118話 風の不死鳥
いつもお読み頂きありがとうございます!魔王殺しノクトはまだまだ続きます!末長いお付き合いをどうぞ宜しくお願い致します!
エルはセラフィーヌを背にかばい、剣を構えた。
ノクトは杖を床につき、どうにか立っている。
足に力は入らず、息をするたびに全身の傷が痛んだ。
「エル……邪魔をするな」
「聞けませんね」
「俺は仲間のところへ帰らないといけないんだ」
「今のあなたでは、ここから一歩も動けませんよ」
エルの言うとおりだった。
セラフィーヌとの戦いで、ノクトはほとんどの魔力を使い果たしている。
それでも杖を握る手は緩めなかった。
「ノクト、もうやめなさい!」
セラフィーヌが叫ぶ。
「それ以上魔力を使えば、本当に死ぬわ!」
「王宮ではまだみんなが戦ってるんだ」
ノクトの体から黒い魔力があふれ出す。
「俺だけここで止まってるわけにはいかない」
足元に現れた黒い魔法陣が、頼りなく明滅した。
魔力が足りない。
ノクトは残っている力を、無理やり杖へ注ぎ込んだ。
傷口から血があふれ、凍った床へ落ちていく。
「やめて、ノクト!」
セラフィーヌの声を振り切るように、ノクトは杖を振り上げた。
「《冥印解放――漆黒龍、降臨》!」
黒焔が噴き上がり、巨大な龍の姿を作り出した。
漆黒龍が翼を広げると、崩れかけた氷の宮殿が激しく揺れた。
だが先ほどの漆黒龍とは違う。
翼の先は黒焔となって揺れ、体の形も安定していない。
今にも消えてしまいそうだった。
「エル、危ないわ!」
「心配はいりませんよ」
エルの胸にある契約の印が、翡翠色に輝き始める。
印に入ったひびから炎が漏れ出し、銀色の髪を包み込んだ。
エルが剣を上へ向ける。
広間に吹き込んでいた風が集まり、翡翠色の光へ変わっていく。
その光はエルの背後で一つになり、巨大な不死鳥の姿を作った。
広げた翼は左右の壁に届くほど大きく、風で作られた長い尾羽が炎のように揺れている。
不死鳥との契約によって得た、エルの最上級魔法だった。
「《凰印解放――翠嵐天凰》」
不死鳥が翼を広げる。
吹き荒れた風が広間に残っていた氷の破片を巻き上げた。
「エル!」
その力を見たセラフィーヌの顔色が変わる。
「ノクトを殺さないで!」
エルはセラフィーヌを横目で見ると、にやりと笑った。
「分かってますよ、セラさん」
剣先がノクトへ向けられる。
「行きなさい」
翠嵐の不死鳥が飛び立った。
「行け、漆黒龍!」
ノクトも杖を振り下ろす。
二体は広間の中央で正面からぶつかった。
黒焔と翡翠色の風が弾け、床に幾つものひびが走る。
漆黒龍が不死鳥の翼へ牙を立てた。
風で作られた翼が崩れ、広間に散っていく。
しかし、散った風はすぐに集まり、失われた翼を作り直した。
不死鳥はその翼で漆黒龍を打ちつけ、鋭い爪で黒い体を引き裂く。
黒焔が飛び散った。
「ぐっ……!」
ノクトの体にも痛みが走る。
杖を握る手は血で滑り、何度も力が抜けそうになった。
「まだだ……!」
ノクトは杖を両手で握り、残された魔力を注ぎ続けた。
漆黒龍が不死鳥へ食らいつき、そのまま壁へ叩きつける。
氷壁が崩れ、冷たい夜風が広間へ吹き込んだ。
「押し切れぇぇぇ!」
漆黒龍が黒焔を吐き出す。
不死鳥の体が黒い炎に呑まれた。
だが、エルの表情は変わらない。
剣を横へ振ると、不死鳥を包んでいた黒焔が強い風に吹き散らされた。
「もう限界でしょう?」
「まだ……終わってない!」
ノクトはさらに魔力を絞り出そうとした。
その瞬間、足元の魔法陣が大きく揺らいだ。
漆黒龍の片翼が消える。
「くそっ……!」
黒焔を集め直そうとしても、もうノクトの体には何も残っていなかった。
動きの止まった漆黒龍へ、不死鳥が迫る。
鋭いくちばしが、その胸を貫いた。
漆黒龍は苦しそうに吠えると、黒い炎となって崩れ落ちた。
魔法陣も消え、ノクトの膝が床につく。
「そんな……」
翠嵐の不死鳥は、勢いを落とさずノクトへ向かってきた。
杖を構えようとしても腕が動かない。
不死鳥が目の前まで迫る。
「エル!」
「大丈夫ですよ」
エルが剣先をわずかにずらした。
ノクトへ触れる直前、不死鳥の姿が崩れる。
翡翠色の風が壁のように押し寄せ、ノクトの体を吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
凍った床へ叩きつけられ、そのまま何度も転がっていく。
手を離れた杖が遠くまで滑っていった。
「ノクト!」
セラフィーヌの叫びが広間に響く。
ノクトは震える腕を床についた。
「まだ……帰らないと……」
立ち上がろうとする。
だが腕に力が入らず、再び床へ倒れ込んだ。
「もう終わりです、ノクトさん」
エルの声が近づいてくる。
ノクトは遠くに落ちた杖へ手を伸ばした。
「まだ、みんなが……」
指先が床をかく。
杖には届かない。
視界が暗くなり、セラフィーヌの声も少しずつ遠ざかっていく。
「ノクト!しっかりして!」
返事をしようとしたが、もう声も出なかった。
杖へ伸ばしていた手が、力なく床へ落ちる。
ノクトはそのまま意識を失ったのだった。
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