2.
ピーッ!と、部活動終了の合図であるホイッスルが鳴った。
「終了だ、終了。片付けて終われッ」
橘は手を叩きながらそう言った。
「はー、キツかった……」
クロウが深いため息を吐きながらそう言うと、美希は「あら、意外とだらしないのね」と言って笑った。
クロウは、誰のせいだよ、と思いながら引き攣った笑みを浮かべた。
あの後、美希の要求は、徐々にエスカレートしていき、最終的にクロウは、部活動が終了するまで延々と跳ばされるハメになった。
「それじゃ、片付けましょ?」
「あ、後片付けは、やっておきますから副部長は、先に上がって下さい」
「二人でやった方が早いわ。さっ、行きましょう?」
美希がそう言うと、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、副部長。呼んでますよ?」
クロウが、そう言うと美希は軽く舌打ちをした。
「ごめんなさい。ちょっと呼ばれてるみたいだから……」
美希は、そう言うと声の方に向かっていった。
「さて、じゃあ、片付けるかな」
クロウは、そう呟きながら使用した用具を片付け始めた。幸いにも手の空いている部員が何人か手伝ってくれたので、思っていたよりも早く終わることが出来た。
用具を片付け終えたクロウは、更衣室に行くとロッカーからワイシャツとズボン、バッグを取って、着替えもせずにそれらを持ったままシャワー室に向かっていった。
シャワー室は、部室棟の一階の奥まったところにあった。夏場は汗をかいた生徒達でごった返しているのだが、既にピークを過ぎたのか、いつもに比べて人が少ないように感じた。
クロウは、脱衣籠の中に着替えを置くとバッグの中から小さなタオルを取り出して、ユニフォームを脱ぎ始めた。
「うわ、汗でベトベト……」
汗をたっぷりと吸ってぐっしょりと濡れたユニフォームとパンツを袋の中に入れていると突然、臀部をガシッと掴まれた。
「ひぁっ、」
突然の事に驚きの声を上げながら後ろを振り向くと、もっさりとした髪型の黒髪の少年が立っていた。身長は、クロウよりも少し高かった。
「やっほ、クーちゃん」
少年は、のんびりとした口調でそう言った。
彼の名前は、浅間サクヤ。クロウの中学からの友人であり恋人でもある男だった。
「何すんだよ。サク」
「あはは、ごめん、ごめん」
サクヤは、笑いながらそう言うとクロウの耳元で「ねぇ、しよ?」と甘い声で囁いた。
「は?いや、流石に……」
そう言いかけると汗を舐めとるかのようにサクヤの舌がクロウの頬をつーっと這った。
「ふふ、クーちゃんの味がする」
サクヤは、目を細めながらそう言った。
「や、やめろって……」
「でも、こっちはもっとシテ欲しいみたいだけど?」
サクヤは、クロウの股間に手を這わせながらそう言った。
「……あっ、」
クロウは、思わず気持ち良さげな声を漏らした。
「ずるいな。自分だけなんて、」
サクヤは、クロウの下顎を軽く持ち上げながら自分の方に向けるとそっと、唇を重ねようとした、
その時だった。
脱衣所とシャワー室を隔てるすりガラスの向こうに人影が見えた。
サクヤは、舌打ちをするとクロウの顎を拘束していた手を離した。
ぐわら、とガラス戸が開いたのは、ほぼ同時だった。
「おう、秋葉。お疲れさん」
ガラス戸の向こうから出てきた板野がそう言った。
「お、お疲れ様です。部長」
「はは、どうした?」
板野は、身体を拭きながらそう言った。「それにしても今日は大変だったな」
「え?」
「今日、部活で村岡にしごかれてただろ?」
「あ、はい……」
「まあ、しかし。アイツがあれだけ熱を入れるんだ。随分と見所があるんだろうな」
板野は、そう言うとクロウの背中を軽く叩いた。「来週の選考会。楽しみにしてるからな」
「……あ、えっと、それでは失礼します」
クロウは、そう言って板野に軽く一礼するとシャワー室の中に入っていった。
シャワー室は、トイレのように床と壁がタイルで覆われていて、そこに白のパネルで仕切られた個室が左右八つづつ、合計一六、設けられていた。
各個室の壁は天井まで届いていて、隣の様子を覗き見ることは出来ないようになっていた。
クロウは、奥にある未使用の個室に入った。中に入り、扉を閉めようとした所でサクヤが無理矢理、入ってきた。
「サクッ……」
サクヤは、クロウを抱き寄せると下顎を軽く持ち上げながら自分の方に向けると、そっと唇を重ねた。
扉が閉まる音が聞こえ、温水が二人の頭上に降り注いだ。
「や、んむ……ちゅ、ふぅ」
サクヤの舌が、クロウの唇を無理矢理こじ開けて、中に入り、まるで別の生き物のようにクロウの口の中を蹂躙していく。
「んふ、ん、ふ……」
最初は嫌がっていたクロウだったが、やがて観念したのか、舌を積極的に絡ませながら貪るように激しい口づけを交わし始めた。それと同時にクロウは、サクヤの腰に軽く手を這わせた。
「んふ、んむ……ちゅ、ふぅ、ん」
二人は、口づけをしながら身体を擦り合わせ始めた。時折、気持ち良さげなくぐもった声が二人の口から漏れ出た。
「ぷはっ、」
サクヤが口を離すと、クロウは、光悦とした表情を浮かべながら「さ、サク……」とサクヤの名前を口にした。
「ふふ、クーちゃん、物欲しそうな顔をしてる」
サクヤがクロウの耳元でそう囁いた。
「大丈夫。ちゃーんと最後までしてあげるよ」
サクヤがそう言うと、クロウは軽く頷いた。
その後、二人は時間を忘れ、互いの身体を重ねながら深く愛し合い、快楽の渦に飲み込まれながら何度も絶頂に達した。
「さ、サク……。ちょっと、タンマ」
クロウが、息を切らせながらそう言った。
「えー?」
サクヤは不満そうに口を尖らせた。
「えー、じゃない。激しすぎなんだよ。ったく、美術部だってのに無駄に体力があるんだからさ」
「絵は体力勝負なんだよ?」
サクヤがそう言うと悲しげな音楽が流れ始めた。「あれ?これって……」
「ヤバッ!」
クロウは、そう言うとシャワー室に掛けられた時計に目を向けた。時計の針は午後六時を指していた。
「うわっ、もうこんな時間ッ」クロウは、時計を見ながらそう呟いた。「サクが調子に乗るから……」
「でも、クーちゃんだって楽しんでたじゃん?気持ち良さそうに喘いじゃ……」
「うるさい」
クロウは、意地悪そうに笑うサクヤの頭に軽く手刀を入れた。
「あいて、」
サクヤがわざとらしく声を上げるとクロウは「痛くないから、」と言った。
「とりあえず、俺たちだけっぽいからさっさとシャワー室の掃除を済ませないと」
「めんどくさいし、明日でいいじゃん」
「ダメだよ。最後に使った奴が掃除するってルールなんだからさ」
クロウは、そう言うとモップをサクヤに手渡した。
「ちぇー、」
その後、二人は軽く掃除を済ませると素早く着替えてシャワー室を出た。
外はすっかり日が暮れていて、何処となく不気味な雰囲気が漂っていた。
二人は、部室棟から出ると渡り廊下を通って、下駄箱まで行き、靴を履いて外に出た。
「あっつ……」
入り口の扉を開けると生暖かい空気が身体を包み込んだ。日が暮れたというのに、外の気温は高いままだった。
「だよね」
サクヤは、気だるそうに言った。「あ、そうだ.ねぇ、クーちゃん、帰りにアイス食べていかない?」
「やめとく。これ以上遅くなると父さんに心配かけちゃうからさ」
「ケチ」
「明日、明日なら行けるからさ。な?」
「約束だからね?」
二人は、そんな会話をしながら清鳳学園の最寄り駅である駿府電鉄音羽町駅まで歩いていった。
カンカンカン、と踏切の警笛が聞こえる中、クロウは、バッグからスマホを取り出して、自動改札機に当てた。
ピッ、という電子音が響いた。
「もう、来ちゃったかな?」
サクヤは、スマホを自動改札機に当てながらそう言った。
「どうだろ?」
改札機前の遮断機が上がると、二人は線路を渡って駅のホームに向かった。
ホームには、数人の男女が点字ブロックの内側に並んでいた。
「まだ、来てないっぽいな」
クロウは、腕時計と時刻表を照らし合わせながらそう言った。「時刻表だとあと三分後に来る感じかな?」
「よかった」
サクヤは、ほっと胸を撫で下ろした様子でそう言った。
「クーちゃん。何か飲む?」
サクヤは、財布を取り出しながらそう言った。「俺、喉乾いちゃったからさ」
「あー、そういや、何も飲んでなかったっけ……」思い出したようにそう呟くと急に喉の渇きを覚えた。「あー、じゃあ。コレで、」
クロウが、スポーツドリンクを指さすとサクヤは「オーケー」と言ってボタンを押した。ガシャン、と音がした。
「はい、」
サクヤは、取り出し口からスポーツドリンクを取るとクロウに手渡した。
「サンキュー。お金は後で払うわ」
そう言うとクロウは、蓋を開け、ペットボトルに口をつけた。
「別にいいよ」
サクヤは、軽く笑いながらそう言った。
「そう?ありがとな」
ペットボトルを離しながらそう言うと警笛が鳴って遮断機が降りた。
「来たか」
クロウは、蓋を閉めるとペットボトルをバッグの中に入れた。
『間もなく下り電車が到着します』
単調な電子音の調べに乗せて、抑揚の無い人工的な声がそう告げた。
しばらくして、左側から新清岡行きの下り電車がホームに滑り込んできた。キィィィィ……と耳障りなブレーキ音がした後、ため息の様な音を立てながら扉が開くと二人は、ホームで待っていた他の乗客と共に電車に乗り込んだ。
電車の中は閑散としていた。二人が適当な席に座ると扉が閉まり、ベルと笛が順に鳴った。ガタン、と音がして身体が左側に傾いたかと思うと、電車はゆっくりと動き出した。
「そうだ。父さんに連絡しないと」
クロウが、バッグからスマホを取り出そうとするとサクヤがクロウに向かって「クーちゃん。マナー違反」と言った。
「メールだけだって」
「だーめ、駅に着いてからに……」
サクヤがそう言いかけた、その時だった。
雷のような凄まじい轟音が轟き、それと同時に身体がふわりと宙を舞った。視界は、落としたビデオカメラのようにクルクルと回り、その後、身体に叩きつけられたような衝撃が走った。
そして、急激な睡魔に襲われ、クロウの意識はそこで途切れた。




