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珍しく、シレーヌがある店が見たいと言った。
それは少しこじんまりとした他よりも小さな店だったが、通り沿いに見えるように置かれたアクセサリーを見るに、ガラス細工と呼ばれるゾーリンゲンの工芸品だと思われる。
「この店は新しいな…」
店に入っていくシレーヌの背を見ながらアベルがそう小さく呟いた。
その言葉にふと疑問が芽生える。
「…アベルはゾーリンゲンに来たことがあるのか?」
俺の知る限り、決してブレゲンツから先の北側には行くことはなかったアベル。
でも、先程の発言といい、町を歩き慣れた様子といい、それは以前に、それも何度もこの町を訪れたことのあるような、"慣れた人間"の行動のようにも思える。
さらに言えば、数日前から可笑しかったアベルの言動が、この町に入ってから明らかに強張り、何かに怯えるように警戒心を強くしている。
慣れている町に対してなんともアンバランスなその態度が、妙に目につくのだ。
いつもならそんな違和感を感じさせないくらい、誤魔化して立ち回るのが上手い奴なのに…
「あ〜…言ってなかったっけ?俺、ここの出身なんだよ。正確に言えば、"焼ける前の"ゾーリンゲンだけどな。」
そんなことをあっさり言いながら不恰好にへらりと笑い、アベルもシレーヌの後に続いて店に入り、俺もその後ろに続く。
「…知らなかった。」
「たぶん言ったつもりになってたんだろうなぁ〜」
-嘘だな。
直感的にそう気づきながら、わざわざそこを掘り返すことはしない。
他人の隠したがってることを詮索する趣味はない。
だが…
もうひとり、決して容易には聞き出せないことを背負っていそうな白銀の髪を目にしながら眉をしかめる。
-なぜコイツに対しては歯止めが効かないんだろうな…
深入りするべきではないとわかっているのに、ズブズブと泥沼に足を取られるように、彼女の存在そのものに引きづられてしまう。
店内は外から見てとった通り、本当に小さかった。
俺たち3人が店に入ると、動けないほどではないが、それでも圧迫感を感じることだろう。
黒っぽい、匂いからして墨で塗られた木の棚の上に色とりどりのガラスで作られた細工品が並んでいる。
凝った作品も中にはあるが、その多数派ガラス玉で、アクセサリーとして加工されているもののようだ。
「きれいねぇ〜…」
感嘆混じりの声でそう呟きながら、シレーヌがその宝石にも負けない碧玉を輝かせている。
-ここのところ、暗い沈んだ顔ばかりで、嬉しそうにしてるのは久しぶりに見たな。
それを眺め自然と自分の表情も緩んだことに、アベルの揶揄うようなニヤニヤ顔を向けられてようやく気がついた。
なんとなくそれが少し苛立ち、店が狭いことを言い訳に外に出ていると手の仕草だけでアベルに伝え、店を出ることにした。
そんな俺にアベルは肩を竦めるだけで、そのまま何も言わずにシレーヌの隣でガラス玉を覗き込む。
その2人の後ろ姿に仄暗いものが胸に漂った気がしたが、俺はそれを無視するように店の外へと強引に自らの体を押し出した。
***
「…あれ?テヤンは??」
「店が狭いから外にいるって。」
「…そう。」
ふと顔を上げた拍子に見えなくなったその背を探し、アベルにその行方を聞けばあっさりとその求めた答えが返ってくる。
-全然気がつかなかったわ…
いなくなってしまったその姿を通り沿いにある店の窓から追うように視線を向ければ、この小さな店に寄りかかるようにして外を見ている背中がすぐに確認できた。
その燻んだ銀髪が横顔を晒し、こちらを振り返るようにしてその琥珀色の瞳と視線が絡む。
カッと一瞬にして沸き立つ体温と、高鳴る胸の音。
先に逸らしたのはどちらだったか。
気恥ずかしさを誤魔化すように俯いた床は黒っぽい色に塗装されているのに、人の温もりを感じるなんとも不思議な木の床だった。
-外はレンガなのに、内装は木なのね…
そんな取り留めのないことを敢えて考えてしまうのは他のことを誤魔化すため。
「ここのガラス細工はお守りとして愛用されることが多いんだ。」
急にかけられたアベルの言葉に驚きながらも、その内容の興味深さが自身の好奇心をくすぐってくる。
「お守りって?」
「…ここで取れるガラスの材料は少し特殊ならしくて、それで作ったガラス玉を持っていると災厄を遠ざけると言われているそうだ。」
何処か眩しそうに目を細めながら、ガラス玉をじっと眺めるアベルの横顔は、心なしか穏やかで、優しくて、この人はこんな表情をできるのかと思わず驚いてしまう。
「もしかしてもらったことあるの?そのお守りのガラス玉。」
「…まぁな。ずっと昔にだけどな。」
そう答えたアベルの表情は笑っているのに少し苦しそうで…
カランカランカラン…
扉についていたベルが慌てたように音を立てる。
「ごめんなさいっ!お店、空けてて。まさか店に直接来てくれるお客さんは珍しくて、油断してたの。」
そんな朗らかで柔らかい女性の声が、そのベルの音に重なるように店の中へと入ってくる。
私が扉の方へ振り返る横で、大きく息を飲む音が聞こえた気がする。
そこに立っていたのはダークローズのシンプルな襟付きワンピースに白いエプロンをつけた、私よりいくつか歳上に見える大人っぽい女性だった。
アベルのものより明度の低い、でも艶やかな赤銅色の癖のある長い髪が走ってきた名残なのかふわりと揺れている。
どちらかといえばほんわか癒し系の雰囲気をしている中、少し猫目っぽいグレーの瞳とぷっくりと赤く色づいた唇の横にある黒子がなんだか少し色っぽい。
「いえ、こちらこそ留守にも気がつかず勝手に入ってごめんなさい。その…すごく綺麗で魅入ってしまって…」
当たり障りなく返したつもりだが、店に入るときはいつも他の2人が対応してくれるから、これが正しいのかはわからない。
しかし、その女性は気にした様子もなくふわりと笑いながら、そのまま私たちの見ているカウンターの反対側へと回り込んだ。
「でも、表にいるあの男の人はお連れさんでしょう?ならあまり待たせてしまうのは申し訳ないわ。…それで、どれか気に入ったものはありますか?」
そう柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は私に向かってそう話しかける。
「どれも素敵で迷ってしまって…このガラス玉ってお守りになるんですよね?」
「あら、じゃあプレゼント用なの?」
「プレゼント?」
「ええ。このガラス玉を想い人にお守り代わりに送るのがここの地方に根付いた習わしなの。…最近はまた争いごとが多いから、験担ぎみたいな感じでゾーリンゲンのガラス玉を大切な人に送ることが多いのよ?」
その人はそう私に説明しながら、私に向かって1つのガラス玉を差し出してくる。
「貴女ならこれね。」
「えっ…」
それは青と緑を絶妙に合わせた碧いガラス玉。
鏡ごしに何度も見たことのあるその色に心臓がどきりと音を立てる。
「大切な男性に送るなら女性は自分の瞳の色のガラス玉を送るの。"大切なあなたの無事を離れていても祈っています"って意味を込めて。逆に"必ずあなたの元に戻る"って意味を込めて、男性から女性に瞳の色をおくることもあるわ。」
そう説明しながら彼女は、「ロマンチックと言えば聞こえはいいけど、少し気恥ずかしいわよね」と言って頬を淡く染め上げた。
たぶんこの人も、誰かにガラス玉を送ったことがあるのだろう。
「じゃあ、この碧いの1つください。」
「かしこまりました。…それにしても、よくガラス玉のこと知ってたわね?ゾーリンゲンのガラス細工は有名だけど、このガラス玉のお守りは他所の人には知られてないのよ?」
私からお金を受け取りながら彼女はそう言って不思議そうに首を傾げた。
「私もついさっき教えてもらったばかりで…って、なんでそんなとこいるの?」
そう口にしながらなぜアベルは知ってたのかと尋ねようと横を見れば、何故か隣にいたはずのアベルがかなり後方、それも扉近くまで下がっていることに今更ながら気がついた。
まるで影を潜めるように佇んでいたアベルの顔が、私の視線を受け苦しそうには歪められる。
私が名を呼んだことでもう1人店内にいたことを思い出したのか、女性もアベルの方へと向き、笑顔で何か話し出そうとし、そして…
まるでスローモーションのようにそのグレーの瞳が見開いていく様が目に移った。
改稿版で名前出なくなっちゃったけど、彼女すっごい好きなんですよ。
彼女はある意味、キーマンとも言えなくもないかも。(Procursator ではもう出番ないけど)




