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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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122話 聖剣と不死鳥

いつもお読み頂きありがとうございます。最近、ブックマーク登録が1つ増えたので嬉しいです!

 ライナが氷の橋でハーゲンと戦っていた頃。


 エリシアとノエルは、氷の宮殿までたどり着いていた。


 見上げるほど大きな正門は開いている。


 だが、その前には一人の男が立っていた。


 銀色の髪。


 手には細身の剣。


 髪の先では、翡翠色(ひすいいろ)の炎が静かに揺れている。


「やはり来ましたか」


 エルは二人を待っていた。


 胸元には、不死鳥との契約を示す翡翠色の印が浮かんでいる。


「ノクトはどこ?」


 エリシアが聖剣を構えた。


「宮殿の中ですよ」


「生きているのね?」


「ええ。今のところは」


 エリシアの目つきが鋭くなる。


「そこを通して」


「できません」


 エルは細身の剣を抜いた。


「自分はセラさんを守るために、ここにいるんです」


 ノエルがエリシアの横へ並んだ。


「ノクトだけじゃない。姉さんにも会わせて」


「……姉さん?」


 エルの剣先がわずかに下がった。


「今、姉さんと言いましたか?」


「僕はノエル・グラシエ。セラフィーヌは僕の姉さんだよ」


「セラさんの……弟……?」


 エルは驚いたようにノエルを見つめた。


 長く行動をともにしてきたが、セラフィーヌから弟の話を聞いたことは一度もない。


 それでも改めて見れば、目元や整った顔立ちはよく似ていた。


「姉さんと話がしたいんだ。どうしてこんなことをしたのか、僕が直接聞く」


「セラさんに、弟が……」


 エルはすぐに言葉を返せなかった。


 その横で、エリシアが静かに聖剣を握り直す。


「ノエル。私がエルを止めるわ」


「でも、エリシアを一人にはできないよ」


「ノクトは傷ついているかもしれない。治せるのはあなたよ」


「それでも……」


「大丈夫。すぐに追いつくわ」


 ノエルは唇を噛んだ。


 エルの強さは、王都で見ている。


 エリシア一人を残すのは怖かった。


 それでも今はノクトのもとへ向かわなければならない。


 自分ならセラフィーヌを止められるかもしれない。


「分かった」


 ノエルは不安そうにエリシアを見た。


「絶対に追いついてきてね」


「もちろんよ」


 エリシアはエルから目を離さずに答えた。


「私が合図したら走って」


 エルが静かに息を吸った。


 宮殿の前を吹いていた風が、一瞬だけ止まる。


「事情は気になりますが、ここを通すことはできません」


 細身の剣を低く構えた。


「風階(ふうかい)・伍(ご)・天迅(てんじん)」


 エルの姿が消えた。


「っ……!」


 エリシアは聖剣を持ち上げる。


 甲高い音が響いた。


 目の前には、すでにエルがいる。


 細身の剣と聖剣がぶつかり合い、遅れて激しい風が吹き抜けた。


 エルが再び消える。


 今度は左。


 エリシアは振り向きざまに聖剣を振った。


 二本の剣がぶつかる。


 その直後、背後から風が吹いた。


 エリシアは前へ倒れ込むようにして剣をかわす。


 銀色の刃が髪を数本切り落とした。


「よく反応できましたね」


「あなたの剣はもう何度も見ているわ」


 エリシアはエルの姿ではなく、周囲の雪を見ていた。


 巻き上げられた雪が割れる場所。


 空気の流れが変わる瞬間。


 わずかな変化から、エルが現れる場所を読んでいる。


 エリシアは強く踏み込んだ。


 聖剣がエルの頬をかすめ、一筋の血が流れる。


 エルも剣を返し、エリシアの肩を浅く切り裂いた。


 二人は同時に距離を取る。


 最初から風階剣の最上級魔法を使うエルを相手にしても、エリシアは一歩も退いていなかった。


「今よ、ノエル!」


 エリシアは聖剣を氷へ突き立てた。


「聖圧光臨(せいあつこうりん)!」


 強烈な光が宮殿の前に広がる。


 それは斬撃ではない。


 空間そのものを押し潰す、巨大な光の圧力だった。


 エルを包んでいた風が押し潰され、その足が止まる。


「くっ……!」


「走って!」


 ノエルが正門へ向かって駆け出した。


 エルは光の圧力を押し返し、再び天迅を使おうとする。


「聖盾顕現(せいじゅんけんげん)!」


 エルとノエルの間に、巨大な光の盾が現れた。


 エルの剣が盾へ突き刺さる。


 一撃で大きなひびが走った。


 だが、その一瞬で十分だった。


「振り返らないで!」


「うん!」


 ノエルは光の盾の横を抜け、宮殿へ駆け込んだ。


 エルが追おうとする。


 その前へ、エリシアが飛び込んだ。


「あなたの相手は私よ!」


 聖剣を振り下ろす。


 エルは剣で受け止めた。


 その間に、ノエルの姿は宮殿の奥へ消えていく。


「行かれてしまいましたね」


「追わせないわ」


「なら、先にあなたを倒します」


 エルが剣を押し返した。


 再び風が全身を包む。


 次の瞬間、エリシアの周囲をいくつもの銀色の残像が走った。


 右から迫る剣を受け止める。


 左からの斬撃を弾く。


 背後から放たれた突きを身をひねってかわし、そのままエルの胸へ斬りかかる。


 エルが大きく後ろへ下がった。


 光の刃は契約の印へ届かない。


「やはり、狙いはこの印ですか」


 エルが胸元へ手を添えた。


「同じ手は食いませんよ」


 風が爆発した。


 エルの姿が消える。


 エリシアは右から迫った剣を受け止め、すぐに左からの二撃目を弾いた。


 背後から迫った三撃目は、光の盾で防ぐ。


 エリシアも反撃した。


 先に聖剣を振り、エルが現れる場所を狙う。


 エリシアの剣がエルの外套を切り裂いた。


 エルの剣もエリシアの頬へ傷を残す。


 二人の剣が何度もぶつかり合った。


 初めは互角だった。


 だが戦いが続くほどエリシアの反応が遅れ始める。


 エルは一度も速度を落とさない。


 さらにエリシアの左手を狙っていた。


 聖光解鎖を使うには、契約の印へ直接触れなければならない。


 エルはそれを知っている。


 エリシアが左手を動かすたび、風の刃がその腕へ迫った。


「くっ……!」


 左腕が浅く切り裂かれる。


 エリシアは痛みに耐え、聖剣でエルの剣を押さえ込んだ。


 胸元がわずかに開く。


 左手へ光を集め、契約の印へ伸ばした。


 だが、指先が触れる直前。


 エルの剣の柄が手首を打った。


「痛っ……!」


 集まりかけていた光が消える。


 続けて腹へ蹴りを受け、エリシアの体が後ろへ下がった。


「その魔法だけは使わせませんよ」


 エルは胸元を守るように剣を構え直す。


 エリシアは痛む左手首を押さえた。


 エルは速いだけではない。


 以前の戦いで、エリシアの魔法を知っている。


 契約の印へ近づこうとすれば、すぐに距離を取られる。


 追いかければ、天迅の斬撃が待っている。


「天裂連華(てんれつれんげ)!」


 白金の斬撃が連続で放たれた。


 エルはその隙間を縫うように駆け抜ける。


 光の刃が氷の地面を切り裂いた。


 それでもエルの姿を捉えることはできない。


 次の瞬間、エリシアの右肩が切り裂かれた。


「うっ……!」


 続けて背中。


 太もも。


 脇腹。


 風の刃が、少しずつ傷を増やしていく。


 聖剣を握る腕が重い。


 息も上がっている。


 それでもエリシアは、剣先を下げなかった。


「もう限界でしょう?」


「まだよ」


 荒い息を整え、もう一度聖剣を構える。


「ノクトもノエルも、私の仲間よ。二人のためなら最後まで戦うわ」


「そうですか」


 エルが剣を構え直す。


 エリシアの背後に、七つの光輪が浮かび上がった。


「聖滅七光(せいめつしちこう)!」


 七本の巨大な光矢が放たれる。


 上下左右。


 エルの逃げ道を塞ぐように、別々の方向から迫っていく。


 エルが剣を振った。


 一つ目の光矢が風に切り裂かれる。


 二つ目。


 三つ目。


 続けて光矢を斬り落とす。


 だが、残った四本が同時にエルへ迫った。


 白金の光が弾ける。


 氷の破片と雪が巻き上がり、エルの姿を覆い隠した。


 エリシアは聖剣を構えたまま、光の奥を見つめる。


 まだ気配は消えていない。


 雪煙の中で、翡翠色の炎が燃え上がった。


「今度はこちらの番です」


 エルの胸にある契約の印が、強い光を放つ。


 周囲の風が一斉に集まり、翡翠色の巨大な翼を作り始めた。


 鋭いくちばし。


 空を覆うほどの両翼。


 炎のように揺れる長い尾羽。


 風によって作られた巨大な不死鳥が、エルの背後に現れる。


「凰印解放(おういんかいほう)――翠嵐天凰(すいらんてんおう)」


 不死鳥が翼を広げた。


 吹き荒れる風が氷の地面を削り、宮殿の壁へ無数の傷を刻んでいく。


 エリシアは聖剣を両手で握った。


 残された魔力は、もうわずかしかない。


 それでも、ここで倒れるわけにはいかなかった。


 残った光を全て聖剣へ注ぎ込む。


 白金の輝きが刀身の中へ吸い込まれていった。


 足元に小さな魔法陣が一つだけ現れる。


 翼も光輪もない。


 あるのは一本の聖剣だけだった。


「聖剣終式(せいけんしゅうしき)――天葬一閃(てんそういっせん)」


 エリシアが氷を蹴った。


 音が消える。


 白金の光さえ、彼女の動きに追いつけない。


 同時にエルが剣を振り下ろした。


 エルの創造した不死鳥が飛び立つ。


 白金の一閃と翡翠色の不死鳥が、宮殿の前で正面からぶつかった。


 光と風が弾け、氷の大地が大きく揺れる。


 不死鳥の頭から白金の線が走った。


 その線は首を通り、胴体から尾羽まで一気に伸びていく。


 翠嵐天凰の巨体が真っ二つに分かれた。


 エリシアは二つに割れた風の間を駆け抜け、エルへ迫る。


 狙うのは契約の印。


 聖剣を引き、左手を伸ばした。


「聖光解――」


 言い切るより早く、背後から激しい風が吹きつけた。


「なっ……!」


 切り裂いたはずの不死鳥が、再び一つになっている。


 巨大な翼が背後からエリシアの体を打ちつけた。


「きゃああっ!」


 エリシアの体が大きく吹き飛ばされた。


 氷の壁へ背中を打ちつけ、そのまま雪の上へ崩れ落ちる。


 聖剣が手を離れ、少し先へ滑っていった。


 不死鳥も形を失い、翡翠色の風となってエルの周囲へ戻っていく。


「はあ……はあ……」


 エルも肩で息をしていた。


 最上級魔法を使ったことで、かなりの魔力を失っている。


 それでも剣は手放していない。


 エリシアは震える腕を雪へついた。


 立ち上がろうとするが、両脚に力が入らない。


「惜しかったですね」


 エルがゆっくりと近づいてくる。


「あと少しでこの印へ触れられた」


「まだ……終わっていないわ……」


 エリシアは雪の上に落ちた聖剣へ手を伸ばす。


 だが指先は届かなかった。


 エルが剣を構え直す。


「いいえ。ここで終わりです」


 倒れたエリシアの前で、再び翡翠色の風が吹き始めた。

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