第十九話:鳥は尽き犬は鍋に
最終回への伏線回ってなところですね。
頭から湯気を出す、という表現は怒っている時に使うものである。
何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、それは怒りで体温が上昇し、血圧も上がってなんか凄いことになっているから凄いと言う訳だ。
で、何が言いたいかと言えば、この言葉を考えた人も流石にこれから語る様子ほどにこの言葉がしっくりくる状況には出会っていないだろうというお話だ。
「八突の阿呆ー! 馬鹿ー! 餡奔淡ー!」
おお、なんたる暴言!
あの清楚で美しい大和撫子に限りなく近いと言えなくもないお狼がこのような汚い言葉を発するとは!!
だがそれも仕方がないだろう。
この暴言を言われている八突に今回の事件の原因があるのだから。
「だぁ~から謝っただろ?
いい加減に機嫌を治してくれぇや」
「ふん、世の中には謝って許されることと許されないことがあるさね!
そして今回は絶対に許せない!」
はて、何がそこまでお狼を怒らせたのか?
簡単なことだ。彼女の最初接吻を八突が何の気なしに奪ってしまったことだ。
……ここで疑問に思う読者がいることだろう。
お狼は八突に惚れて彼の旅に同行している訳だし、夜な夜な同衾しようと企むちょっぴりエッチな女の子を装っている可愛らしい乙女だ。
そんな彼女がまだ口付けすらしていない初心初心な恋愛であったというのに、八突は大切な最初の一回目を無造作に奪って食い散らかした。
それこそ獣のように。
これを許せるほどお狼は成熟していない。
「大体なんなんだい!?
初めてあたいに接吻してくれたと思ったら、茶碗から跳ねた米粒を空中で食いつこうとしてあたいの唇を奪った。
言葉にすれば単純だよ。分かりやす過ぎるほどね。
だけど、そんな理由であたいの初めてを奪って余裕の態度が許せないんだよ!」
「おいおい、じゃあ二度目からはじっくりと丁寧にするから機嫌を直してくれぇや」
「ならば今この場で!」
「いや、お前さん納豆食べたろ?
さっきの事故みたいな接吻はともかく、改まって納豆臭い接吻なんざ出来ねぇよ」
「嘘つきィィーー!」
「また今度な」
とまぁ、今日の二人はこんな調子だ。
峠を歩いていて見つけた適当な喫茶店に入った二人は、朝七時という時間のため、かる~く鮭茶漬けと納豆ご飯を頼んでいた訳だ。
朝の時間からこの喫茶店は周囲に商売敵がいないためか繁盛しており、席はすべて埋まっている。
他の客を待たせないためにも食事を終えた八突は、お狼を連れて席を立とうとするのだが、機嫌を損ねた彼女は梃子でも動かない。
意地でも八突に口直ししてもらうつもりのようだ。
パフェやアイスで釣ってみるものの、微動だにしないお狼。
これもひとえに八突への深い愛情からくるものだろう。
そんな近寄りがたい痴話空気を漂わせている二人に近寄ろうと思う者など、混雑している喫茶店でもまずいない。
だと言うのに二人に声を掛ける者がいるのだ。
「御機嫌よう、八突様」
な、何ということだ! お狼が本気で怒っているこの場に空気を読まずに声をかけるとは!!
しかもよりにも寄って八突の知り合いか? 声の主は八突と年の近い美女であり、2メートル近い八突と比べても身長の釣り合いも取れている美女だ。
歯の長い下駄を履いていることもあり、190センチはあるだろうか。
ちなみにお狼の身長は人化している時で156センチだったりする。
「俺を呼ぶのは誰だい? ……とぉ、お前さん橋国家の?」
「ええ、そうですわ八突様♪
私は剣御礼家と代々深い繋がりを持つ宰相の家柄に生まれし女。橋国らるる、ですわ♪」
彼女の名は自分から名乗ったがもう一度地の文でも説明しておこう!
八突達が暮らすこの国において、タイクーンである剣御礼家を古くから支える宰相の家柄。橋国家の一人娘、橋国らるるだ!
「お前さん、何でこんなところにいるんだ?
行方不明扱いの俺を追って、ってぇこたぁないだろうが、偶然にしちゃあ珍しいもんだ」
「いいえ、八突様。
これは偶然ではなく、私の愛が生み出した必然!
(まぁ、八突様が旅の間に結婚したと聞いてたしかめに来ただけですけど)」
宰相の家柄である橋国家にとって、八突の現在地を割り出すことなど、そう難しくはない。
だが、そして見つけた八突には実際に妻っぽいオーラを纏う女性がいる。
らるるは表面上穏やかに見えて内心では焦っていた。
「(不味いですわね。私の八突様のお嫁さんになり、愛と権力の両得大作戦に支障をきたしそうな女の子。
これは消すしかないかしら?)」
らるるは一瞬だが確かに殺意の波動でお狼を睨んだ。
彼女にとっては一瞬のことだし、一般人なら気付けないだろうが、八突とお狼は一般人など比べものにならない達人だ!
『おい、お前さん。この娘はお前さんの何なんだい?』
『幼なじみ。ついでに親同士の仲も良好』
『で、肝心の恋愛感情は?』
『前にも言ったが、俺は誰かに惚れたこたぁねぇよ』
『ならば安心……なのかい?』
魔法使いと妖怪らしい非科学的な脳内会話。
これが出来るのは魔力なり妖力があるのと同時に、信頼関係が重要となる。
それはすなわち、籍を入れずとも二人が夫婦さながらに信頼し合っていることに他ならない。
魔力も妖力も持ち合わせていない、らるるには脳内会話の内容は気付かれなかったようだが二人の仲の良さは気づかれてしまった。
その瞬間! らるるの影から何かが飛び出してお狼を襲う!! カキンッ!
「……お前さん、橋国らるると言ったかねぇ。
あたいは初対面のお前さんに何かしたのかい?」
らるるの影から飛び出したのは、彼女が影に忍ばせている付き人。
その付き人が刀を抜いてお狼に斬りかかって来たのだ!
咄嗟に獣化して頑丈な体毛による防御をしなければ大怪我をしていたかもしれない。
「我が主の恋を邪魔する者は全て敵よ!
らるる様、討伐のご指示をください!」
「明日香。まだあなたの出番には早いですわ」
「……失礼しました」
この付き人の名は月野 明日香。ナイスバディのらるるとは違って幼い容姿だが、その膂力は人間以上である。
それもそのはず、彼女は妖怪とも人間とも異質な存在、『魔物』なのだから。
「なぁ、らるる。
お前さん、部下の躾けがなってねぇよ。
まぁ、俺の相棒を殺せる輩がいるとは思えねぇけどな」
「失礼しましたわ、八突様。
ですがその者は何者でしょうか?
そのような素性のわからない獣を、高貴な八突様の旅に同道させる理由をご説明願いたいのですが?」
丁寧ながらも有無を言わさぬ詰問。らるるは焦っているからか、惚れた八突にさえ、らしくない態度を取っている。
八突もまた、彼女のそうした変化を感じて言葉を選び、慎重な対応をしようと思っている訳だが、妖怪であるお狼にとって人間の感情の機微など、八突以外は割とどうでも良かったりする。
お狼はらるるを見ながらこう言った。
「のぅ、お前さんメスの臭いをさせておるが、八突はあたいの番いさね。
八突と出会ってからの時間は短いけど、あたいと八突の二人旅の濃さはすでに夫婦並みだからねぇ~。
あらかじめ言っといたげるけど、知り合ってからの時間を自慢する気なら、それは八突に嫌われるから悪手だと教えてやるさね」
こ、これはまさに勝者の余裕!
これまで誰にも惚れたことがないと公言している八突のことだ。幼なじみとはいえ、らるるに惚れていたなんてありえるはずがない。
それを言うなら、お狼だって惚れられている訳ではないが、これまでの旅で心を共有するかのごとき濃密な時間を過ごしている。
そのため、対外的には夫婦として認識されているのでタイクーンの家柄と宰相の家柄の付き合いでしかない、らるるよりは世間一般に仲の良さは知られている。
「ば、馬鹿な……。まさか私が知り合ってからの年月を口にしようとすることすら予見されて防がれては打つ手はないですわ。
でも、この程度で八突様への私の愛が負けただなんて思いたくない……」
「らるる様!」
目に見えて体調不良の青ざめた顔のらるる。それを支える影の側近・明日香。
この物語が勧善懲悪であることから、読者の皆さま方はこの後の展開についてももうお分かりだろう。
愛を見失った乙女は般若へとなる。八突の魅力に中てられすぎた彼女はここで人生最大の選択を間違えた発言をしてしまうのだ。
取り返しのつかない言葉を。取り返すつもりなどない自暴自棄の発言を。
「八突様が私の旦那様になっていただけないというのでしたら、この国を破壊し尽くすだけですわ!」
らるるは隣にいた従者に視線を向けると、その意図を瞬時に理解した従者の明日香が影属性の転移魔法を発動させ、二人は影にのまれるように消えたのだった。
「なぁ、お前さん。
女に惚れられるなとは言わないが、随分と粘着質な女に好かれたもんさねぇ~」
「昔はらるるも可愛げがあったんだがなぁ~。
どうしてこうなったのやら……」
八突とお狼にしてみれば、幼なじみであり恋敵の女性が一人目の前から消えただけのこと。
きっと家に帰って寝るんだろう。てな軽い考えだが、その判断は甘い。
ここですぐに手を打っておけば問題は無かったのだろうが、二人はこのお話の冒頭での最初接吻騒動もさておきながら食事の支度をするのだった……。
明日で完結します。
投稿初日と最終話は二話同時更新というマイルールのため、明日は二話同時更新による完結です。




