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Procursator   作者: 来栖れな
第4章 乾きに綻ぶ香り
22/56

4-5

ボコボコッと空気の篭ったような音で目が覚めた。

瞳を開けば穏やかに揺れる見慣れた視界。

-ここは…水の中?

辺りを確認するがこれといった生き物が何もいない。

ブレゲンツで着替えた踊り子の服が、水を含んでまとわりつき、少し動きづらい。

水面を見上げれば、それは予想よりすぐ上にあることがわかる。

-…どこなのだろう?

そんな疑問を覚えながら、ひとまず状況をよりよく把握するため、水中から上がることにした。


「プハッ…」


水面から顔を出し、思いっきり息を吸い込めば、肺に入ってくるのは水気を感じさせない乾いた空気。

次いで目に入ったのはトゲトゲとした緑色の、葉を茂らせないサボテンという名の植物。

すっかり日が暮れ、赤から紫への絶妙なグラデーションを描く空の下、ずっと続くのは昼間見たものと同じ砂の大地。

-そういえば砂漠…だったわね。

戻り始めた記憶と共に、暗い影となった誰かが急ぎ足でこちらに近づいてくる。


「…シレーヌ。」


「…テヤン、………私、………」


この広大で先の見えない砂漠において、水たまりにも満たなそうなこの水場。

そのギリギリまでやってきたテヤンに、吸い寄せられるように岸まで泳げば、私の顔を見たテヤンが安心したように目元を和らげた。

昼を過ぎた辺りから朧げになっている記憶をつなぎ合わせ、ようやく自分が倒れたのだと理解する。


「…ごめんなさい。また、迷惑掛けたわ…」


「いや、今回は気がつけなかった俺たちも悪い。」


テヤンはそういうと、その手に持っていた大きなタオルを私の肩にそっと掛けてくれる。


「これ…」


「イーサンが無理やり押し付けてきたマジックバックの中に入ってた。そのままだと冷える。あとで着替えろ。」


テヤンに言われて、昼間と違い風が異様に冷たいことに遅ればせながら気がつく。

日の落ちた夜の砂漠は、あの灼熱の暑さが嘘のように、肌の表面から体の中をぐんと冷ましていくような強く寒い風が取り巻いている。


「…ここは?」


「砂漠のオアシスだ。アベルがここまで荷馬車を走らせた。」


「そう…アベルにも迷惑掛けちゃったのね…」


そう言ってぐるりと辺りを見回してみる。

ここから少し離れた所に、焚き火の明かりと荷馬車が見えた。

アベルはたぶんそこにいるのだろう。


「……アベルに、」


少しまだぼんやりしたまま周囲を眺める私に、テヤンがまた言葉を続ける。

振り返り先を促せば、テヤンは少し言いづらそうに視線を小さく揺らした。


「アベルに、シレーヌが海の帝国の王族だと話してしまった。…悪い、あの時俺はどうしたらいいかわからなくて…」


「…別に構わないわ。むしろ話してくれたから私は今、助かってるんだろうし。…水の中にはアベルが?」


「あぁ、…人魚族なら水中の方が回復が早いはずって…」


-そんなことまで知ってるのね…

あまり大陸では知られてないと思っていたマッサリアの知識をアベルが知っていたことに、驚き半分、なぜか納得半分という不思議な気分に陥る。

普通の大陸人なら知らないであろう知識。

でも、アベルはそういう特殊な知識を有する、希少な人間のように思えた。

-本当に何者なのかしらね…

私に対し、本音をひた隠しにして笑う胡散臭い顔を思い浮かべては苦笑いが浮かんでしまう。


「水中では尾びれになるのか?」


テヤンが少し遠慮がちに、でも興味が抑えられなかった様子で私の白い足をじっと見たまま、小声で聞いてくる。

アベルから人魚についての知識を少し教えてもらったのだろう。


「姉様たちはそうね。…私は、半分違う種族の血が入ってしまってるから、聖魚体にはなれないの。」


聖魚体。

魚体でもなく、人型でもなく、それぞれを完璧に美しく保てる者を、海の帝国では一人前とみなす。

混ざり者である私には、決して取れない神聖な形…


「そうか…でも、水の中では自由に泳げるんだろ?」


「…まぁ、そうね。泳ぐのは得意よ。」


「俺は泳げないから羨ましい。」


「えっ…泳げないの?」


「あぁ、何故か溺れる。」


運動神経が良く、なんでも卒なくこなしそうなテヤンの意外な欠点に、思わず目を丸くしてしまう。


「泳げないなら…マッサリア行くのは難しいと思うわよ?」


「…何故だ?」


「マッサリアって、国の7割は水中に沈んでるから…」


私の言葉に、テヤンは驚いたように目を見開き、そのあと困ったように少し眉を下げた。

-…なんだか今日、いつもより表情が豊かね。

苦悩したテヤンを見ながら、そんなことを密かに思ってしまう。


「…それは、行けたその時考える。」


「…それもそうね。」


-海の帝国の王が、彼を容易く入国させてくれるとは思えないものね。

渋い顔で眉間にしわを寄せてそんなことを言うテヤンの様子に笑いながらも、そんなことを冷静に考えている自分に、少し嫌気が指してしまう。

それをわかっているのか、いないのか、テヤンは何やら考えるようにこちらをじっと見つめてくる。


その時、


「2人話が盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょ〜っとお姫様貸してもらえる?」


いつもより少し高く、柔らかさの足りない声が私たちの元へ響いてくる。

いつの間に近くに来ていたのか。

胡散臭い笑みを浮かべたアベルがこちらを…というより私をじっと観察していた。

その金色の瞳は、いつも以上に感情を写さず、ただ鋭く光を集めている。


「…そんな怖い顔すんなよ。なにもしないって。」


アベルがテヤンを軽い調子の苦笑いのような表情で揶揄った。

私からはテヤンの表情は見えないが、それでも十分にわかるほど、その背中からは不機嫌な雰囲気が漂っている。


「…アベル、アンタがどう思おうとシレーヌは俺の依頼人だ。失礼な態度を取るなら旅から外れてもらう。」


「わかってるよ〜。てか、その子が人間じゃなかったからってそんな態度変える奴だって思われてるわけ?」


「………」


「ちょっとシレーヌちゃんに確認したいことがある。それだけ。彼女の心身共に傷つけないことを誓いますよ。」


アベルはそう言ってわざとらしく頭の上へと両手を挙げる。

しかし、その瞳は真剣な色が浮かんでおり、嘘偽りはないのだとしっかり伝わってきた。

テヤンが、その瞳を探るようにと見つめ、数秒ほどおし黙る。


「…何かあったら呼べ」


どちらに言うでもなく、テヤンはそう言い残すと焚き火の明かりが見える方へとゆっくりと歩いていってしまった。

その背をしばらく遠ざかるのを確認したのち、アベルが今度こそ、改まるように私の方へとしっかりと身体を向け、視線を合わせる。

そこにいつもの笑みはなく、いつか見た感情の映らない無の、緊迫感を感じさせる表情が浮かんでいた。




「さて、帝国のお姫様。正直に答えてくれ…」




渇きの大地を照らす満月が、滅多にない雲に隠れ、大きな影が2人の元へと落ちていた。


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