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Procursator   作者: 来栖れな
第3章 芽生え、色づく時
15/56

3-4

「おっ!見えてきたね〜、ブレゲンツ!」


森を抜けてたどり着いた小さな丘上から、アベルが街を見下ろし、意気揚々と声を上げた。

その隣で、シレーヌが瞳を輝かせ、高揚した顔でその光景をじっくりと見回している。


ブレゲンツ。

ボーデンよりひと回りもふた回りも大きい港街であり、5年ほど前にできたばかりの新しい街だ。

大陸の外の国からの貿易品や、海路を利用して運ばれた物資はこの街に集められ、王都へと運ばれる。

物はもちろん、人の出入りも王都と同じくらい多い。


王国の現国王、アーサーの勅命によって作られたこの街は、色彩鮮やかな鉱石が埋め込まれた、石造りの街並みで有名だ。

グレーがかった石の壁に、ゾーリンゲン山脈で取れる鉱石がふんだんに埋め込まれ、日の光はもちろん、夜の街頭の下でもそこ街並みはキラキラと輝く。

ボーデンと違い出店(でみせ)がズラッと並ぶことはないが、あちらとはまた違う賑わいを見せている。

王国で2番目に大きいともあり、生活や旅に必要な物はそれぞれの専門店があり、それらを回れば必ず手に入るくらいに豊かな街だ。

親しみやすいボーデンやロッハウの住民と比べると、上品で洗練された、都会らしい雰囲気があるのもこのブレゲンツの特徴だろう。


「きれいね…」


感嘆を混ぜ込んだ声音で、シレーヌが思わずというように呟く。

街の向こうに広がる広大で白い砂漠が反射し、より一層街並みの鮮やかさを浮き彫りにするからだろう。

森を抜けたことで一気に乾いた空気が、肌をピリリと刺激する。


ふと、街の様子が前来た時よりざわついているように感じた。

遠目だから詳しくはわからないが、どこか忙しない、ピリついた殺気立つ空気感が漂っている。


「アベル、フード深く被れよ。」


少し前を歩くアベルにそう声をかけながら、隣を歩くシレーヌにも有無を言わさずフードを被せる。

-…用心に越したことはないだろう。

少し驚いたのか、キョトンとした顔でこちらを見上げたシレーヌが、俺の顔を見て口を閉ざす。

どうやら素直に従ってくれるらしい。


「わかってるよ〜。俺だって、王国騎士軍支部がある街を、顔晒して歩く度胸はないからさ!」


アベルは俺の警戒態勢に気がついているのか、いないのか…

いつもの気の抜けた調子でそう言うと、下をペロリと覗かせ、さっとフードを深く被る。

光を遮断する濃いグレーの外套は、アベルの目立つ赤髪を見事に覆い隠す。


「…テヤンはいいの?」


「問題ない。」


「そうそう!ただでさえ2人も顔隠してて怪しいのに、これ以上目立つ必要ないからね〜」


そんな事を言い合いながら、緩やかな坂道を下り、またゆっくりと華やかな街並みへと目を凝らす。

-何もないといいが…

じわじわと立ち昇る嫌な予感に警戒心を強めながら、ブレゲンツへ続く道を急いだ。




「チッ…衛兵も多いし、巡回してる王国騎士が多い。」


アベルが呟いた通り、街の中は今まで見たことないほどの警戒態勢だった。

ガチャガチャと、武具の擦れて騒ぎ立てる音が、街のあちらこちらに響き、それに当てられたように緊迫感の増す空気。

人々も押し殺すように息を潜めているのか、人通りの多いはずの道でも、その人影は普段の1割にも満たない。


「…変なのに巻き込まれる前に行くぞ」


最初から決まっている目的地に向かい、厳しい表情のままアベルが先陣を切る。


ふとその影で、シレーヌが王国騎士の…特に、白い制服を見かけると強張った表情をするのが目に付いた。

困惑と強い不安を滲ませたその表情が、こちらに向く。


「大丈夫か?」


「えぇ……たぶん、大丈夫よ。」


緊張感を過分に含んだ、硬く強張り、震えた声だ。


「……行くぞ。」


なぜそこまで怯えているかわからなかったが、外套を強く握りこんでいた手を取り、アベルの後を追う。

掴んだ、自分のものより繊細な作りの手が、小刻みに震え続けているのが伝わってくる。


その時、


「そこの君たち、」


背後から声を掛けられた。

シレーヌを庇うようにして振り返れば、予想通り、暗い緑色の王国騎士の制服を着た…いわゆるブレゲンツの巡回兵2人組がそこに立っている。

-嫌な予感がする。


アベルは俺らが話しかけられたことに気がついたのか、1人先にその場を離れたようだ。

そのまま他の気配を探るが、この2人の巡回兵以外、周囲に人影はないようだ。


「急いでいるんだが。」


「悪いね、ちょっと人を探していて。そちらの連れの人の顔を見せてくれないかな?」


敢えて睨むようにして視線を合わせれば、男たちは一瞬怯んだ表情を見せた。

が、あくまで引くつもりはないらしく、なお食い下がるように問いかけてくる。

背後に隠れたシレーヌの息を飲む音が、耳に届く。


「……妹はアンタらみたいな男が苦手なんだ。」


「悪いがこちらも仕事だ。ただその娘が、こちらの探している"白銀の髪をした女性"か確認するだけだ。…手荒な真似はしたくない。協力してくれ。」


その言葉に今度こそ、黒い外套に覆われたシレーヌの身体が大きく震え、強い恐怖心が発せられた。

-コイツらの狙いはシレーヌか。

理由はわからない。

だが、この状況から逃げる必要があるのは確かで…

ジワリっと、照りつける太陽の熱とは違う、嫌な汗が背を伝っていくのを鮮明に感じる。


「…おいっ、」


焦れた巡回兵の1人が声を掛け、互いにこちらを囲い込むように近づいてくる。

シレーヌを背に庇い、少し後退し、ふと目に入った石造りの壁…正確には石造りの住宅の壁へと視線を移す。

-やむを得ないか。

一瞬の判断、自分の出せる限界の速さで、壁へ拳を叩きつける。

角度を瞬時に弾き出し、与えられた衝撃で石の壁はバラバラと崩れ、こちらの道へと崩れてくる。


「うわぁ!?」


「なっ!?あっ、おい!」


それを横目で確認した一瞬でシレーヌを担ぎ、走り始めた背後で、慌てた男たちの声と石の崩れる激しい音が聞こえる。

あちこちで異変を察知し、動き始める気配を避けながら、全力疾走で街中を駆け抜ける。


「テヤン!」


入り組んだ細い路地の影、鋭く聞こえたその声にスピードを落とし、迷うことなくシレーヌを放り投げた。

予想通り、きちんと腕を差し出し、華奢な身体をキャッチしたアベルに、そのまま走りながら声を掛ける。


「少し散らしたら行く。」


目指していた目的地のギルド支部はもうすぐそこだ。

だが、このまま向かえば、ギルドに逃げ込んだとすぐに当たりをつけられるだろう。


あまり慣れない石畳の街。

目に眩しすぎる街並み。

-そういえば前にも、アベルの為に走ったな…

そんな今は関係ない事を思い出しながら、苦笑いをその口元に浮かべた。


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