119話 囚われたノクト
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王宮へ押し寄せていた魔王兵は、エリシアたちと王国騎士団によって追い返された。
大通りには折れた武器や砕けた鎧が散らばり、白い雪が赤く染まっている。
エリシアが聖剣を下ろした。
ライナの拳を包んでいた炎も消える。
ノエルは傷ついた騎士の側に座り、休むことなく治癒を続けていた。
「本当にありがとう」
国王レイモンドが、騎士たちを連れて三人のもとへやってくる。
「皆がいなければ、王宮は落とされていた。この国を守ってくれたこと、心から感謝する」
だがエリシアは国王の話を聞きながら、何度も辺りを見回していた。
探している姿は、どこにもない。
「ノクトは戻ってきていませんか?」
「いや、まだだ」
エリシアの表情が曇る。
「遅すぎるわ……」
「まさか、姉さんに……」
ノエルの顔から血の気が引いていく。
「ノクトなら簡単には負けないよ」
ライナはそう言ったが、その声にも不安が混じっていた。
氷の宮殿へ向かってから、すでにかなりの時間が経っている。
無事なら、そろそろ戻ってきてもおかしくない。
「迎えに行くわ」
エリシアは聖剣を握り直した。
「今すぐ氷の宮殿へ向かう」
「私も行くよ」
ライナが迷わず答える。
ノエルも治癒を終えると立ち上がった。
「僕も連れていって。ノクトを助けたい」
三人の話を聞いていた国王が、騎士団長へ顔を向けた。
「我が軍も向かう。まだ動ける者を集めろ」
「はっ!」
騎士団長がすぐに仲間たちへ声をかける。
「でも王宮の守りはどうするのですか?」
エリシアが尋ねると国王は静かに首を振った。
「必要な兵はここに残す。君たちは命を懸けて、この王宮を守ってくれた。今度は我々が君たちの仲間を助ける番だ」
エリシアは驚いたように国王を見た。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらのほうだ。必ずノクトを連れて帰ろう」
「はい」
エリシアは強くうなずいた。
一方その頃。
ノクトは冷たさを感じて目を覚ました。
体を動かそうとした瞬間、手首と足首に痛みが走る。
「なんだ、これ……」
ノクトは椅子に座らされ、両手両足を太い鎖で縛られていた。
魔力を流してみる。
だが鎖は少しも動かない。
「無駄よ。その鎖は魔力では壊せないわ」
聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、セラフィーヌが目の前に立っている。
周囲を見回す。
氷で作られた壁に、大きな寝台や机が置かれていた。
「ここは……」
「私の部屋よ」
部屋にいるのは、ノクトとセラフィーヌだけだった。
「俺をどうするつもりだ」
「決まっているでしょう?」
セラフィーヌがノクトの前にしゃがみ、その頬へ手を添える。
「これからは私と二人で暮らすのよ。一生ここでね」
ノクトは顔をそらした。
「冗談じゃない」
「冗談ではないわ」
セラフィーヌはノクトの頬を自分へ向け直した。
「私はあなたを愛しているの。ずっと、あなたが欲しかった」
「俺はお前と暮らすつもりなんかない」
「今は、それでも構わないわ」
セラフィーヌがノクトの耳元へ顔を寄せる。
「私が洗脳魔法を覚えるまで、その椅子で待っていてちょうだい。もうちょっとなのよ」
「洗脳魔法……?」
ノクトの表情が変わる。
「禁忌魔法を俺に使うつもりか!」
「あなたが私だけを見てくれないなら、仕方ないでしょう?」
セラフィーヌは楽しそうにノクトの髪を撫でた。
「ふざけるな!そんなこと絶対にさせない!」
「大丈夫よ。食事も、着替えも、傷の手当ても、私が全部してあげる。私がいればノクトは幸せなのよ」
「俺の幸せを勝手に決めるな!」
ノクトの怒鳴り声が部屋に響く。
セラフィーヌは驚くどころか、嬉しそうに笑った。
「なら、あなたの幸せは何?」
ノクトの顔をのぞき込む。
「まさか、あのルシエルの妹たちと一緒にいることだなんて言わないでしょうね?」
「そうだと言ったら?」
セラフィーヌの笑みが消えた。
「分かっているの?あなたは魔王バルカディアス様の子で、現魔王ゼルク様の弟なのよ」
ノクトの胸にその言葉が突き刺さる。
「あなたは普通の人間ではない。どれだけ仲間のふりをしていても、あの子たちはいつかあなたを恐れるわ」
「黙れ」
「最後には、みんなあなたから離れていく。魔王の血を引くあなたを、本当に受け入れられるのは私だけよ」
ノクトはうつむいた。
自分が魔王の子であること。
それは今も心の奥に残っている傷だった。
だがノクトの正体を知っても、仲間たちは側にいてくれた。
エリシアも、ライナも、ノエルも。
誰一人としてノクトを見捨てなかった。
「……それがどうした」
「え?」
ノクトは顔を上げ、セラフィーヌを睨んだ。
「俺が誰の子でも、あいつらは俺を仲間だと言ってくれた」
「今はそうでも、いつかは――」
「俺の幸せを決めるのは、お前でも父親でも兄貴でもない」
鎖を強く引く。
「俺自身だ」
セラフィーヌは黙ってノクトを見つめた。
やがてその顔に笑みが戻る。
「そう。やっぱり洗脳魔法が必要みたいね」
「何をされても、俺はお前を選ばない」
「今はそう思っていればいいわ」
セラフィーヌはノクトの頭を優しく撫でた。
「その考えも、仲間の記憶も、全部消してあげる。あなたが私だけを愛せるように」
「セラフィーヌ……!」
「待っていてね、ノクト。すぐに覚えてくるから」
セラフィーヌが立ち上がる。
部屋を出ていくと、扉は分厚い氷に覆われた。
一人になったノクトは、再び鎖へ魔力を流し込んだ。
何度試しても、鎖はびくともしない。
「くそっ……!」
洗脳魔法を使われる前に、ここから逃げなければならない。
ノクトは痛む体を起こし、鎖を外す方法を探し始めた。
翌朝。
セレナリアの軍隊を調整するために、少しの時間が必要とされた。
王都の北門前には王国騎士団が集まっていた。
その先には雪に覆われた広い平原が続いている。
さらに遠くには、セラフィーヌが作り上げた氷の宮殿が見えた。
王都からその姿が見えていても、これまで近づこうとする者はいなかった。
宮殿の周囲を満たす強い魔力と、そこにいる魔王兵を恐れていたからだ。
だが、今日は違う。
騎士たちは武器を持ち、氷の宮殿へ向かうために並んでいた。
その先頭には、エリシア、ライナ、ノエルがいる。
国王レイモンドが、集まった騎士たちの前に立った。
「ノクトたちはこの国を守るために戦ってくれた」
騎士たちが国王を見つめる。
「今度は我々が彼を助ける。氷の宮殿へ向かい、必ずノクトを連れ戻せ!」
「はっ!」
騎士たちの声が、雪原に響いた。
北門がゆっくりと開いていく。
エリシアは遠くに見える氷の宮殿を見つめ、聖剣を握った。
「待っていて、ノクト」
エリシアたちは騎士団を率い、氷の宮殿へ向かって歩き出した。
これまで誰も近づこうとしなかった雪原に、何百もの足跡が刻まれていった。
今回もお読み頂きありがとうございました!思うがままに執筆しているので、自分でもこの物語がどのような方向に進んでいくのかが楽しみです!ぜひ最後までお付き合い頂けたらなと思います!




