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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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116/139

116話 氷宮(ひょうきゅう)のセラフィーヌ

いつもお読み頂きありがとうございます!お盆休みが始まったので、無事にポツポツと執筆できています!

 エリシアは聖剣を両手で握り直した。


 残っているすべての魔力を注ぎ込むと、刀身を包む白金の光が激しく燃え上がる。


「これで終わりよ!」


 狙いはエルの胸に浮かぶ契約の印。


 エリシアは雪を蹴り、ひびの入った印へ斬りかかった。


 そのとき、エルの表情が変わった。


 遠く離れた氷宮で、セラフィーヌの魔力が一気に膨れ上がったのだ。


 王都にいる誰も気づかないほど、小さな変化だった。


 エリシアも何も感じていない。


 それでも長い間セラフィーヌのそばにいたエルには分かった。


 冷たく澄んだ魔力。


 間違えるはずがない。


「セラさん……?」


 エルの反応が一瞬遅れた。


 白金の刃が胸元へ迫る。


「っ……!」


 エルは寸前で剣を差し込み、聖剣を弾いた。


 激しい音が響き、エルの体が後ろへ押される。


「よそ見できるほど余裕なのね!」


 エリシアは休むことなく踏み込んだ。


 契約の印を狙い、何度も聖剣を振るう。


 エルは剣で受け流しながら、意識を氷宮(ひょうきゅう)へ向けていた。


 もう一度、セラフィーヌの魔力が揺れる。


 だが今度は先ほどよりも弱い。


 一気に膨れ上がった直後、消えてしまいそうなほど小さくなっていた。


 エルの顔から完全に笑みが消えた。


「セラさんに何が……」


「どこを見ているの!」


 エリシアが聖剣を振り下ろす。


 エルは剣で受け止めると、力任せに弾き返した。


「くっ……!」


 エリシアが大きくよろめく。


 その隙にエルは剣を鞘へ収めた。


「何をしているの?」


「セラさんのところに戻ります」


「戦いを放り出すつもり?」


「はい」


 あまりにも迷いのない返事だった。


「セラさんの魔力が急に弱くなりました」


 エリシアは聖剣を構え直した。


「だからといって、私があなたを行かせると思っているの?」


「どいてください」


「嫌よ!」


 エリシアが斬りかかる。


「風階・肆(し)《暴風(ぼうふう)》」


 巻き起こった風が、雪を高く舞い上げた。


 聖剣が空を切る。


 エリシアが振り向いたときには、エルはすでに遠くまで走り抜けていた。


「待ちなさい!」


 エリシアも追いかけようとする。


 だが一歩踏み出しただけで全身から力が抜けた。


「うっ……」


 雪の上に片膝をつく。


「王宮へ向かった魔王兵たちはどうするの?」


 エルの足が止まった。


「彼らは命令どおり王宮へ進むでしょう」


「あなたは自分だけ戦場を離れるつもり?」


「そうです」


「あなたにも命令があるのでしょう?」


「分かっています」


 エルは氷の宮殿がある方角を見つめた。


「それでも、戻らなければなりません」


 再び足元に風が集まる。


「待ちなさい、エル!」


 エリシアの声にも振り返らず、エルは氷宮へ向かって駆け出した。


 王宮へ向かった魔王兵も、自分に与えられた命令も残したまま。


 今のエルには、セラフィーヌのもとへ戻ることしか考えられなかった。


 エリシアは遠ざかる背中を睨んだあと、聖剣を雪へ突き立てた。


 エルを追う力は残っていない。


 それでも、王宮にはライナとノエルがいる。


 エリシアは聖剣を支えにして、ゆっくりと立ち上がった。



 その頃、ノクトはすでに氷の宮殿にたどり着いていた。


 雪原に建つ巨大な宮殿には、石も木も使われていない。


 壁も柱も天井も、すべてセラフィーヌの氷魔法だけで作られていた。


 透き通った氷が淡い青色に輝いている。


 美しい宮殿だったが、中には人の気配がなく、不気味なほど静かだった。


 ノクトは杖を握り締め、奥へ進んでいく。


 進むほど冷気が強くなり、吐く息も白くなっていった。


 聞こえるのは、凍った床を踏む自分の足音だけ。


 やがて目の前に巨大な氷の扉が現れた。


 ノクトが触れるよりも先に扉がゆっくりと開いていく。


 その先にある広間で、セラフィーヌが背を向けて立っていた。


「来たのね、ノクト」


 セラフィーヌがゆっくりと振り返る。


 その水色の瞳は、凍りついたように静かだった。


「あなたがここへ来ることは分かっていたわ」


「俺が来ることを?」


「ええ。私を説得するために一人で来る。あなたなら、きっとそうすると思っていたわ」


 ノクトは眉を寄せた。


「俺のことを知ったように言うな」


「あなたのことなら考えることなら何でも分かるわ。あなたが思っているよりも、ずっと」


 セラフィーヌの視線が、ノクトの握る杖へ落ちる。ノクトはセラフィーヌを睨みつけた。


「魔王兵を王都から退かせろ」


「それはできないわ」


「なら、俺がお前を止める」


 ノクトが杖を構える。


 それでもセラフィーヌは動かなかった。


「ノクト。杖を置いて、ここに残りなさい」


 その声は命令とは思えないほど優しかった。


「ここなら、もう誰にも追われない。誰にもあなたを傷つけさせない。私がずっと守ってあげるわ」


「こっちからお断りだ。俺はそんなこと望んでない」


「ええ。やっぱりそう言うと思っていたわ」


 背後で大きな音が響いた。


 ノクトが振り返る。


 開いていた扉が、分厚い氷に覆われていた。


「最初から俺を閉じ込めるつもりだったのか?」


「できることなら、あなたの意思で残ってほしかった」


 セラフィーヌは胸元の氷晶を握り締めた。


「大切な人は、一度失えば二度と戻ってこない。だからこそ、どんなことをしてでも守らないといけないの」


「守るためなら俺の気持ちはどうでもいいのか?」


「嫌われても構わないわ」


 セラフィーヌの瞳が、わずかに揺れた。


「二度と会えなくなるくらいなら、嫌われたほうがずっといいもの」


 ノクトは杖を握る手に力を込めた。


「それは守ることじゃない。ただ閉じ込めているだけだ」


「そうかもしれないわね」


 セラフィーヌが右手を開く。


 足元の氷が伸び上がり、一本の長い槍に変わった。


 セラフィーヌはその槍をつかみ、ノクトへ向ける。


 同時に、背後へ十数本の氷槍が浮かび上がった。


「それでも、あなたを帰すつもりはないわ」


 セラフィーヌは手にした槍を構えた。


「最後にもう一度だけ言うわ。杖を置いて」


「断る」


「そう」


 セラフィーヌが槍を横へ振った。


 背後に浮かんでいた氷槍が一斉に放たれる。


 ノクトは杖を振り、正面へ黒い魔力を広げた。


 闇とぶつかった氷槍が、次々と砕けていく。


 だが、その陰で数本の氷槍が左右へ大きく曲がった。


 黒い魔力を回り込み、ノクトの腕と足へ襲いかかる。


「くっ……!」


 ノクトは床を蹴り、横へ跳んだ。


 一本が肩をかすめ、服の表面が白く凍りつく。


 着地した直後、足元の床から新たな氷槍が突き出した。


 ノクトは杖を振り下ろし、その氷槍を叩き折る。


「最初から急所を外しているな」


「あなたを殺すわけがないでしょう」


「俺も随分と舐められたもんだな!」


 ノクトは杖から黒焔を放った。


 黒い炎が床を走り、セラフィーヌへ迫る。


 セラフィーヌは手にした槍を床へ突き立てた。


 目の前に氷の壁が現れ、黒焔を受け止める。


 激しい音とともに、氷の壁が砕け散った。


 ノクトは飛び散る氷に紛れ、一気に距離を詰める。


 杖をセラフィーヌの肩へ振り下ろした。


 セラフィーヌは、長い槍の柄で受け止める。


 ノクトはそのまま杖を押し込み、さらに前へ踏み込んだ。


 セラフィーヌは槍を引くと、すぐに鋭く突き出す。


 氷の穂先がノクトの脇腹へ迫った。


 ノクトは体をひねってかわし、槍の柄を杖で弾く。


 そのまま懐へ入り込もうとした。


 だが、セラフィーヌは槍を持つ位置を変え、柄の端をノクトの腹へ突き込んだ。


「がっ……!」


 ノクトの動きが止まる。続けてセラフィーヌが槍を横へ振り払った。


 ノクトは杖で防いだが、勢いを止められずに凍った床の上を滑っていく。


 二人の間に再び距離が開いた。


 セラフィーヌは追わなかった。


 手にした槍を構えたまま後ろへ下がり、氷槍を放てる距離を取り直す。


「接近戦なら勝てると思った?」


「捕まえるまで何度でも近づくだけだ」


 ノクトが立ち上がる。


 セラフィーヌは槍を握ったまま、空いている手を上げた。


 壁から、柱から、天井から。あらゆるところから無数の氷槍が現れ、あらゆる方向からノクトへ狙いを定める。


 ノクトは周囲を見回した。


 この氷宮は全てセラフィーヌの魔力で作られている。


 ここでは床も壁も天井も、すべてが彼女の武器だった。


「もうやめなさい。抵抗しなければ、これ以上傷つけずに済むわ」


「俺は仲間のところへ帰る」


 ノクトは杖をセラフィーヌへ向けた。


「お前を殺してでもな」


「なら、あなたが動けなくなるまで戦うしかないわね」


 セラフィーヌが手にした槍を振り下ろす。


 無数の氷槍が一斉にノクトへ襲いかかった。

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