ゆっくりと立ち上がる。
「それでも僕は逃げないよ」
王室の奥では、ノクトが戦いの音を聞きながら、必死に氷を壊そうとしていた。
「待ってろ、ノエル……」
黒い魔力が、凍りついた腕を再び包む。
「今度は俺が、お前を助ける番だ」
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