第十六話:柔剣道の派閥争いの巻
“素晴らしい”お話。
永遠とも思える重い1秒の状況整理を終えた二人はにらみ合っていた。
「どうやらここからが本当の戦いになるんじゃないのかい?」
「滅多にない機会だしな。
俺とお前さんのどっちが強いか、その全てをぶつけあおうじゃないか」
両者は同時に飛び出し、宙で互いの拳がぶつかる!
まるで金属同士の様な激しい火花を伴う八突のブシ・パンチと、お狼のヨウカイ・パンチは会場にいる全ての者に格の違いを見せつけたが、これは二人の試合にとって序章に過ぎなかった。
太古の昔から連綿と受け継がれてきた古代武士のパンチと、太古の昔から研鑽を続けてきた大妖怪のパンチ。
どっちが強いか勝負だぜ! ってな流れは何時の時代も需要があるもので観客を賑わせる効果もあるので経済効果で金銭的にもウハウハになるのだが、ここで語るのは止しておこう。
◆ ◆ ◆
さて、こんな唐突な始まりもいつものこととなってきているが、これだけではあまりにも説明不足で何がどうなっているのか分からない読者も多いだろう。
この展開について説明をするには少しばかり時間を遡る必要があるのだが、
それは二人が旅の進路を南に変え、海を超えて炎砲地方と呼ばれる地に足を踏み入れてからのことだった。
大昔は八突やお狼が暮らしていた本州といがみ合いながらも敗北し、国の一部として取り込まれた地。
「炎砲」の名の由来でもある大砲による海からの巨大戦艦の物量攻撃で為す術もなくやられた炎砲地方の住人と本州の住人は仲が悪い……と、言われていたのは遠い昔なので問題ないだろう。
そんな昔のことを言い出すほど炎砲地方の住人の器は小さくないし、本州の住人にしても、物理的に離れているだけの良き隣人という認識だ。
そんな土地に、今日の八突とお狼は船で渡って来ていたのだった。
「お狼は流石に海を超えたことはないだろ?
この地方は同じ国内でありながら海に隔たれた端っこであることもあって謎に包まれているからな」
「ふふん、お前さんも詳しくは知らないくせによく言うねぇ~。
あたいは道中のコンビニで炎砲地方の道路マップや美味い料理屋から雑貨屋まで、幅広く知識を仕入れているさね♪」
特に情報誌を読んでお狼が注目している情報は、「チェスター!」という掛声と共に木の棒を振り回す独特の剣術が盛んであるということ。
これは妖怪として様々な人間と戦闘してきたお狼にとっても初めてとなる武術だろう。
何気に彼女も戦闘狂の素質があるのだ。妖怪とは、すべからくそんなものである。
「俺も親父の付き合いで炎砲地方の武道家とは手合わせしたことがあるけどな。
ガキの頃ぁ~、開始早々の一撃必殺で何度か負けたんだよなぁ~」
「なんせチェスター流剣術は『二の太刀要らず』と言われるぐらいに初撃に全力を注ぐみたいだからねぇ~。
そんな剣術をあたいの拳ぶち破ったらどれほどの快感なのか……想像するだけでワクワクするさね♪」
「お前も戦闘狂だなぁ~」
「お前さんに言われるほどでもないさね」
確かに八突も内心では炎砲地方の武士との試合を望んでいる。
と言う訳で、二人は船を降りて早々に、近くの公民館に向かったのだった!
◆ ◆ ◆
「何故に公民館?」
「地域密着型の武術は総じて公民館で教えられると決まっているもの。
あたいの勘が間違いなくここにチェスター流剣術の達人がいると告げているさね」
お狼に手を引かれるようにして公民館へと付いてきた八突も、中から聞こえる掛声の威勢の良さに責任者の技前を感じる。
ランクで言えば達人級。それも特A級の技前だ!
二人は中にいるであろう実力者の気配に互いの顔を見ながら、笑みを浮かべると堂々と入館。お邪魔します!
しかしそこに居たのは何と言うことか……、血の海の中で狂ったように「チェスター、チェスター」と連呼する柔道着姿の男であった。
「ん? お前たちは誰だ?」
柔道着の男が問う。
「俺の名は八突。この公民館に道場破りに来た者だ」
「あたいはお狼。この公民館で相棒の八突とどちらが多くのチェスター流剣術の使い手を屠れるか勝負しに来たさね」
お狼の発言に「屠るのはまずいだろう」と言う八突に、「じゃあ半殺しにする」と返すお狼。
そんな二人を見ながら柔道着姿の男も挨拶を返す。
「俺の名は九十九。チェスター流剣術を憎む男だ。
そしてお前たちと戦うことになるだろうが、それは今ではない。
さらばだ!」
そう言い残して九十九は去った。
後に残されたのは血の海と化した公民館。
死体を放置しては疫病が流行ってしまうだろうから八突が近くの公衆伝書鳩で警察に連絡し、事を片付けたあと、冒頭の戦闘シーンへと戻る。
◆ ◆ ◆
「それにしても『チェスター流剣術』の他に、『チェスター流柔道』なんてものがあったとはなぁ~」
「しかも互いの流派は千年以上いがみ合い、表の剣術、裏の柔道とまで言われる仲だったとはのぅ。
流石の情報誌も裏社会の情報までは載せてないさね」
で、このお話の冒頭にて、何で二人が戦っているかと言えば、『チェスター流柔道』の一派が『チェスター流剣術』の大会に乱入し、殺戮を開始したからである。
当然、この地の剣術家との試合が目当ての八突とお狼はその大会に参加していたのでチェスター流柔道連盟ともぶつかり、全員ぶっ飛ばしたと言う訳だ。
だがこれは大会である以上、優勝者は一人。
なればこそ、生き残った八突とお狼の二人はどちらが勝者か決めねばならないだろう。
あ、ちなみに公民館を血の海に沈めた九十九と言う男は、乱入早々に八突とお狼の右ストレートでぶっ飛ばされていたりする。
二人の右ストレートが合わせて二発命中したので技あり二つで一本!
これは誰がどう見ても、チェスター流柔道においてもチェスター流剣術においても勝負ありだ。文句のつけようがない。
「ところでお前さん。寝技を使ってこないようだが、どうしたんだい?
あたいは実は寝技に弱いんだけどねぇ~♪」
「いやいや、お狼。お前さん嘘はいけねぇよ。
俺が寝技を掛けようならそこから逆に妖怪腕力で拘束してスッポンポンにする気だろ?」
「正確にはスッポンポンにして行為に及ぶつもりさね」
「なお悪い。幾ら俺が古代武士流の秘伝筋肉鍛錬術を身に付けているとはいえ、妖怪相手に純粋な力比べで勝てるか!」
「ちっ、いつもはノリで動くくせに妙に賢しいじゃないのさ」
二人の試合は技の八突、力のお狼とでも呼べばいいのだろうか。
一瞬の油断がお互いにとって命取りとなる勝負だけに攻めあぐねているが、勝つためには動かなければならない。
なればこそ、レディファーストの気持ちで八突は隙を作り、お狼はそれに乗ったのだ!
お狼が組みついて技を出す前に返し技を決めることが出来れば八突の勝ち。
反対に、八突の作った隙をそのまま己のものにできればお狼の勝ち。
勝敗は本当に一瞬だった。
「一本! 勝負あり……だな」
勝ったのは八突だ。
伊達に「技の八突」と呼ばれている訳じゃない(今日、大会に来ていた観客が即興で呼び始めた)。
お狼が達人の技すら力でぶち破る妖怪腕力を振るい、八突の道着を掴んだまま空高く舞い上がっての妖怪体術奥儀『地球投げ』を決めようとした瞬間!
八突は爬虫類じみた動きで道着を脱ぎ捨て、必殺『イズナ落とし』でお狼を地面にめり込ませたのだ!!
何と言う早業! 一瞬の差が勝負を分けたとはこのことだ。
あとほんの少しでも八突の技をかけるタイミングが遅ければお狼にそのまま投げ飛ばされていた。
「……くぅ~、女子の頭を地面にめり込ませるだなんて無茶するねぇ~」
「あほぅ、お前さん相手に手加減なんて出来るか。
それにこの大会会場の床下はバネ仕込みの柔らかマットじゃねぇかい。
妖怪のお狼がこの程度で骨折、または脳挫傷になるなんざ思っちゃいないさ」
倒れたまま頭を振るお狼に手を差し伸べる八突。
その瞬間、会場は爆発のような歓声が鳴り響き、二人を祝福した。
この一件が新聞やテレビに報道され、剣御礼家の次期当主は妖怪にして最強の武道家の嫁がいると知れ渡ることとなった。
ただ炎砲地方は田舎なので地方内のみの情報伝達だが、これもまたお狼の草の根活動のようなもの。
全国に八突とお狼が夫婦であるという噂が広まるのは時間の問題かもしれない……。




