7-4
初めて見るゾーリンゲンは、どっしりとした重厚感のある、落ち着いた街並みであった。
町の建物から町の人々が通る道に至るまで、暗くなり始めた夕暮れを思い起こさせるような色のものを中心に白、ピンクなども使った煉瓦を使い、整えられている。
いろんな家から高く伸びるのは鈍色をした円柱型の煙突。
そこから立ちのぼる煙は、空高くそびえる火山の方まで続いているように思える。
「…すごいな。」
何を思ってそう呟いたのかわからないが、アベルが感慨深そうに小さな声でそう言った。
その横でテヤンも何処か興味深そうに町の様子を見回している。
「おぬしら、町の中では間違っても妾に話しかけるでないぞ?ここにいる者には妾は見えて居らぬからな?」
私のすぐ右斜め前で胡座をかき、空中に浮かんでいたターニャそう言いながら、楽しそうに唇をめくり、ニヤリと笑った。
それに私は苦笑いを浮かべつつ、また無意識にテヤンへと視線がいきそうになるのを無理やり前へと引き戻す。
そんな些細な私の変な動きにも目敏く反応したらしいテヤンの視線が横から容赦なく突き刺さる。
「……どうかしたか?」
「へえ?…いや、なにも?」
まさか話しかけてくるとは思っておらず、咄嗟に返した声は裏返り、そんな私の様子にテヤンは難しい顔で私の顔を睨むように見て、そのあとハッとしたように視線を逸らした。
「…何かあったら素直に言えよ。」
テヤンは少し硬い声で一言そう言うとそのまま1人先に町の中へと進んでいってしまう。
それをどこか寂しく思い、それに気がついてそんな感情を振り払うように大きく首を振ると、気を取り直してまた前を向く。
ふと、気になって隣を見れば、何故か町を入り口に立ったまま動こうとしないアベルの姿があった。
「アベル、行かないの?」
私の声に、アベルが大袈裟なくらいビクリッと体を震わせた。
「えっ、………あぁ、悪い。ぼーっとしてたわ。……行くか。」
そう言いながらその足取りは重々しく、顔もなんだか心なしか血の気がない。
「…アベル、大丈夫?なんかすごく…無理してない??」
つい数時間前まで自分自身気がつきたくないことに気づき、絶望してたのに、そんなことを吹き飛ばす勢いで今のアベルは様子がおかしい。
思わず苦手意識のある相手であるはずなのに思わず側まで近寄り顔を覗き込んだ私に、珍しくアベルも何か縋るように私の腕に手を伸ばした。
「シレーヌちゃん、あのさ…」
久しぶりに呼ばれた名前、少し震えているかに聞こえる頼りない声、ギュッと寄った眉が悲壮感をこちらに強く訴えてくる。
私の手ではなく服の布を掴み、こちらを見た金色の瞳は、どこか不安そうに揺れている。
「…俺、……この町にさ、手酷く裏切った女がいてさ、報復されるの怖いんだよね。」
「…………………はい?」
あまりにも予想外なアベルの言葉にたっぷり3秒固まったのち、呆れた声で思わず聞き返してしまう。
「いやぁ〜、あの頃はまだ若くてさ俺も。ちょっと可愛い子の元をあっちにふらふら、こっちにふらふらしてたら、マジ尋常じゃないくらい恨まれちゃって〜」
ペラペラと何やら聞けば聞くほど力の抜けてしまう話に、思わずジト目になる私。
対してアベルはそんなことは気にしてないらしく、態とらしく怖がって自分で肩を抱き、テヘッなんていいながら舌を出している。
「ってことで、シレーヌちゃん!俺を助けると思って盾になって?俺は見つからないように頑張って精一杯変装するから〜」
そんなことを口にしながらいそいそと布を頭に巻きつけ、その目立つ赤髪を隠した。
「…私は魔除けとか女避けの類じゃないんだけど。」
「知ってるよぉ〜でも、シレーヌちゃんの見た目なら目立つし、ちょっと目くらましになるかなぁ〜って。ね?お願い?とりあえず隣立っててくれるだけでいいから!」
そんなこと言いながら手を合わせ、ちゃっかりウインクしてくるアベルに、さっきの深刻そうな雰囲気は気のせいだったのではと、少し頭痛に見舞われそうになるのであった。
***
-まさかシレーヌに助けられるとはな…
すぐ隣に見える銀色の髪を靡かせる横顔を見ながら、何故かホッとした気持ちになるのは、彼女だけがこの町が"あの時"に存在しないという証明のように見えるからだ。
何もかもあの日と変わることのなく、寸分違わずに作り直された街並み。
どこか既視感すら覚えそうな人々の笑顔。
そこに見知った顔は決してないとわかっているのに、どうしようもないほど逃げ出したくなる…
それほどにこの町の存在は俺には懐かしく、決して忘れることができないほどに重荷である。
「…そんなチラチラ見なくても、そばにいるわよ。」
少しムッとした不機嫌そうなシレーヌの声。
先程咄嗟に誤魔化した嘘を、そのまま信じてくれたらしい。
-まぁ、全てが嘘ではないんだけどな…でも……
「あぁ、感謝してるよ…」
その言葉に嘘はない。
しかし、こうしてシレーヌを隣にキープしてるとある問題がある…
テヤンが射殺さんばかりの視線でこちらを見てくることである。
-いや、正直ここまであからさまに殺気飛ばされるとは思わなかった…
勝手に先に1人歩き出した割に、こちらを振り返り確認する度に、そんな今にも飛びかかってきそうな獰猛な目を向けられると、いくら無意識にやってるとわかっててもこちらの寿命も縮まるってもんで…
「テヤン。」
「…なんだ。」
隠しきれてない低く唸りあげそうな声。
威嚇されてるのかと思うほど鋭い眼光と怖いほどの無表情。
さらにその癖、物騒なオーラを背負ってくるんだから、今から狩りを始める気かと明らかに狙われる側の俺はヒヤヒヤしてしまう。
シレーヌもこちらを振り返るテヤンの視線に、毎回わかりやすく身体を強張らせ、それでもテヤンが前を向いて仕舞えばその背中を寂しそうに、切なそうに見つめている。
「…こっち来い。」
ちょいちょいと手招きすれば、その物騒な様子そのままに静かに大股で歩いてくる。
-戦闘状態だとどんなに荒っぽくても足音立てないんだな…
なんて命知らずにも余計なことを考えながら、その肩にグイッと腕を回す。
「なっ、おいっ!!」
焦った声。
でも、噛み付いてきそうなテヤンが滅多に上げない荒々しい声に内心ビビりつつ、その俺よりだいぶ逞しくなった背中をグッとこちらに屈めさせる。
「そんな俺とシレーヌが嫉妬したか?いや〜、全くテヤンはまだまだ子供だな〜。そんなさみしんぼさんも混ぜてやろうっ!」
そうわざと周りに聞こえるように口にしながら、テヤンにだけ聞こえるのような声量で早口にまくし立てる。
「お前さっきから殺気バチバチで目立ちすぎるんだよっ!気持ちはわかるがあの"虐殺の業火"の出身地だ。俺が目立つのはヤバい。いいか?なにを思ってるか知らないが、お前にとって姫さんは大事な護衛対象だ。少しでも姫さんを危険に突っ込まないために、その狂いそうな感情を飼い馴らせ、押さえ込めっ!!」
先程から異様な殺気を撒き散らすテヤンはかなり目立っており、町人たちから遠巻きに見られていた。
そのせいで俺は個人では目立たなくとも、集団ではかなり目立ってしまっていた。
それをテヤンは暫くそれを聞いて考えたのち、やはり俺にベタベタされるのは嫌だったのか思いっきり肩から俺の腕を引き剥がした。
「余計な世話だ。」
それだけ言うとスタスタと前に行くわけではなく、何故かシレーヌ側の斜め前辺りを歩き始める。
「おいっ、なんでそうなった。」
-それじゃあ、お前の陰でシレーヌ隠れて、目くらまし効果なくなるじゃん。
「…護衛対象の優先順位的に、その斜め前か斜め後ろに控えるのがセオリーだろ。」
「いや、そうだけどっ!!」
そんな俺たちのどこか気安いやりとりに、先程まで遠巻きで観察していた町人たちが、1人、また1人とそれぞれの日常へと溶けこんでいく。
-まぁ、いいか…
隣にいるシレーヌのどこか嬉しそうな表情を目にし、そう自分を納得させる。
-シレーヌが居ればなんか落ち着いて町歩けるし、それに、何だかんだ救われてるからこれでお返しだよな。
どうせこの町に、俺を知る奴なんて1人も残ってやしないのだから。
全員、俺が殺したのだから。
あとがきで語ることになると思いますが、アベルはこの物語でトップクラスで闇が深いし、設定が物凄いことになっているキャラです。(もう1人ヤバイのがいるけど)
たぶん、設定だけ見れば確実に彼が主人公枠でしょうね。笑




