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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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117/140

117話 セラフィーヌを守る者

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 ノクトは迫り来る氷槍(ひょうそう)を見て舌打ちした。


 正面だけではない。


 左右の壁。背後の柱。頭上の天井。


 逃げ道を塞ぐように、鋭い氷の槍があらゆる方向から迫ってくる。


 ノクトは杖を床へ突き立てた。


「《黒焔旋獄(こくえんせんごく)》!」


 黒い炎が激しく渦を巻き、ノクトの体を包み込んだ。


 氷槍が黒焔へ飛び込み、次々と砕けていく。


 だが全ては防ぎ切れない。


 黒焔を抜けた一本がノクトの太ももをかすめた。


「くっ……!」


 傷口から白い氷が広がり、右足を凍らせていく。


 その隙をセラフィーヌは見逃さなかった。


 床を蹴り、手にした長い槍をノクトの右肩へ突き出す。


 ノクトは杖で穂先を弾いた。


 すぐさま杖から黒焔を放つ。


 セラフィーヌは体を回しながらかわし、その勢いのまま槍を横へ振り抜いた。


 銀色の長い髪が大きく広がる。


 ノクトは杖で槍を受け止めた。


 だが、凍った右足では踏ん張れない。


 そのまま後ろへ押され、凍った床の上を滑っていく。


「ここでは私から逃げられないわ」


「最初から逃げるつもりなんかない!」


 ノクトは凍った右足へ杖を向けた。


 黒焔が燃え上がり、まとわりついていた氷だけを焼き砕く。


 自由になった足で床を蹴り、セラフィーヌとの距離を一気に詰めた。


「はあっ!」


 横から振るわれた杖を、セラフィーヌが槍の柄で受け止める。


 激しい音と共に黒焔と冷気がぶつかり合った。


 黒い炎がセラフィーヌの頬をかすめる。


 同時に槍の穂先がノクトの肩を浅く切り裂いた。


 二人は弾かれるように離れ、すぐに武器を構え直す。


 セラフィーヌが空いている手を上げた。


 ノクトの足元から何本もの氷槍が突き出す。


 ノクトは走りながら、ぎりぎりでかわしていった。


 右へ逃げれば右の壁から。


 後ろへ下がれば背後の柱から。


 どこへ動くのか、セラフィーヌには分かっているかのようだった。


 それでもノクトは止まらない。


 正面の氷槍を黒焔で砕き、飛び散った破片に紛れて前へ出る。


 杖を大きく振り上げ、セラフィーヌの肩へ叩きつけた。


 セラフィーヌは身をひねったが、完全にはかわせなかった。


「くっ……!」


 黒焔をまとった杖が、氷のように青いコートを焼き裂く。


 しかし、その下には薄い氷の鎧が作られていた。


 杖が当たった瞬間、氷の鎧が砕ける。


 セラフィーヌは衝撃に逆らわず後ろへ跳び、着地と同時に槍を突き出した。


 穂先がノクトの脇腹へ迫る。


 ノクトは杖で受け流した。


 だが槍は止まらない。


 セラフィーヌは槍を握る位置を変えながら、何度も鋭い突きを放つ。


 肩。


 腕。


 太もも。


 どれも急所からは外れていた。


 殺すつもりはない。


 それでも一度まともに受ければ動けなくなる。


 ノクトは杖で防ぎながら、少しずつ後ろへ追い込まれていった。


「どうしたの?私を倒すのでしょう?」


「言われなくても、そのつもりだ!」


 ノクトが槍を強く弾き上げる。


 セラフィーヌの体が開いた。


 ノクトはその懐へ入り込み、杖の先を腹へ突き込む。


 セラフィーヌは寸前で体をずらしたが、衝撃までは逃がし切れなかった。


「うっ……!」


 セラフィーヌが苦しそうに息を漏らす。


 それでも槍を手放さず、柄の端をノクトの胸へ叩きつけた。


「がっ……!」


 ノクトも大きく後ろへよろめく。


 二人の間に再び距離が開いた。


 杖と槍が何度もぶつかり合う。


 黒焔で氷槍を砕けば、その破片が空中で止まり、ノクトの背中を狙う。


 セラフィーヌの槍を弾けば、今度は天井から新たな氷槍が降ってくる。


 まるで氷の宮殿そのものがノクトへ襲いかかっていた。


 それでもノクトは黒焔で道を切り開き、何度もセラフィーヌのもとへたどり着く。


 黒焔が氷を溶かし、冷気が黒焔を弱める。


 壁が砕け、柱に大きなひびが入っていく。


 美しかった広間は見る影もなく崩れていた。


 それでも、どちらも相手を倒し切れない。


 戦いは互角だった。


 やがて二人は大きく距離を取り、同時に動きを止めた。


 ノクトの服は何か所も裂け、左腕には白い霜が広がっている。


 セラフィーヌのコートも黒く焼け、額から流れた血が頬を伝っていた。


 二人とも肩で息をしている。


「もうやめろ」


 ノクトは息を整えながら言った。


「このまま続ければ、お前だって無事じゃ済まない」


「あなたが杖を置けば、すぐに終わるわ」


「まだ分からないのかよ!」


「分かっていないのは、あなたよ!」


 セラフィーヌは槍を強く握り締めた。


「どうして、そこまでルシエルの妹のもとへ戻ろうとするの?あの人では、いつかあなたを守れなくなるわ」


「俺は守ってもらうために一緒にいるんじゃない」


 ノクトはまっすぐにセラフィーヌを見た。


「俺もあいつらを守りたい。だから一緒にいるんだ」


「でも、そのせいであなたが死んだらどうするの?」


「死ぬつもりはない」


 ノクトは迷わずに答えた。


「あいつらと一緒に生きるために、俺は帰るんだ」


「私なら守れるわ!誰にもあなたを傷つけさせない。ずっと私のそばにいれば、何も怖くないのよ!」


「俺はそんな生き方を望んでない」


「どうして分からないの……?」


 セラフィーヌの握る槍が震えていた。


 水色の瞳に押し込めていた感情があふれていく。


「あなたは私じゃないと駄目なの……」


「それを決めるのはお前じゃない、俺なんだ」


 ノクトは杖を構え直した。


「やっぱり力ずくで止めるしかないみたいだな」


「できるものなら、やってみなさい」


 セラフィーヌの足元から細かなひびが広がった。


「やっと、あなたに会えたのよ。もう二度と手放さない」


 セラフィーヌが手にしていた槍を床へ突き立てる。


「あなたをここに残すためなら、私は何だってするわ」


 次の瞬間、氷の宮殿全体が大きく揺れた。


 壁から氷が剥がれ落ちる。


 柱からも、天井からも、透き通った氷が集まってきた。


 その全てが形を変え、鋭い槍となって宙に浮かぶ。


 十本や百本ではない。


 見上げても数え切れないほどの氷槍が、広間を埋め尽くしていた。


「これが最後よ、ノクト」


 セラフィーヌが右手を差し出す。


「杖を置きなさい。今ならまだ傷つけずに済むわ」


 ノクトは自分へ向けられた無数の氷槍を見回した。


 逃げ道はどこにもない。


 それでも、杖を手放さなかった。


「断る」


 ノクトはセラフィーヌへ杖を向けた。


「俺は仲間のところへ帰る」


「そう……」


 セラフィーヌの目から迷いが消えた。


「なら、動けなくなってもらうわ」


 突き立てていた槍を引き抜き、その穂先をノクトへ向ける。


「《氷槍連陣(ひょうそうれんじん)・終極(しゅうきょく)――天氷葬界(てんぴょうそうかい)》!」


 数え切れないほどの氷槍が、一斉に放たれた。


 広間全体が青白い光に包まれる。


 ノクトは杖から黒焔を放ち、正面の氷槍を次々と砕いた。


 だが、止められない。


 前から来る氷槍を砕いても、左右と背後から新たな槍が迫ってくる。


 黒焔を抜けた一本が、ノクトの頬を切り裂いた。


 続く一本が右腕へ突き刺さる。


「ぐっ……!」


 傷口から氷が広がり、腕の感覚を奪っていく。


 頭上から更に何十本もの氷槍が降ってきた。


 このままでは防ぎ切れない。


 するとノクトの胸の奥で、黒い塊が激しく脈打った。


 もっと闇を使え。


 全てを呑み込め。


 頭の中にそんな声が響く。


 ノクトはその声を振り払うように杖を強く握った。


 足元に巨大な黒い魔法陣が広がっていく。


「冥印解放(めいいんかいほう)――漆黒龍(しっこくりゅう)、降臨!」


 セラフィーヌの表情が変わった。


 広間を覆う黒焔が集まり、一つの巨大な姿を作り始める。


 長い首。


 鋭い角。


 全てを覆い隠すほどの大きな翼。


 闇と黒焔で作られた龍が、ノクトの背後に立ち上がった。


 漆黒龍が翼を広げる。


 ノクトへ迫っていた氷槍が、黒い翼に次々と突き刺さった。


 だが、漆黒龍の体を貫くことはできない。


 大きな翼が振るわれる。


 黒焔をまとった風が広がり、周囲の氷槍をまとめて吹き飛ばした。


「まだよ!」


 セラフィーヌが槍を横へ振る。


 砕けた氷が空中で集まり、再び無数の槍へ姿を変えた。


 氷槍は左右へ分かれ、漆黒龍の翼と足へ突き刺さっていく。


 刺さった場所から氷が広がり、巨大な体を凍らせ始めた。


「止まりなさい、ノクト!」


「止まるわけにはいかないんだ!」


 ノクトが杖を振り上げる。


 漆黒龍が大きく吠えた。


 翼と足を覆っていた氷が一気に砕け散る。


 開かれた口の中へ、激しい黒焔が集まっていった。


 セラフィーヌも残された魔力を全て解き放つ。


 手にした槍をノクトへ向けると、広間に浮かぶ氷槍がその周囲へ集まり始めた。


 何重にも重なり、巨大な槍の群れとなって漆黒龍と向かい合う。


「私は……もう誰も失わない!」


「だからって、俺の生き方まで奪うな!」


 セラフィーヌが槍を突き出した。


 同時にノクトが杖を振り下ろす。


「行けぇぇぇ!」


 漆黒龍の口から黒焔が放たれた。


 巨大な波となって押し寄せる氷槍と、広間の中央で激突する。


 大きな衝撃が宮殿全体を揺らした。


 氷槍が黒焔を押し返す。


 黒焔が氷槍を焼き砕く。


 セラフィーヌは両足を踏ん張り、槍を前へ押し出した。


「ノクトは……私が守るの!」


 氷槍の勢いが増す。


 黒焔が押し戻され、漆黒龍の頭がわずかに上がった。


 ノクトの足元にひびが走る。


 それでも杖を握る手は緩めなかった。


「俺は……俺の意思で生きる!」


 漆黒龍が、もう一度大きく吠えた。


 黒焔の勢いが一気に増す。


 氷槍の群れに大きな穴が開いた。


「っ……!」


 一本。


 また一本。


 セラフィーヌが作り出した氷槍が、黒焔に呑み込まれていく。


 やがて残っていた氷槍もすべて砕け散った。


 黒焔がセラフィーヌへ迫る。


 ノクトは最後の瞬間、杖を上へ向けた。


 黒焔はセラフィーヌのすぐ横を通り抜け、背後の氷壁を吹き飛ばした。


 それでも全ての勢いまでは逃がせない。


「きゃっ……!」


 セラフィーヌの体が大きく吹き飛ぶ。


 手にしていた槍が折れ、氷の破片が宙を舞った。


 セラフィーヌは床を転がり、崩れかけた柱へ背中を打ちつける。


 周囲に残っていた氷槍も、力を失って次々と落ちていった。


 漆黒龍の姿も崩れ、黒い炎となって消えていく。


 ノクトは杖を支えにして、片膝をついた。


「はあ……はあ……」


 魔力を限界まで使っていた。


 右腕に刺さった氷槍を引き抜くと、傷口から血が流れ落ちる。


 ノクトは歯を食いしばり、もう一度立ち上がった。


 セラフィーヌは柱にもたれたまま、動けずにいる。


 ノクトは足を引きずりながら、その前まで歩いていった。


「俺の勝ちだ」


「まだ……終わっていないわ……」


 セラフィーヌが床へ手をつく。


 小さな氷の槍が作られかけたが、形になる前に砕けてしまった。


 もう魔力が残っていない。


「もう戦えないだろ」


「それでも……あなたを帰すわけには……」


 セラフィーヌは立ち上がろうとした。


 だが、膝に力が入らない。


 その体が再び床へ崩れ落ちた。


「魔王兵を王都から退かせろ」


 ノクトが静かに告げる。


「できないわ……」


「そうか……」


 ノクトは杖を握り直した。


 これ以上戦わせないためには、意識を失わせるしかない。


 狙うのは肩だ。


 命を奪うつもりはなかった。


 杖を振り上げる。


 これで終わる。


 ノクトがそう思った、その瞬間だった。


 耳を打っていた風の音が、ふっと消えた。


「風階・伍《天迅(ふうかい・ご《てんじん》)》」


「っ……!」


 声のした方を見るより早く、一人の男がノクトの前へ現れた。


 銀色の髪。


 その毛先で揺れる、弱々しい翡翠色(ひすいいろ)の炎。


 振り下ろした杖は、細い剣に受け止められていた。


「エル……!」


 一瞬遅れて、激しい風が広間を吹き抜ける。


 ノクトの体が後ろへ押し戻された。


 エルはセラフィーヌを背にかばい、ノクトの前へ立っていた。


 王都から全力で走り続けてきたのだろう。


 息は乱れ、服のあちこちが血に染まっている。


 胸に浮かぶ契約の印にも、ひびが入ったままだった。


 それでも剣を握る手は少しも揺れていない。


「エル……どうして、ここに……?」


 セラフィーヌが驚いたように見上げる。


「セラさんの魔力が消えかけたので、戻ってきました」


「王都は……?魔王様からの命令はどうしたの?」


「すべて置いてきました」


 エルは振り返らなかった。


 剣先をノクトへ向けたまま、静かに答える。


「どんな命令より、セラさんの命のほうが大切です」


 エルの周囲に風が集まっていく。


「ノクトさん」


 その顔にいつもの笑みはなかった。


「セラさんから離れてください」


「どけ。俺はセラフィーヌを殺すつもりはない」


「分かっています」


 エルは剣を構え直した。


「それでも、あなたの前から消えるつもりはありません」


 弱くなっていた翡翠色の炎が、再び大きく燃え上がる。


「自分はセラさんを守るために戻ってきたんですから」

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