↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/139

106 壊された約束

今回もお読み頂きありがとうございます。

 それから数日が過ぎた。


 アルベールは新しい役目に追われ、帰りが遅くなる日が続いていた。


 それでも、どれほど遅くなっても必ず屋敷へ戻った。


 セラフィーヌと交わした約束を守るためだった。


 その夜も、アルベールが帰ってきたのは家族が眠ったあとだった。


 そして空が白み始めるよりも前。


 屋敷の扉を激しく叩く音が響いた。


「セレナリア王国騎士団だ!アルベール・グラシエに反逆の疑いがある!ただちに扉を開けろ!」


 セラフィーヌは寝台から飛び起きた。


 隣ではノエルも不安そうに体を起こしている。


「姉さん、何の音?」


「分からない。ノエルはここにいて」


「姉さん、行かないで」


 ノエルがセラフィーヌの服をつかんだ。


 セラフィーヌは少し迷ったあと、その手を握る。


「じゃあ、一緒に行きましょう」


 二人が廊下へ出ると、玄関にはマリアとアルベールが立っていた。


 扉の外には十人を超える騎士が並んでいる。


 アルベールが扉を開けた瞬間、冷たい風と雪が屋敷の中へ吹き込んだ。


 騎士団の隊長が、一枚の書状を広げる。


「アルベール・グラシエ。国庫金の横領、敵国への機密漏洩、ならびに国王陛下への反逆を企てた疑いにより、あなたの身柄を拘束する」


「何かの間違いだ」


 アルベールはすぐに答えた。


「王宮にあるあなたの執務室から、署名入りの密書と、書き換えられた国庫の記録が見つかっています」


「私はそんなものを書いていない」


「この逮捕状には、陛下の許可も下りています」


 書状の下には国王の印が押されていた。


 アルベールの表情がわずかに曇る。


「屋敷の捜索も命じられています」


 隊長が片手を上げた。


「調べろ」


 騎士たちが一斉に屋敷へ入ってくる。


「待ちなさい!」


 セラフィーヌが騎士たちの前へ立った。


「父さんのものに、勝手に触らないで!」


「子どもは下がっていろ」


 一人の騎士がセラフィーヌを脇へ退かそうとする。


 その足元に、白い霜が広がった。


「なっ……!」


 床を走った氷が、騎士の両足を瞬く間に凍りつかせる。


 ほかの騎士たちが剣に手をかけた。


「セラフィーヌ!」


 アルベールの強い声が響いた。


 セラフィーヌの肩が震える。


「今すぐ魔法を解きなさい」


「でも、この人たちは父さんを連れていこうとしてるのよ!」


「分かっている」


「魔法は大切な人を守るために使うんでしょ!」


「ああ」


 アルベールはまっすぐに娘を見た。


「だからこそ今は使ってはいけない」


「どうしてよ!」


「ここで騎士を傷つければ、お前まで罪人にされる。母さんも、ノエルも、連れていかれるかもしれない」


「じゃあ、父さんを守れないじゃない!」


「戦うことだけが守ることではないんだ」


 セラフィーヌは何も言えなかった。


 アルベールはできるだけ穏やかな声で続ける。


「父さんを信じてくれ」


 セラフィーヌは唇を噛んだ。


 やがて手を下ろすと、騎士の足を覆っていた氷が砕け落ちた。


「……分かったわ」


 騎士たちは警戒しながら、屋敷の奥へ入っていった。


 しばらくして、一人の騎士が黒い箱を抱えて戻ってくる。


「隊長。書斎の床下から、これを」


 箱の中には、大量の金貨と何通もの書状が入っていた。


 金貨には敵国の紋章が刻まれている。


「知らない。そんなものは私のものではない」


「書状にはあなたの署名があります」


「偽造されたものだ」


「これだけの証拠がありながら、まだ否定するおつもりですか?」


 アルベールは箱を持つ騎士を見た。


「私さえ知らない床板の下を、随分と簡単に見つけたな」


 騎士の表情がわずかにこわばる。


「事前に密告がありました」


「その密告者は、そこまで詳しく知っていたのか?」


「続きは取り調べで聞きます」


 隊長が部下へ目を向けた。


 アルベールの両手に、冷たい鎖がかけられる。


「待ってください!」


 マリアが、アルベールの腕をつかんだ。


「夫が国を裏切るはずがありません。誰よりもこの国のために働いてきた人です」


「抵抗されるのであれば、奥方にも同行していただきます」


「マリア」


 アルベールが静かに首を横へ振った。


「大丈夫だ。すべて仕組まれたことだと、必ず証明してみせる」


「でも……」


「二人の側にいてやってくれ」


 ノエルが、アルベールの服をつかんだ。


「父さん」


 アルベールは鎖につながれたまま、ノエルの前へ膝をつく。


「どうした?」


「父さん、悪いことしたの?」


「していないよ」


「じゃあ、どうして連れていかれるの?」


「誰かが、父さんを悪者にしようとしているんだ」


「ちゃんと話せば、帰ってこられる?」


「ああ」


「本当に?」


「必ず帰ってくる」


 ノエルは安心したようにうなずいた。


 セラフィーヌは、アルベールを睨むように見つめていた。


「約束したわよね」


「ああ」


「絶対に帰ってくるって」


「覚えているよ」


「だったら、守って」


「必ず守る」


 アルベールは立ち上がった。


「セラフィーヌ。母さんとノエルを頼む」


「二人を守るのは、父さんの役目でしょ」


 セラフィーヌの声が震える。


「だから、自分でちゃんと帰ってきて」


 アルベールは少し驚いたあと、優しく笑った。


「そうだな」


 騎士たちに囲まれ、アルベールは屋敷の外へ連れていかれた。


 騒ぎを聞きつけた人々が、門の外へ集まっている。


「グラシエ様が、国を裏切ったらしい」


「嘘だ。あの方がそんなことをするはずがない」


「だが、屋敷から証拠が出たそうだ」


「良い人のふりをして、裏では国を売っていたのか」


 つい先日までアルベールへ頭を下げていた者たちが、疑いの目を向けていた。


 セラフィーヌは、裸足のまま雪の上へ飛び出す。


「父さん!」


 ノエルもそのあとを追った。


 アルベールを乗せた馬車が、ゆっくりと動き始める。


「父さん!約束だからね!」


 小さな窓の向こうで、アルベールが振り返った。


 声は聞こえない。


 それでも、その口が「分かっている」と動いたように見えた。


 馬車は雪の中へ消えていった。


「父さん、帰ってくるよね?」


 ノエルが震える声で尋ねた。


 セラフィーヌは、弟の手を強く握った。


「帰ってくるわ」


「本当に?」


「父さんは約束を破らないもの」


 自分にも言い聞かせるように、セラフィーヌはそう答えた。



 同じ日の夜。


 アルベールは王宮の地下牢に閉じ込められていた。


 何度取り調べを受けても答えは変えなかった。


 国庫から金を盗んでいない。


 敵国へ情報を渡していない。


 王位を奪おうと考えたこともない。


 全て誰かが作り上げた罪だった。


 やがて重い扉が開いた。


 白く長い髭。


 痩せた頬。


 指には、いくつもの宝石がはめられている。


 何度も笑顔で屋敷を訪れ、アルベールの才能を褒めていた大貴族だった。


「あなたか」


 アルベールが低い声で言った。


「何のことかな?」


「私の執務室と屋敷の両方へ、証拠を仕込める者は限られている」


「随分と想像力が豊かになったものだ」


「私を笑いに来たのか?」


「助けに来たのだよ」


 老人は一枚の紙を取り出した。


 そして鉄格子の間から、アルベールの前へ差し入れる。


「署名しろ」


 そこには全ての罪を認める言葉が並んでいた。


 国庫金を横領したこと。


 敵国へ情報を流したこと。


 国王を退け、自らが王になろうとしたこと。


 どれもアルベールには身に覚えがない。


「こんなものに署名すれば、私は本当に反逆者になる」


「お前は、もう反逆者だ」


 老人は冷たく言った。


「違うのは家族まで反逆者になるかどうかだけだ」


 アルベールが老人を睨む。


「どういう意味だ?」


「明日の朝には、奥方の部屋から新たな証拠が見つかるかもしれん」


 老人の口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「娘が騎士へ魔法を向けたことも、逃亡を助けようとした証拠にできる」


「まだ子どもだぞ」


「反逆者の子どもであることに年齢は関係ない」


「ノエルまで巻き込むつもりか?」


「お前次第だ」


 老人は紙を指先で叩いた。


「全て自分一人で行ったと認めれば、家族を共犯にはしない」


「私に罪を認めろと言うのか」


「ああ」


「そのあとは?」


「陛下には、死罪を免れ、王都からの追放で済むよう進言してやろう」


 アルベールは老人の顔をじっと見た。


「なぜ私を生かす?」


「民から慕われているお前を殺せば、死んだお前が英雄にされるかもしれん」


 老人は楽しそうに笑った。


「自ら罪を認めた卑怯者として生きてもらう方が、我々には都合がいい」


「爵位も、財産も、すべて奪うつもりか」


「当然だ」


「家族はどうなる?」


「牢へ入ることはない」


「住む場所も、食べるものも失う」


「命は残る。それで十分だろう?」


 アルベールは何も答えられなかった。


 マリアの顔が浮かぶ。


 服をつかんで離さなかったノエルの小さな手。


 そして絶対に帰ってきてと訴えたセラフィーヌの声。


「……署名すれば、家族には手を出さないんだな?」


「ああ」


「約束しろ」


「貴族の名にかけて約束しよう」


 その言葉をアルベールは信じていなかった。


 それでも他に家族を守る方法がなかった。


 羽根ペンを受け取る。


 力は大切な者や、助けを求める者を守るために使うものだ。


 自分が子供たちへ教えた言葉が頭に浮かんだ。


 今の自分に残されている力は、地位でも財産でもない。


 ただ自分の名だけだった。


 その名を捨てれば、家族を守れるかもしれない。


 アルベールは震える手で、書状の最後に署名した。


 アルベール・グラシエ。


 老人が書状を拾い上げ、その名を確かめる。


「賢明な判断だ」


「家族には手を出すな」


「心配するな。お前たちは、元いた場所へ戻るだけだ」


 老人は牢を出ていった。


 重い扉が閉ざされる。


 暗闇の中に一人残されたアルベールは、うつむいたまま動かなかった。


「セラフィーヌ……ノエル……すまない」



 夜が明ける頃。


 王都中の掲示板に、一枚の告示が貼られた。


 ――アルベール・グラシエ、自らすべての罪を認める。


 帰ると約束したアルベールよりも先に、その知らせだけが家族のもとへ届いた。

ありがとうございました!もしよろしければポイント評価、ブックマーク登録をよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。