35.目覚めればモノクローム
突如、ぴたりと瓦礫の衝突音が止む。
「よく耐えるもんだな」
月明かりを遮る大きな影にあたしたちは呑まれる。
空を見上げると、巨大な建造物が浮遊していた。
「ならこれならどうだ」
ビル丸ごと一棟がこちらに勢いよく迫ってくる。
それを見て麻耶は狼狽した。
「さすがにあれは無理無理無理!」
「フラン・インペラトル!」
ナオが腕を振ると鋭い形状の炎が疾り、迫りくるビルを縦に真っ二つ。切り口に炎をちらつかせながら、あたしたちの両脇に墜落した。
「真理亜!」
「はいよ!」
真理亜は手を下に組んで、あたしはそこに足をかけた。
「行ってこい!茜香ぁ!」
真理亜は渾身の力をこめてあたしを空に押し出す。
かやちゃんの身体強化に真理亜の剛腕。
あたしは光速とも思える速度で上空へ飛び出した。
「無駄な…」
直人は浮遊するビルで接近を阻もうとして、あたしとの間に移動させた。
「ナオ!」
「任せてください!」
ナオの豪炎は、あたしを追い越してビルを一点集中で燃やし溶かし尽くす。
「見えた!」
ナオがすり抜けられる"道"を作ってくれた。その向こう先には直人が見える。ただ、突っ込むのみ。
ビルを通り抜け、直人にスキルペインを突き出して突っ込む。
だが、直人には悠々と躱されてしまう。
真っ直ぐ向かっていくだけだから簡単に読まれてしまった。
「麻耶!」
あたしの合図に麻耶が作り出した、防御スキルによる透徹の足の踏み場。
体を翻して体勢を整え接地し、まるで壁にぶつけて跳ね返るスーパーボールのように空中に飛び出して再度直人に突撃する。
だが、また躱されてしまう。
「まだ!」
直人の周囲にはいくつもの展開された防御スキル。足場代わりに次から次へ。
あたしは高速で周りを飛び移り、直人を翻弄する。
「こうも飛び回られると厄介だが…」
あたしは直人の背後、視界の外からスキルペインを弾き出された弾丸のように投擲した。
「この程度でどうにかなると思ったのか?」
読まれていたのか、見えていたのか、スキルペインは胸に刺さる寸前で刀身を掴まれ、その動きを止められてしまう。
その時あたしは確かに見た。
直人の顔を。強張った顔つきから緩み、ニヤつく顔。油断。心の隙。
それを待っていた。
「とどけえええ!」
あたしはスキルペインに続いて直人に飛び込み、スキルペインの柄に勢いそのまま飛び蹴りをいれた。
ガツンという衝撃とともに、直人のスキルペインを掴んでいた手は、わずかに動く。
剣先だけ。だが、確かにスキルペインは心臓を捉えた。
「…」
直人は驚き、目を見開いて、何かを言おうとしてる。
けれどそれはあたしには届かない。
落ちゆく直人を眺めながら、あたしも重力には逆えずに落下していく。
地面に近づくにつれて空気を裂く音は耳から消え去り、様々な光が消えて視界は黒に塗りつぶされていく。
そして最後に世界は白く包まれた。
♦︎♦︎
日没間際を知らせる西日。
強い日差しに照らされ、あたしは我に返った。
長い間、甘美な夢を見ていた。そんな気分。
でも覚めてしまった。自然と涙を流していた。
胸を締め付ける感情がこみ上げてくる。それさえ今は手放したくなかった。
余韻は消え入り、今ある現実に引き戻される。
目の前によろめきながら立つ男。
男には胸にスキルペインが突き刺さっている。
傍らに目をやると女性が気を失っているように倒れていて、レミ・ファビラスだとすぐにわかった。
周りを見渡すと呆然と立ち尽くすあたしを取り囲む兵士たち。
「お前自身が選んだんだ…このくだらない世界を…せいぜい楽しんだらいい…」
ただ男が放った、絞りだしたような声にどこか、なぜか、切なさを感じた。
♦︎♦︎
窓の格子の隙間から射す月明かりが、温かみのない石畳を照らす。
時折する物音はねずみのせいか、カタカタと不規則な間隔で小さく聞こえる。
「おいっ!おいっ、こっち見ろ!」
鉄格子越しに看守があたしに呼びかける。
シーツに白いところが無くなるほど、汚れたボロボロのベッドの上で寝そべって、あたしは看守をちらっと見た。
「おお…やっぱりいい女だ。なあ少しこっちに寄ってこいよ。おいって!」
あたしの注目を引くためなんだろう、鉄格子を棒きれでガンガン打ち付けながら言った。
こいつはしばらく経っては同じことを繰り返してくる。
心の中でため息をつきながら、天井隅のクモの巣をじっと見つめた。
「セリカさんに何をするつもりだ!僕のセリカさんだ!お前が気安く話しかけられる存在ではない!セリカさん!僕はここにいます!必ず救い出してみます!」
ナオの声が聞こえた。
どうやらそう遠くない別の牢屋に入れられてるみたい。
「うるせえな…痛めつけなきゃわからねえのか…」
看守はぶつぶつ喋りながらあたしの牢から離れていく。
しばらくは騒音から解放された。たまにはナオに感謝。
これでようやく戻ることができる、妄想だとしてもあの世界に。
♦︎♦︎
「罪人!時間だ!起きろ!」
その声で目を覚ましたあたしは、眠気まなこで声の聞こえた方を見る。鉄格子の向こうには何人もの兵士がいて、外からは朝日が差し込んでいた。
「早くしろ!」
兵士のひとりがあたしを立たせようと牢に入ってきた。
「はいはい、自分で立てますよ」
手を払い除け、あたしは自分で起き上がり、兵士に手枷をつけられる。
その間にも考えていたことは、あの夢、あの世界のこと。
結局、あたしが譲れなかった、譲りたくなかったもの、想いってなんだったんだろう。
それはきっと、曖昧で、抽象的で、言葉で表現するには難しい。
望んだ世界を否定してまで守りたかったものなのに、上手く言い表せないって。
皮肉にもならないな。




