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Procursator   作者: 来栖れな
第5章 深まる王都の影
23/56

5-1

それは暗闇にほど近い、幻想的で美しい深い森。

頭上に広がる吸い込まれそうな星の瞬く夜空の下、その葉も幹も根も、地面の土を覆い尽くす草も、可憐に咲く花も、何もかも影の中にその色を沈めている。

そんな場所で目立つのは淡い4色の光だ。

赤、青、緑、黄…

四大魔法のエレメントと呼ばれる魔法元素が、この森では可視化されるのだ。

それはそれぞれ、まるで意思があるかのように好き勝手に漂っては、交わり、合わさり、離れ…

そんなことをしながらもこの世界を彩る光の一部として、彼らは存在する。


そのうち、青のエレメントが何かに共鳴するように震え、拓けた草むらの真ん中へと集まった。

そこに佇むのは、ほっそりと華奢な体躯をしたひとつの影。


「ふむ…珍しいな。」


その影はそのエレメントの1つへと触れると、何かを悟ったようにそう呟いた。

この夜の世界でも失うことのない、ペリドットの輝きが、スッと楽しげに細まっていく。


「ちょいと出かけてくる。お前たち、留守を頼むぞ。」


そんな言葉とともにその影は忽然とそこから姿を消した。


この場に響いた均衡を崩してしまいそうな美しい声は、余韻を残したまま森にこだまするようにして消えていった。



***


遠くに見え始めた真っ白に輝くそり立つ壁…


「おい、ぼへっとしてんなよっ!」


「…わかってる。」


テヤンとアベルが、互いに悪態のような軽口を言いながら荷馬車から少し離れて戦っている。


砂漠に入ってから、もう幾日も時が過ぎた。

初日、極度の乾燥と魔力の使いすぎで倒れてしまった私は、アベルに魔力を制御する術を教わり、自分の身体に薄い水の幕を貼り続けることでこの気候に対処している。

そのせいもあって、戦闘へは加わらせてもらえず、参加したとしても大型級魔物(モンスター)の時の援護、魔法は5回のみと制限されている。


「…つまんない。」


荷台の端に1人座り、足をぶらぶらと投げ出しながら、サンドスコーピオン3体を相手にする2人を眺める。

戦いは好きだ。

別に魔物(モンスター)を倒すのが快感って訳じゃないけど、巫女として以外、あまり役立たないと言われていた私が、唯一この旅で対等な力になれる手段だから。

それを制限されてしまっている今、私にできることはほぼないに等しい。

-第一、テヤンが心配しすぎるのよ…

そんなことを思いながら、魔物(モンスター)に夢中なテヤンの背中を、膨れっ面で睨みつける。

私が倒れてからというもの、テヤンは目に見えて私に過保護になった。

戦闘や魔法の制限も、勝手にテヤンが決めてしまったことである。

私が反発しようにも『旅の前に約束したよな?言うこと聞くって。』とテヤンに言われてしまえば、『わかった』と答えてしまった手前、従わざるを得ない。


「それにしても…」


こちらの視線に一向に気がつかないその後ろ姿をじっくり観察してしまう。

砂漠3日目くらいから、急にテヤンの肌が焦げたような褐色になり、髪もなぜか真っ黒に変わっている。

その場の気候に身体が適応していく性質があるのだと言っていたが、正直、変わっていく色味はまるで別人を見ているようで違和感がある。

唯一変わらない琥珀色の瞳を見ると、ようやくテヤンだと実感できて、ホッとするのだ。

どんなに経とうと乾燥と暑さに慣れない私や、まだ強い日差しが辛そうなアベルと違い、テヤンはもう砂漠の気候はなんともないらしい…


テヤンが最後の一体にとどめを刺し、どうやら戦闘は終わったらしい。

スコーピオンの頭部に大剣を突き刺していたのを抜き、何故かテヤンが真っ直ぐにこちらへと向かってくる。


「えっと、お疲れ」


「…何かあったか?」


「何かって?」


「見てただろ?」


-反応してなかっただけで、しっかり視線は感じてたのね…

そんなテヤンの感覚の鋭さに苦笑いを浮かべながら、それっぽい理由を挙げてみる。


「後ろ姿だと、まだ別人に見えるなーっと。」


「…そうか。」


そう言うとテヤンは、私の隣にドカッと腰を下ろした。


「…大丈夫なの?」


「王都まであと20キロくらいで着く。視認できる魔物(モンスター)はいない。」


テヤンはそう言いながら、自分の手を私の額へと勝手に当てている。

これも初日以降、しょっちゅう行われていることの1つだ。


「…大丈夫だな。」


「そりゃ、体調悪いなんて言ってないからね。」


「でも、シレーヌは辛くても誤魔化すだろ。」


-確かに…ロッハウの時も、今以上に体力がなくて歩くのが辛くても、自分から言いだすことはできなかった。

既に前科が2つもあり、強く言い返すことができない。


「そうだとしても、女性にベタベタ勝手に触るのは良くないと思うぞ〜。なぁ、"姫さん"?」


私がバツの悪そうな顔で眉を歪めていると、そんな言葉を掛けながらアベルが会話に混ざってきた。

いつも通りの軽い口調に、にこやかな笑顔。

でも、彼は、あの日以来私のことを"姫さん"と呼ぶ。

-牽制…なのでしょうね。

こちらとしても、そうされる理由は十分に理解してるので、怒る気もない。


「…姫さんじゃない。シレーヌだ。」


「お前こそ、王族を気安く名前呼びはどうかと思うぞ〜?」


テヤンはその呼び方を、私が"人魚族の国の姫"と揶揄してると取ってるらしく、不機嫌そうに言い返してるが…

アベルも揶揄い半分に流すだけで、変えるつもりはないらしい。


「どっちでもいいわよ。呼び名なんて。」


そう言って深いため息をつき、視界の先に見える白い壁へと目を向ける。


「…なんか、マッサリアを思い出すわね。」


ほんのりと淡いピンクを帯びた白で統一された海中都市。

色味は少し違えど、日の光を受け淡く光る外壁の様子だけなら、マッサリアにそっくりだ。

そんな私の呟きに、アベルが珍しく反応し、皮肉った笑顔で小さく言葉を零した。


「…そりゃそうだろな。なんでも、王都は海の帝国をモデルにして作られた街…らしいからな。」



そこには、明らかな侮蔑のような苦々しい感情が乗せられていた。


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