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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
雪精王国セレナリア編

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102/139

102話 グラシエの名

今回もお読み頂きありがとうございます。

 雪女たちを倒したあと、エリシアたちはすぐに氷漬けにされた男たちの救助を始めた。


 ライナが拳で氷の柱を慎重に砕き、エリシアが崩れ落ちる男たちの体を受け止める。


 ノエルは杖を握り締め、次々と魔法を唱えていった。


「精霊よ、凍てついた命に温もりを。体を蝕む冷気を取り払って!」


 淡い光が洞窟の中に広がる。


 男たちの青白くなった肌に、少しずつ血の気が戻っていった。


 だが、全員を救うことはできなかった。


 長い間、氷の中に閉じ込められていたのだろう。すでに息絶えている者もいた。


 ノエルは一人ずつ胸に手を当て、呼吸を確かめていく。


 そして、何も言わずに首を横に振った。


 そのたびにライナの表情が曇る。


「間に合わなかったんだね……」


「うん……」


 ノエルは悔しそうに唇を噛んだ。


「でも、まだ生きている人もいる。今は、その人たちを助けないと」


 ノエルは休むことなく魔法を使い続けた。


 救えなかった命はある。


 それでも、生き残っている者は少なくなかった。


 やがてノエルは、氷の台座に寝かされたノクトのもとへ駆け寄った。


「ノクト!」


 ノクトの体は冷たく、まぶたも固く閉じられている。


 ノエルは杖をかざし、ノクトの全身を淡い光で包み込んだ。


「精霊よ、彼を蝕む凍結を解いて!」


 ノクトの体を覆っていた氷が、音を立てて砕ける。最初からノエルの守護魔法が効いていたので、体の表面が少しだけ凍っているくらいだった。


 しばらくすると、ノクトの指先がわずかに動いた。


「う……」


 ノクトはゆっくりと目を開けた。


 そして飛び起きるなり、自分の体を何度も確かめる。


「し、死ぬかと思った!こんな怖い思いをしたのは初めてだ!」


 エリシアは小さく笑った。


「お疲れ様。あなたのおかげで、大勢の人が助かったわよ。良いことをしたわね」


「そうなのか?」


「ええ。たまには役に立つじゃない」


「たまにはってなんだよ」


 ノクトは不満そうに言いながら、辺りを見回した。


 氷から救い出された男たち。


 必死に治療を続けるノエル。


 そして、もう動かなくなった者たち。


 ノクトの表情から、すぐに笑みが消えた。


「……全員は助からなかったのか」


「間に合わなかった人もいるわ」


 エリシアが静かに答えた。


 ノクトは拳を握った。


 だが、今は立ち止まっている場合ではない。


「とにかく、当分はこんな役目はごめんだ」


「また必要になったらお願いするわ」


「絶対に嫌だからな!」


 その時だった。


 洞窟の外から、何かが雪を踏み締める音が聞こえてきた。


 一つではない。


 何十。


 いや、それ以上だ。


 地面がわずかに揺れるほどの足音が、こちらへ近づいてくる。


 ノエルが顔を上げた。


「この音……スノウルーク?」


 次の瞬間、洞窟の入口に大勢の兵士が姿を現した。


 兵士たちは、白銀の獣に跨っている。


 厚い毛並み。


 力強い四肢。


 透き通るような角。


 その獣の名は、スノウルーク。


 セレナリアの雪原を駆ける、白銀の騎乗獣だった。


 蹄から薄い氷のマナを放ち、深い雪にも沈まず、凍った斜面でも滑ることなく走る。


 吹雪の中を進むセレナリア兵にとって、欠かすことのできない相棒だった。


 洞窟の外には、百を超える兵士たちが集まっていた。


 どうやら雪女を討伐するために、この山までやって来たらしい。


 その先頭から、一人の男が前へ出た。


 男はスノウルークの背から静かに降りる。


 銀灰色の髪を短く整えた、四十代ほどの男だった。


 厚い白銀の軍装を身にまとい、左頬には古い傷跡が一本走っている。


 氷のように冷たい青い瞳。


 だが、その立ち姿には、兵を預かる者らしい落ち着きがあった。


「私はセレナリア王国軍隊長、オルヴァン・グレイスだ」


 オルヴァンは洞窟の中を見回した。


 倒された雪女たち。


 救い出された男たち。


 そして、ノクトたち。


「雪女を退治したのは、君たちか?」


「ああ」


 ノクトが答えた。


「俺たちが倒した」


 オルヴァンは驚いたように目を細めた。


「この数を、たった四人で……」


 その時だった。


「待て!」


 兵士の一人が、大きな声を上げた。


 その視線は、ノエルへ向けられている。


 救助に必死だったノエルは、自分のフードが外れていることに気づいていなかった。


 兵士は震える指でノエルを指さす。


「あの男はグラシエの一族だ!」


 洞窟の空気が一変した。


「あいつは、セラフィーヌ・グラシエの双子の弟だぞ!」


 その言葉を合図に、兵士たちから罵声が上がる。


「呪われた一族が、この国に何の用だ!」


「人殺しの一族め!」


「お前の姉が、またこの国を襲ったんだぞ!」


「捕らえろ!」


「死刑にしろ!」


 ノエルは何も言い返さなかった。


 ただ、向けられる憎しみを黙って受け止めている。


 まるで、こうなることを最初から分かっていたかのようだった。


「黙れ!」


 オルヴァンの怒声が、洞窟に響いた。


 兵士たちが一斉に口を閉ざす。


 オルヴァンはノエルの前へ歩み寄った。


「君は本当に、グラシエ家の者なのか?」


 一瞬の沈黙。


 ノエルは外れていたフードを握り締めた。


 そして、気まずそうに口を開く。


「はい。そうです」


 兵士たちがざわついた。


「僕の名前は、ノエル・グラシエです」


 オルヴァンの表情が険しくなる。


「では、六魔星セラフィーヌ・グラシエの弟で間違いないんだな?」


「……はい」


 ノエルの声は小さかった。


 オルヴァンは深く息を吐いた。


 その目には、怒りとも戸惑いともつかない感情が浮かんでいる。


「ノエルくん。君には、私たちと王宮まで来てもらう」


 兵士たちがノエルを取り囲んだ。


 両腕を掴もうとした、その瞬間。


「ちょっと待てよ!」


 ノクトがノエルの前へ出た。


「セラフィーヌとノエルに血の繋がりがあったとしても、セラフィーヌが犯した罪とノエルは関係ないだろ!」


 兵士たちが武器に手をかける。


 それでも、ノクトは一歩も退かなかった。


「ノエルを無理やり連れていくつもりなら、俺は力ずくでも取り返す」


「ノクト」


 ノエルが弱々しく声を上げた。


「ありがとう。その気持ちは、本当に嬉しいよ」


 ノエルは困ったように笑った。


「でも、そんなことをしたら、ノクトまで悪者になってしまう。僕はもういいんだ」


「いいわけあるか!」


 ノクトの声が洞窟に響き渡った。


「ノエルは俺たちの仲間なんだ!」


 ノエルが目を見開く。


「何があっても守る。命に代えてもだ!」


「ノクト……」


 驚きに揺れたノエルの瞳に、わずかな喜びが浮かんだ。


 それはすぐに涙へ変わりそうになり、ノエルは慌てて目を伏せた。


「やるじゃない。よく言ったわ」


 エリシアもノクトの隣へ立つ。


「ノエルは私たちの仲間よ。勝手に連れていかせるつもりはないわ」


「アタシも!」


 ライナも拳を構えた。


「ノエルは誰にも渡さないよ。だって、大事な仲間だもん!」


 四人と兵士たちの間に、張り詰めた空気が流れる。


 オルヴァンは眉間に皺を寄せ、小さく息を吐いた。


「誤解しないでほしい」


 彼は兵士たちに手を下げさせた。


「私たちは、ノエルくんを処罰するために連れていくわけではない」


「だったら何のためだ」


 ノクトが睨みつける。


「陛下が、ノエルくんを必要としている」


「陛下が?」


「この国を救うために、彼の力が必要なのだ」


 ノエルが顔を上げる。


「僕の力が……?」


「詳しい話は王宮でする」


 オルヴァンは真剣な目でノエルを見た。


「一度、私たちを信じて王宮まで来てくれないか?」


 ノエルは答えられずにいた。


 この国の兵士たちから向けられた憎しみ。


 姉の名。


 自分を必要としているという国王。


 すべてを受け止めきれず、黙り込んでしまう。


 すると、ノクトが代わりに口を開いた。


「俺たちも同行する。それが条件だ」


 オルヴァンは少し考えた。


 やがて、静かにうなずく。


「分かった。君たちも一緒に来てもらおう」


 話がまとまると、兵士たちはすぐに救助へ動き出した。


 生存者たちは次々と洞窟の外へ運び出される。


 毛布で体を包まれ、スノウルークが引く救護用の橇車(そりぐるま)へと乗せられていった。


 すでに息絶えていた者たちも、置き去りにはされなかった。


 オルヴァンは部下へ短く命じる。


「生存者は集落へ戻せ。医療班をつけろ」


「はっ!」


「亡くなった者たちも、丁重に運べ。必ず家族のもとへ帰すんだ」


「承知しました!」


 兵士たちは迷いなく動き始めた。


 やがてノクトたちも、洞窟の外へ出る。


 吹雪の中には、百頭を超えるスノウルークが並んでいた。


 白銀の毛並みが風に揺れ、蹄の下では淡い氷のマナが光っている。


 その中に、一台の大きな箱型の橇車があった。


 厚い木材と白い金属で作られた、王宮へ向かうための軍用橇車だった。


 中には毛皮の座席が並び、窓には冷気を防ぐ透明な氷晶板がはめ込まれている。


「君たちは、こちらへ」


 オルヴァンに案内され、ノクトたちは橇車へ乗り込んだ。


 ノエルは黙ったままだった。


 フードを深く被り直し、膝の上で両手を強く握り締めている。


 ノクトは、その隣に座った。


「大丈夫だ」


 ノエルがわずかに顔を上げる。


「俺たちも一緒に行く。何があっても、お前を一人にはしない」


 ノエルはしばらく黙っていた。


 そして、小さくうなずく。


「……ありがとう」


 やがて、スノウルークが静かに動き出した。


 橇車は雪の上を滑るように進んでいく。


 集落へ戻る救護隊とは途中で別れ、ノクトたちを乗せた一団は白い山道を越えていった。


 向かう先は、雪精王国セレナリアの王宮。


 そこで待っているものが救いなのか、それとも新たな争いなのか。


 ノエルにも、まだ分からなかった。

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