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滴水古書堂の名状しがたき事件簿  作者: 黒崎江治
Episode4 エリー
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-終- 追憶

 私が意識を取り戻したときまず目にしたのは、こちらを覗き込む真奈加と赤門さんの顔だった。辺りには硝煙と、血と、なにかが焼けたような名状しがたい臭いが漂っていた。どれくらい意識を失っていたのだろう。衣服が血に濡れていて気持ち悪かった。


「よかったあ……」


 真奈加が安堵のため息をついた。私は自分の右肩から、痛みがなくなっていることに気づいた。左手で触ってみる。傷はない。


「運よくかすり傷だったようだ」


 赤門さんは言った。そんなはずはない。


「赤門さん、頭を撃たれたはずですよ」


「さあな。当たりどころが良かったんだろう」


「さすがに無理があります。不破さんは?」


「別室に寝かせてある。死んではいない」


 私は身を起こしかけたが、急にめまいがして再び倒れ込んだ。出血と興奮のせいだろう。真奈加がコップに汲んだ水を持ってきてくれた。何度かむせながらそれを飲む。


「あなたは吸血鬼じゃないんですか? というか、やつらは吸血鬼だったんですか?」


 少し落ち着いてから私が尋ねると、赤門さんはその場に胡坐(あぐら)をかきながら、一度ため息を吐いた。


「まず後者の質問については、そうだ。古田柳、瓜生ヴィンセントは、人の形をした、人に非ざる者。吸血鬼と呼ばれる存在だった」


 視線を巡らせて周囲を見れば、そこには急速に風化し、消し炭のようになった吸血鬼の残骸が転がっていた。


「特に、瓜生は強力だった。私が後れを取ったせいで、被害が出てしまった。で、前者の質問だが」


「はい」


「私は吸血鬼ではない。頭を撃たれて生きているのも、君の傷を治したのも、吸血鬼の再生能力とは別の術理によるものだ」


「はあ……。まあ、似たようなのが知り合いにいるので、あんまり驚きませんけど」


 赤門さんは眉をひそめた。なにか問いたげだったが、私にだって説明できる自信はない。


「じゃあ、エリーも? 吸血鬼になったんですか?」


 真奈加が口を挟む。


「……」


 赤門さんは黙っていた。言いたくないのかもしれないし、この場で語るには、事情が複雑すぎるのかもしれない。あるいは、エリーの名誉を慮(おもんぱか)ってのことかもしれない。


 知りたくないと言えば嘘になるが、知ったところでなにになるのかと聞かれれば、私は確たる答えを持たなかった。高校からの友人とはいえ、所詮は疎遠になってもさして気にしない程度の間柄だった。そんな自分が、一体どれほどの知る権利を主張できるというのか。


「エリーは、本当に死んだんですか?」


 私は尋ねた。これくらいは確認してもいいだろう。


「そうだ」


 どうやらそれは動かしようのない事実らしかった。


 真奈加が苦い顔でうつむく。しばらくそうしてから、彼女は恨めしそうに呟いた。


「古田さんも瓜生さんも吸血鬼で、赤門さんはヴァンパイアハンター。不破さんもなにか事情を知ってるなら、私たちだけバカみたいじゃないですか。由宇子なんて死にかけたんですよ」


「あの女性はどうやら葛城家から送り込まれた調査員だったようだ。古田の動向を監視するためだろう。そういう意味では確かに、この誕生日会の純粋な参加者は君たちだけだった。


 しかしそれが間抜けだとは思わない。君たちこそがエリーの正当な招待客だった。そして君たちがいなければ、私は瓜生を殺しきることができなかった」


「……はあ」


 真奈加は不服そうだった。私も納得したわけではないが、すべては終わったことだ。我ながら冷淡な人間だとは思う。しかしこういうとき、取り繕ったように悲しむのは嫌いだった。


 話しているうちに少し体調がよくなってきたので、私は身を起こし、部屋でゆっくり休むことにした。どうやら誰も警察を呼んでいないようだったが、赤門さんに呼ばない方がいいと勧められたので、私たちはそれに従った。


 不破さんは既に治療が完了していて、ほどなく意識を回復した。彼女は瓜生になにかされたようだという認識はあったが、それ以降の記憶に関しては、幸か不幸かひどく曖昧だった。


 私たちは不破さんに、起こったことをほとんどありのまま説明し、彼女からも事実を確認した。


 不破さんは確かにエリーの実家から送り込まれていた調査員だったが、古田さんと瓜生の正体については知らなかった。彼女に事実をどこまで納得させるか苦慮する赤門さんを残して、私と真奈加は自室に戻った。


 冷蔵庫から拝借したもので水分とカロリーを摂取し、失った血を取り戻す。一度服を脱いで爪で抉られたはずの部分を確認したが、皮膚がうっすら白くなっているぐらいで、痛みも強張りも残っていなかった。これならば、母親に妙な言い訳をせずに済みそうだ。


 日付が変わったあと、私と真奈加は再び裏庭を訪れ、ローズマリーに埋(うず)もれたエリーの墓碑に手を合わせた。


◇


 結果から言えば、私と真奈加は無事本土に帰還することができた。不破さんが葛城家に手を回してくれたおかげで、館で起こったことは大事にならなかった。


 事実、人間の死者は一人もおらず、古田さんと瓜生の身体は土塊か灰のようになってしまったので、事件にしようと思ってもできなかっただろう。


 私は予定より一日早く家に帰り、血の材料になりそうなものをたくさん食べて、安心できる寝床でぐっすり眠った。


 今回の件を古戸さんに話し、納得してもらい、意見や感想を貰うことは簡単だ。しかし私は、すぐにそうしようとは思わなかった。初島で体験した出来事を、滴水古書堂で体験したおぞましい経験と同列に扱ってしまうのは、なんとなく気が引けたのだ。


 結局、エリーと古田さんになにがあったのかは分からなかった。おそらくこれからも、知る機会は訪れないだろう。あの館はどうなるのだろうか。エリーの墓碑は。


 瓜生を滅したことが、多少なりともエリーの魂の慰めになればいいのだが。私はベッドに寝転がりながら、改めて彼女の冥福を祈って目を閉じ、ともに過ごした日々を少しばかり追想した。

Episode5は『鎖に縛られて』を予定しています。

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