121話 兄さんの炎
今回もお読み頂きありがとうございます!昨日、ブックマーク登録が1つ増えました!物凄く嬉しいです。本当にありがとうございます!
ライナの蹴りを脇腹に受けても、ハーゲンは半歩下がっただけだった。
「嘘でしょ……」
ハーゲンはライナから目を離し、橋を渡っていくエリシアとノエルを見る。
「逃がさん」
追いかけようとするハーゲンの前へ、ライナが回り込んだ。
「行かせないよ。あんたの相手はアタシだからね」
ハーゲンの拳が振るわれる。
ライナは身をかがめてかわし、その懐へ飛び込んだ。
炎をまとった拳を腹へ叩き込む。
だが、岩でも殴ったような痛みが返ってきた。
「硬っ……!」
横から太い腕が迫る。
ライナは後ろへ跳んだ。
拳が目の前を通り過ぎ、巻き起こった風が頬を打つ。
一発でもまともに受ければ、ただでは済まない。
「紅蓮爆装!」
紅蓮の炎が全身を包んだ。
ライナは氷を蹴り、ハーゲンの周囲を駆け回る。
正面から拳を打ち込み、すぐに背後へ回る。
振り向くより早く脇腹を蹴り、再び距離を取った。
それでもハーゲンは倒れない。
「その程度か」
「まだだよ!」
ライナは強く氷を蹴った。
「烈焔轟拳!」
燃え上がる拳が、ハーゲンの胸へ叩き込まれる。
大きな炎が弾けた。
ハーゲンの巨体が氷の上を滑り、数歩後ろへ押される。
胸元の外套は焼け落ちていた。
だが、その体には大きな傷ひとつない。
「今の拳は悪くなかった」
ハーゲンは焼け残った外套を脱ぎ捨てた。
「俺も本気で相手をしよう」
茶色の魔力がその巨体を包み込む。
「地獣血醒――剛牙熊王」
ハーゲンの体が、さらに大きく膨れ上がった。
骨が鳴り、太い腕が地面へ届くほど長くなる。
指先から鋭い爪が伸び、全身を灰褐色の毛が覆っていく。
顔も大きく変わり、口元から鋭い牙がのぞいた。
氷の橋に立っていたのは、三メートルを超える巨大なグリズリーだった。
「これが地属性による獣化魔法の頂点だ」
ハーゲンが大きく吠えた。
その咆哮だけで氷の橋が揺れ、ライナを包む炎が大きく乱れる。
ハーゲンが氷を蹴った。
その巨体からは想像できない速さで、ライナとの距離を一気に詰める。
「速い……!」
横から巨大な前足が迫った。
ライナは両腕を交差させて受け止める。
重い衝撃が全身を突き抜けた。
「ぐっ……!」
ライナの体が大きく吹き飛ばされた。
氷の上を何度も転がり、橋の端で止まる。
あと少し勢いが強ければ、谷底へ落ちていた。
立ち上がるより早く、ハーゲンが迫る。
振り下ろされた爪を、ライナは横へ転がってかわした。
分厚い氷に深い爪痕が刻まれる。
続けて振るわれた前足が、ライナの肩をかすめた。
「うっ……!」
服が裂け、雪の上へ血が飛び散る。
ライナは痛みに耐えながら距離を取った。
「紅蓮獅霊召喚!」
燃え盛る炎が、巨大な獅子の姿へ変わる。
「焔獅子乱舞!」
炎獅子が氷の橋を駆け、ハーゲンへ襲いかかった。
ハーゲンは逃げなかった。
地属性の魔力をまとった両腕で、炎獅子を正面から受け止める。
炎獅子が牙を立てようとするが、ハーゲンの腕を覆う毛皮を焼き切れない。
「消えろ!」
ハーゲンが力任せに両腕を振った。
炎獅子の体が引き裂かれ、無数の火の粉となって消えていく。
「そんな……!」
炎の中からハーゲンが飛び出した。
その巨体がライナへ正面からぶつかる。
「がっ……!」
ライナは氷の橋へ叩きつけられた。
背中に激しい痛みが走り、息ができなくなる。
全身を包んでいた紅蓮爆装の炎も、ほとんど消えていた。
ハーゲンがゆっくりと近づいてくる。
足を踏み出すたび、その重みに耐えられず氷がひび割れていった。
「終わりだ」
巨大な前足が持ち上がる。
体を動かそうとしても、腕に力が入らない。
このまま踏み潰される。
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
自分のものとは違う温かな炎。
それはレオニルから譲られたマナだった。
『俺のマナが、いつでもお前の中に宿っている』
夢の中で聞いた兄の言葉が蘇った。
あの日からずっと、兄のマナはライナの中にあった。
けれどその力を自分から使おうとしたことはなかった。
ライナは氷へ手をつき、痛む体を起こした。
「まだ……負けられない」
胸の奥で燃える、もう一つの炎へ意識を向ける。
「兄さん。少しだけ、力を借りるね」
ライナの背後で、再び紅蓮の炎が燃え上がった。
先ほどよりも大きな炎獅子が姿を現す。
炎獅子はライナを守るように立つと、大きく咆哮した。
「紅蓮獅霊同化――獅皇焔身!」
炎獅子の体が崩れ、ライナの中へ流れ込んでいく。
次の瞬間、全身から凄まじい炎が噴き上がった。
髪が紅蓮に揺らめき、両腕と両脚を獅子の炎が包み込む。
背中では燃え盛るたてがみが大きく広がっていた。
レオニルが使っていた紅蓮獅霊との同化魔法。
ハーゲンの前足が振り下ろされる。
ライナは逃げなかった。
両手を上げ、巨大な前足を正面から受け止める。
足元の氷が砕けた。
それでも今度は、吹き飛ばされなかった。
「なに……?」
初めてハーゲンの声が揺れた。
「これは、兄さんが残してくれた炎だよ」
ライナは前足を押し返し、ハーゲンの腹へ拳を叩き込んだ。
燃える拳が、分厚い毛皮へ深く食い込む。
「ぐおっ……!」
ハーゲンの巨体が大きく後ろへ下がった。
ライナはすぐに追いかける。
右の拳。
左の拳。
続けて回し蹴り。
先ほどまで通じなかった攻撃が、ハーゲンの体を何度も揺らす。
ハーゲンが吠え、両腕を大きく広げた。
ライナが離れるより早く、その体をつかまえる。
「うっ……!」
巨大な腕が左右から締めつけてきた。
骨がきしみ、獅皇焔身の炎が揺らぐ。
「このまま砕いてやる!」
「そう簡単には……いかないよ!」
ライナは両脚へ炎を集めた。
ハーゲンの腹へ、燃える膝を突き上げる。
大きな炎が二人の間で弾けた。
ハーゲンの腕が緩む。
ライナはその隙に抜け出し、氷の上へ着地した。
ハーゲンが四本の手足を氷へつく。
大きく息を吐くと、一直線に突進してきた。
橋の上では、左右へ逃げられない。
ライナは両拳を握った。
炎を広げれば、橋まで溶かしてしまう。
獅皇焔身の炎を、すべて両拳へ集めていく。
「ここを通してもらうよ!」
ハーゲンが大きく前足を振り上げた。
ライナはその懐へ飛び込む。
「灼魂連砕!」
一撃目。
右の拳が、振り下ろされた前足を弾く。
二撃目。
左の拳が、ハーゲンの脇腹へ突き刺さる。
三撃目。
同じ場所へ、さらに炎を叩き込む。
ハーゲンの体を覆っていた茶色の魔力に、ひびが走った。
四撃目。
ライナは拳に残った炎を、すべて解き放つ。
燃え上がる拳が、ハーゲンの胸を打ち抜いた。
「ぐおおおおっ!」
獅子の形をした炎が、その巨体を押し上げる。
ハーゲンの体が宙へ浮かび、氷の橋へ叩きつけられた。
全身を覆っていた灰褐色の毛が消えていく。
巨大だった体は縮み、元の人間の姿へ戻った。
ハーゲンは仰向けに倒れたまま、動かない。
ライナを包んでいた炎も消えた。
「はあ……はあ……」
全身から力が抜け、片膝をつく。
肩からは血が流れ、息をするたびに体のあちこちが痛んだ。
それでも休んでいる時間はない。
谷の向こうには、氷の宮殿がそびえ立っている。
ライナは痛む体を起こした。
「すぐに追いつくって、約束したからね」
再び氷の橋を駆け出す。
レオニルから受け継いだ炎を胸に、ライナは氷の宮殿へ向かった。
今回もお読み頂きありがとうございました!




