3-5
前書いてた時も思ったけど、イーサン好きだわ〜
なんか、書いてて楽しい。うるさいけど。笑
ブレゲンツの街の、石造りの小道が特に入り組んだ路地裏通り、そこにひっそりと用意された裏口の戸を勢いよく5回拳で叩く。
表入り口から見ればとても立派なこの建物も、裏は案外シンプルで、素っ気ない。
-まぁ、それでも広い敷地を優に使って建ってることに変わらないがな。
向こうから3回叩き返され、こちらが今度は1回…
そんなお決まりの動作を繰り返しながら、チラリと横の華奢な少女を盗み見る。
テヤンがわざわざ騒ぎを起こしてまで逃げた事には驚いたが、容赦なく放るようにして託されたシレーヌの様子に合点がいった。
たぶん、確実に、この少女絡みだ。
「大丈夫か?」と問う俺の声に、力なく頷いたシレーヌは明らかに怯えていた。
仕方なくそのまま、テヤンが囮として引きつけてくれているうちに…とここまで急いだが。
-いったい、なにがあったのやら…
そこで、ガチャリと石壁と同色の戸が開き、押し通るように強引に身体を滑り込ませる。
「ちょっ!?強引っすよ!!」
「うっさい!緊急だ馬鹿野郎。」
誰かわかっているだろうに、そんな軽口を言って悪態を吐く男に、反射で言い返しながらシレーヌを中に引っ張り、すぐさま扉を閉める。
「うっわ…騒がしいから何かと思ったけど…アベルさん、とうとう人攫いっすか?いくら美人だからって…」
「攫ってねぇよ。あと、騒ぎ起こしたのはテヤンだから〜」
「えっ、テヤンさんっ!?テヤンさん、どこいるんすかぁっ!??」
「あー、うっさい!!落ち着け!!」
こっちは緊急事態で逃げ込んできたのに、そんな事はお構いなしにまくし立てる男に、イライラしながらも宥めるようにその両肩を抑える。
だいぶ肉厚でがっしりとした肩幅が、数年ぶりとなるその成長をしっかり伝えてくる。
日に焼けた小麦色の肌に、赤っぽい茶色の短髪。
髪色より少し淡い瞳は期待と興奮で爛々と輝いている。
イーサン・マクファーレン。
このブレゲンツにおける紅狼の支部長であり、この建物の持ち主、かの世界的に有名なマクファーレン商会の次男坊。
様々の国の御用達として利用される大商会の人間なのに、紅狼に入った変わり者だ。
「で?で?で?テヤンさんはどこにいるんすかっ!!」
「アイツはまだ囮中で走ってるよ!!」
「ま〜た走らせてんすか?なにしてんすか、アベルさん!!」
「少し黙れ!!そして落ち着かせろ!!」
ギルド創設者である俺に対し、全くの敬意を払わない、馴れ馴れしい態度。
そしてとにかく軽薄で、喧しい。
正直、このギルドのメンバーで1番苦手な相手だ。
イーサン相手だと、何故かこちらも激しく言い返してしまう。
「今はこの子を休ませたいんだよ!案内しろ!!」
俺の言葉にイーサンは一度瞳をパチクリさせ、さっとシレーヌへと視線を移す。
外套のフードの下でも、はっきりとわかる顔色の悪さに、スッとその表情は真面目なものに変わる。
「こっちっす。」
イーサンはそう言って素早く背を向けると、裏口から続く薄暗い石の廊下を、そそくさと進み俺らを案内した。
***
「落ち着いたっすか?」
そう言って私の前にお茶のお代わりを置いた男の人は、にこりと笑った。
焼けた肌からキラッと白い歯が覗く、人懐っこい笑みだ。
アベルとは言い争うような勢いあるやり取りをしていたが、今は気を遣ってくれているのか、響くような大声では話しかけてこない。
「はい、ありがとうございます。」
「いえいえ、なら良かったっす!あっ、このお茶、"華茶"って言って、今女性向けに売り出してる美味しくて、見た目も可愛いお茶なんすよ!ぜひ飲んじゃってくださいっす!!」
声は抑えてくれてるが、原来お喋りな人なのだろう。
一度喋り出すと止まらないんじゃないかと思わせるほど、この男の人は舌が回る。
若干その勢いに押されながらも、何だかんだと忙しく行われる気遣いに、少しほっこりとした気分になる。
私たちが案内されたのはこの建物で1番立派な客間なんだそうだ。
落ち着いて見回してみれば、そこかしらにある装飾、調度品、芸術品が、とても貴重で、価値あるものばかりだと、すぐに見て取ることが出来る。
-すごい待遇ね…
当然のようにソファで寛ぐアベルを横目に、気後れしつつも、その珍しさに大きな室内を見回す。
-なんの建物なのかしら?個人の屋敷??
少し煤けた酒場だったロッハウの紅狼本部とは違い、ここは支部でもあるが、表向きは他のことに使われているのだそうだ。
というのも、全てこの男の人がマシンガントークで話してくれたことだが…
「イーサン、いい加減少し黙ってくれない?シレーヌちゃんもそんなんだから気後れしてるでしょ?」
-いや、気後れしてるのはこの部屋の豪華さにです…
そんなことを思い、苦笑いしつつも、アベルの助け舟を少し有り難くも思う。
「…テヤンは?」
「ん?もう戻ると思うよ〜」
呆然としてる間にテヤンに担ぎ上げられ、そのまま気がついたらアベルにここへと連れてこられたため、その後テヤンがどこに行ったとか私はわかっていない。
というより、そんな余裕がなかった…
「シレーヌ…さん、でいいっすかねぇ?数日?いや1週間前くらいからかな?なんかたぶん貴女のこと、王国軍が探してるみたいなんすけど、なんか心当たりないっすか?」
「…そんな前からなのか?」
「そうっすよ?もう、そのせいか今週ずーっと商売あがったりでっ!なんであんなに王国騎士をゾロゾロさせるんすかねぇー?」
イーサン…と呼ばれた男の人のその言葉に、大陸に着く直前に起こったあの出来事を思い出した。
-あの人たちが来ていた服の白いのだった…つまり、そういうことなのだろう。
私が考え込むように黙ってる間に、またアベルとイーサンという人が、話しを続けている。
「…大陸に上がる前、私の乗っていた船があの兵士さんたちと似た、白い服の人たちに襲われました。理由はわからないけど…たぶん、それだと思うわ。」
私の言葉にアベルは一瞬目を見開くも、どこか納得した表情を見せた。
どうやら、もうこの騒ぎが起こった時点で、予想はついていたらしい。
「白い制服…ってことは、王直属っすよね?」
「白地に何色の縁取りか覚えてるか?」
「ごめんなさい、そこまでは…」
あの時は魔法で撹乱し、私だけ海に飛び込んで逃げるので精一杯だった。
だから、白い制服だったということ以外何も覚えてなかったし、それがまさか王国の兵だとは思いもしなかった。
「…そのこと、テヤンには話してるのの?」
笑みのない、真剣な顔でアベルが鋭く私を射抜くように見た。
その無機質な言葉に、スッと背筋が寒くなる。
-それは…
「俺が敢えて聞かなかった。事情はあると思ってたが、それも含めて引き受けた。シレーヌは悪くない。」
「あーーっ!!テヤンさんっ!!」
急にその場に加わった聞き慣れた声。
淡々と、落ち着いた声に堪らず振り返れば、涼しい顔したテヤンが、スタスタと私たちの座るソファの方へと歩いてくる。
次いで、半ば叫ぶような声でテヤンの名を呼んだイーサンという人が、テヤンに今にも飛びつかん勢いで突っ込んでいく。
「お久しぶりっす!!1年と5ヶ月と16日間お会い出来てなかったっすけど、お変わりないっすか?てか、ないっすよね?いや〜、相変わらずマジカッコいいっす!男の鑑っすね!!」
「…イーサン。うるさい。」
イーサンという人は、テヤンの至近距離で急に立ち止まると、テヤンの両手を掴み、ブンブンと振り回してはニコニコと笑って、テヤンに話しかけている。
対するテヤンは珍しく、明白に嫌そうな表情で、呟くように苦言を呈している。
「ははっ、そんな素っ気ないところも最高にクールっすね!!いやぁ〜痺れます!マ・ジ・で!!」
そんなテヤンの様子に全くメゲる様子もないイーサンさんに、テヤンはあからさまに重いため息を吐き、その手を振り払う。
「…テヤン、」
こちらにやってきたテヤンに、声を掛けた。それなのに、何を話していいかわからず、そのまま俯いてしまう。
-ごめんね?
-なんで助けてくれたの?
-まだ依頼受けてくれる?
-ありがとう。
-大丈夫?
-…私を、見捨てない?
ごちゃごちゃと浮かぶ言葉が、頭をかき乱し、何も浮かんでこない。
ただ叱られるのを待つ子供のように絨毯を見る私の頭を、テヤンは何も言わずにポンと撫でた。
ここ数日、不意にしてくれる、慰めるような軽い掌の温もり…
恐る恐る顔を上げれば、いつもとなんら変わらないテヤンの顔が、私をじっと見ていた。
「問題ない。」
迷いなく、言い切られたその言葉に、スッと身体が軽くなる。
-あぁ、ほんとこの人は…
テヤンはそれ以上何も言うことなく、私の隣へとドカッと腰を下ろした。
そしてそのまま隣のアベルと、何やらまた会話をし始める。
その横で私は、真っ赤になった頬を隠すように、しばらく俯いたまま顔を上げられずにいた。