36.不条理なんて捻じ曲げろ
「これより罪人の処刑を執り行う!」
その声を合図に、顔に被せられていた埃っぽい布をひっぺはがされる。
日の光に目が眩む。
だんだんと慣れるにつれ目の前の光景が見えてきた。
そこには人、人、人。今まさに公開処刑にかけられる罪人を一目見ようとしてるのだろう、あたしがいる絞首台を取り囲むように多くの観衆が集まっていた。人々は各々、罵詈雑言を言い放っている。
「なんでこうなるんだよぉ…」
泣き声のする方を見るとすぐ横にマヤ。
手足は枷で拘束され、首には縄がかけられている。
「あんた…いつも泣いてるのね」
「そりゃ泣きたくなるよ!この状況なら誰でも!」
マヤは泣き喚きながら叫ぶ。
「逆にさあ、なんでセリカはそんなに落ち着いてるの!?」
「うん?…落ち着いてるというかまだ実感がないというか…」
「はっ!?この状況でそんな呑気な感じなの!?」
「んー!んんんんん!!」
反対側には口に布をかまされ、喋ることができないナオがいた。一切黙らず騒がしかったからだろう。
それでもなおうるさいんだけど。
「ナオ、なんて?」
「んっんんんんんんんんんんんっ!」
「はいはい、ありがとね」
「静まれ!」
民衆は一様に黙る。
声高に叫んだその主はあたしたちが立ち並ぶ絞首台そばにいた。わざわざあたしの牢まで来て処刑宣告をしたあの男。
「かの3人の罪人は民衆扇動の上、国家転覆を謀った大罪人!ただちに絞首刑に処する!」
その言葉を聞き終わった時、兵士がひとりひとりの横に並び立つ。兵士があたしたちの立っている脚立を蹴り飛ばして、はいおしまいってことね。
「やだやだやだー!死にたくない!」
「んんんんんっ!」
「はあ…」
目の前の死に足がすくむ。それ
でも考えてしまうのはあの夢のこと。もうこの世に望むこと、やり遂げたいこと、そんなことはどうだっていい。
今度転生したら、ヒロコが望んだ、あの世界に生まれたい。
天を仰ぎ虚空を見つめた。
でも宿命は、まだしぶとくあたしを生かそうとする。
⭐︎⭐︎
太陽に何かが反射して煌めいた。
それは影を大きくしながら落ちてくる。
そしてそれはザクッ、とあたしの目の前に突き立つ。
「誰だ!」
スキルペインをこの場に投げ入れた張本人を探す声。各々、犯人を探そうとあちこちに視線がばらける。
その隙、その刹那にスキルペインに手が吸い寄せられた。
「えっ…」
思わず声を漏らす。気のせいじゃない。
触れた瞬間、脈を打ったような気がした。
スキルペインが。いや。あたしの性懲りもない諦めの悪さか。
「おい!すぐに罪人からそれを取り上げろ!」
指示を受けた兵士は黙ったまま動かない。
「どうした!何をしている!」
ざわめく民衆。なぜ兵士が指示をきかないのか、誰も理解できない。
「あら、残念でした」
あたしはそう言って、スキルペインを首にかかった縄と足枷に剣先で触れ、容易く燃やし溶かす。
「な……何をした!」
「兵士さんたちは今、とてもいい夢を見ててあんたの声なんか聞こえてないわけ」
これは夢の中の直人、奴から奪ったスキル。
理想の夢を見させられることで、現実に戻れなくなってしまう。まあ、大抵いい夢ならみんな覚めたくないもんでしょ。
さっきまで悟ったように死を受け入れようとしてたことが嘘のよう。この不条理を打開できる力を手にした今なら。
足りなかったのは覚悟。いわば開き直り。心のどこかに後ろめたさがあったかもしれない。
でも、もう大丈夫。
あれはただ自分の見たかった夢だったのかもしれない。それでもみんながこの現実に送り出してくれた。
ならどんな道を歩もうともケリをつけてやる。
「もうよい!弓隊!構え!」
控えていた弓兵たちに号令をかけると同時に、民衆は四方に散らばるように逃げていく。
「放て!」
一斉に放たれた矢は空を覆い尽くした。陽の光を遮るほどに。
「フラン・インペラトル」
呟きながらスキルペインを横一文字に薙ぎ払うように振い、辿った軌跡に沿って一閃の眩い陽が、無数の矢を燃やし尽くした。
「………魔導隊!前へ!」
目の前で起こった出来事に怯むことなく、冷静に次の指示が下される。
「…まどうたい?」
弓隊の間から新たな部隊が躍り出てくる。
皆、一斉に呪文を唱え出し、みるみるうちに光り輝く何かが現れた。
「放て!」
号令と同時に突如、こちらに向かって雷光が疾る。
「さすがにやば…」
絞首台に直撃した雷光は、大きな衝撃音とともに砂塵を巻き上げる。
しばらくの砂埃が収まった時、奴らが目にしたのは何ともないあたしの姿。
「けほっ…あら、もう終わり?じゃあ今度はこちらが攻める番ね。じゃあこれ使ってみようかな…ウィス・インペラトル」
スキルペインからあたしの身体に力が流れ込んでくるのを感じる。
不思議な感覚。全能感に満たされていく。
きっと今のあたしは誰にも見せたことのない気持ち悪い笑顔をしてるんだろう。高揚感で頭がおかしくなりそう。
全生物よりも力強く、速く駆けられる。どんな硬い物質だろうと拳で砕くことができる。
目の前に壁があるなら、ぶち破るだけ。
軽く駆け出したつもりが身体が弾き出されるように、感じたことのないスピードで敵に迫る。
狙うは指揮官と思われる命令を発している男、ただひとり。あたしが接近するにつれて、スローモーションで徐々に顔がこわばっていくのが見える。
もらった、と思うと同時に分厚い風に阻まれる。
衝撃で吹き飛ばされそうになるところを身を翻して体勢を立て直した。
「なあ、俺がいなかったらあんた死んでたぜ?」
飄々とした空気をもつ長身の青髪の男が現れながら言った。
「感謝の言葉もなしかよ」
目の前で突然起こったことに整理がつかない指揮官は、一言だけ言葉を絞り出す。
「…薄汚い傭兵が」
「あ?今なんて言った?…まあいいか、間違ってねえし。そんなことよりお前、すごいな。いくつスキル持ってんだ?」
急に話しかけてきた青髪の様子を伺いながら、睨みつける。
「おお…こわいこわい。やる気満々てわけね。でも悪いけど仕事だからあんたの邪魔をさせてもらうよ」
青髪は左耳のピアスを触りながら言った。




