33.曖昧な存在と曖昧じゃない存在
地上階に着き、外に出た。
すると呼び出した相手、直人はそこにいた。
「茜香、どうしたの急にこんなところに呼び出して。話したいことって?」
直人はいつもの柔和な笑顔であたしに声をかけて近づいてくる。
あたしは歩み寄らず一歩下がり、直人はあたしの異変に勘付いた様子。
「…何かあったの?」
押し黙るあたしに直人は優しい口調で訊く。
「あのね…直人に伝えたいことがあって…」
あたしは直人の目を真っ直ぐに見つめた。
「直人と過ごした日々はすごく楽しくて満たされて幸せで…他にはもう何もいらないってぐらい」
「改まってそんなこと、なんで…」
「でもね…もう十分なんだ。こんな幸せな夢はもう。あたしは選びたいんだ。甘い夢の中で眠り続けるよりも、苦い現実を這いつくばってでも進むことを」
あたしの右手には一振りの剣。
「報いたいの、元の世界で。好きだったよ、直人」
あたしは直人の心臓目がけてスキルペインを突き刺した。
が、刀身を直人に掴まれ、あと少しで止められた。
「…これは何のつもりだ?危ないだろ、こんなので刺そうだなんて」
「ぐっ…」
掴まれたスキルペインは力を込めて押してもびくともしない。
「そうか…」
直人はスキルペインからあたしへ視線を移しながら話しだす。
「残念だ。ここならお前は望む通りでいられたものを。さて、俺がこの世界を作った張本人だってなぜわかった?」
今まで聞いたことのない、冷たい響きだった。
あたしは形勢が不利であることを誤魔化すため、答えてやる。
「思い出せないの。真理亜や麗美との初めて出会ったとき。幼なじみである麻耶との昔の思い出、中村と同じクラスだったこと。思い出そうとしても思い出せない。わかることは大学で知り合った、昔から幼なじみだった、同級生だったっていう事実だけ。でも直人は違う。出会った時から今までのこと、はっきりと覚えてる」
今度はスキルペインを引いてみたがこれもびくともしない。
「ここがあたしの望んだ世界だっていうなら、仕掛けた奴は近くにいるって思った。きっとこんな趣味の悪いことする奴だから、あたしをそばで観察しながらほくそ笑むクソ野郎なんだろうなって。あたしにとって曖昧じゃない存在…それはあんただけ。自分が演じる役にはしっかり設定決めたんでしょ?世界ひとつ作るなら、ちゃんと細部にこだわらなきゃ。荒い作りしてるからバレんのよ」
「…なるほど、勉強になった」
直人はそう言うとスキルペインから手を離す。
急に手離されたことで後ろに体制を崩し、あたしは尻もちをつきそうになるのを耐える。
「じゃあ俺からもひとつ教えてやるりなんでこんなことをしたのか?興味あるだろ?」
「どうせくだらない理由でしょ」
聞いたことのない下品な笑い声をあげる直人。
「たしかにそうだ!仮想世界を作り、対象を引き込む。それが俺のスキル。この世界で死ぬことは現実世界で死ぬことと同義。ただ、あっさり殺しても趣向がない。せっかくなら楽しまないとな」
そしてイラついた表情を浮かべた。
「あとは命令だった。俺には…いや誰も抗うことは出来ないからな。奴には」
「誰なの、そんな命令だした奴って」
「さあな。元の世界に戻れたら、自分で見つけろ」
直人は両手を叩いてパンッと鳴らした。
「だが残念ながらこの世界から抜け出すことはできない。主役は茜香だが、ここは俺が作った世界なんだから」
あたしと直人を取り囲むように、おもむろに人が集まりだす。ただあたしにへと徐々に近づいてくる。
「わざわざ直接手を下すまでもない。このエキストラたちで十分だ」
形成されていく包囲網。
ここは一旦こいつらをどうにかしないと。
「フラン・インペラトル!」
とにかく蹴散らすためにスキルを使おうとした。
しかし、なぜか使えない。何度試してもダメだった。
「やばっ…なんで…」
思わず口から漏れる。おちおち考えてるヒマはない。
「もう!こうなったら!」
人と人のわずかな隙間に目がけて突進した。
なんとか捕らえようとする手から掻い潜ることができ、あたしは一目散に逃げ出した。
「追え」
直人は感情なく言い放ち、その声はあたしの耳まで届いた。
♦︎♦︎
向こう先に高架を臨む道路は大門をくぐると2車線から4車線へと変わり、両側にはビルが立ち並ぶ。窓から漏れる光は無機質に感じた。
車が1台も走っていない交差点の真ん中で、あたしは息を切らして立ち止まった。
まばらに点在している周りの人間全てが敵。
道中振り切りながらここまで来たけどもう走れない。
動けないあたしを中心にして、人々が人波になって迫ってくる。
握力もなくなってきて、スキルペインを落としそうになるが意識して握り直す。
まだ戦う意思はある。だけどどうすればいい?
今思えばこれまでは運と勢いとラッキーパンチでどうにかなってきた。あたしももう少し頭が使えればな。
「もう終わりか?早いな。逃げたってどうしようもないがな」
妙に抑揚のない声にあたしは身震いがした。
ここまで必死に逃げてきたのに、もう背後に直人はいた。




