第十二話:あったけぇ
料理回。
パチパチとはじける囲炉裏の炎に、吊るされた鍋が美味しそうな匂いを漂わせる。
その傍で横になっていたコンバット地下水は、野生の獣に匹敵する嗅覚と、それに伴う食欲をそそられて目を覚ましたのだった。
「お、起きたのか。
怪我は無いようだったが疲れているようだったんで屋敷に上げたが、具合はどうだい?」
囲炉裏の対面に座る長身の男。
この男こそが商売女でさえ恐れおののくほどの巨大な一物を披露し、コンバット地下水を気絶せしめた張本人にして彼女を屋敷に泊めてくれた恩人だ。
「風呂中とはいえ、とんでもないものを見せちまったな。
お狼――あぁ、俺の相方は気に入って隙あらば自分のクレヴァスにねじ込もうとしてくるが、お前さんのような生娘にゃ怖かったろう」
「べ、別に怖くなんてないわよ!
それと……、泊めてくれてありがとう(ボソッ)」
自分が男性経験の無い事を見抜かれた観察眼も加わり、コンバット地下水は八突を警戒するが、それと同時にこうして泊めて介抱してくれたことには感謝の言葉をきちんと言う。
親兄弟もない天涯孤独な彼女だが、本で得た知識を鵜呑みにしているので人間としてあるべき礼節を教科書通りに身に付けている。
八突は「気にしなさんな」と言うだけで再び囲炉裏の鍋に視線を戻す。どうやらキムチ鍋を作っているようだ。
「あなた、辛いもの好きなの?」
「俺に嫌いなものはねぇさ。
強いて言うなら美味いものが好きなのかねぇ~。
特に、その時々の季節に採れる最高の食材で作る料理が大好物だ♪」
鍋をオタマでかき回し、よく火が通っているのを確認するとお椀に掬ってコンバット地下水に差し出す。
人間味溢れる行為にコンバット地下水の胸は熱くなった。
「ところであんた、名前は何てんだい?」
「私の名前は水野 千佳。でも仕事上はコンバット地下水で通っているわ」
「そうかい。
俺は剣御礼 八突。旅に生きる男だ。
さっき言ったお狼ってのは妖怪だが俺に惚れて付いてきた連れ合いでな。
そんで、俺自身の説明になるが、この馬鹿でかい屋敷を魔法で一瞬のうちに建てられる程度の男だ」
「この屋敷を魔法で建てることを『程度』と言える程度には凄いってことですね。
魔法使いってだけでも珍しいけど、妖怪と旅をする人は初めてですよ」
「そういうもんだと思っとけ。
俺ぁ~、こういう男なんでね」
八突から差し出されたお椀を受け取り、キムチ鍋を口にするコンバット地下水。
このあとも聞きたい事は沢山あったはずなのに、彼女の口から言葉は出てこない。
……美味過ぎるのだ。八突の作ったキムチ鍋が。
「ははっ、美味いだろう。
俺は旅をするのと同じくらい美味い物を作るのも食べるのも好きでね。
このキムチ鍋は海を超えてさらに北へ行った場所で習った民族料理なんだ」
八突がキムチ鍋の作り方を習った土地は、冬の平均気温がマイナス50度という極寒の地。
服装にこだわらない八突は、その土地でも防寒に頓着しない薄着でいたため、現地の人を驚かせたことで仲良くなったそうだ。
八突の才能は、薄着で極寒の地を歩けることよりも誰とでも仲良くなれることにあるのだろう。
現に、最初は『妖怪ビッグマラー』と彼を恐れていたコンバット地下水も、たった一杯の汁で安心感を得てしまった。
この温かみは料理だけでは出せない彼だけの才能なのだ。
「おやおや、何やらあたいが居ない間に随分と良い仲になっているじゃないかい」
「あぁ、俺の料理で打ち解けない奴ぁ~この世どころかあの世にだって居やしないさ」
「悔しいが否定出来ない美味さだからねぇ~、お前さんの料理は」
「おいおい、お狼は人型の姿だと綺麗な娘っ子だけどよぉ、元は妖怪で獣なんだから料理の概念がこれまでなかった自分と比べんなよ?」
「自分の料理の腕と比べておるわけじゃないさ。
あたいが悔しいのは、その料理の与える感動を惚れた相手以外にも何の気なしにくれてやるお前さんの懐の深さだよ」
帰って来たお狼も、八突の気持ちを分かっているからこそ、からかうようにコンバット地下水と八突の仲よさげな雰囲気を見て平気でいられるってわけだ。
もしも八突がコンバット地下水に本気で惚れていようものなら野生の直観ですぐに見抜いて血祭りにあげていたことだろう。
「ところで、肉は獲れたのか?」
「う~ん、獲れたのは獲れたんだけど、この辺は食用の獣が少なくてねぇ。
コーカサス大兎やヘラクレス大猪みたいな、食べても美味くない獣しか獲れなかったよ」
「気にしなさんな。素材が何であろうと活かすのが料理人の腕の見せ所さ」
どうやらお狼は狩りに出ていたようで、種類はともかく随分と狩ってきたようだ。
ちなみにコーカサス大兎とヘラクレス大猪は現在、八突らがいるこの近辺でのみ生息し、角を目当てに猟師によく狩られている獣だ。
一度の出産で7~8匹は子どもを産み、さらに妊娠期間が3か月で年中発情期の鋭い角を持った巨体ということからも危険度は分かるだろう。
何が危険って、巨体なだけでなく、他種族間との間でも子どもを作れてしまうところだ。
よくあるファンタジー小説におけるオークやゴブリンの四足歩行版と思っていただいて問題はない。
この二種は人間だろうと昆虫だろうと、菌類であろうと交尾をし、自分か相手が妊娠すれば確実にそれぞれの兎か猪の子が生まれる。
その事を調べた学者もいるようだが、最後に行き着いた答えが『疑問に思ったら負けだ!』なので、結局この二種は詳しい情報が何も分からない。
しかし肉は食べてもマズイということは肉食動物も人間も共通した認識である。
「さってさて、この獣が何故、不味いかと言うと、体内に<不味い臓>という臓器があるからだ。
この臓器は死後数分で肉を不味くさせるので、俺は死んだ肉を生き返らせるほどの切れ味がある包丁を使う。
ではここでクエスチョンです。これから俺が使う<不味い臓>を持った獣を料理するのに使う包丁はどれでしょう?
次の三つから選んでください」
こ、これは!! ミステリーハンターであるコンバット地下水がテレビの仕事を受けた時にスタジオの人間に向かってよく言う質問だ!
今回、八突が出した選択肢は3つ。
1つは黒い包丁。1つは白い包丁。1つは赤い包丁。
「折角だから、私はこの赤の包丁を選ぶわ!」
コンバット地下水が選んだのは赤い包丁。
その答えを聞いて八突とお狼は顔を見合せてニンマリ♪
「え? 違うの? いやだって黒い包丁は色的に闇属性で毒がありそうだし、白い包丁は光属性でアンデッド系に効果的っぽいじゃないの。
だったら残る赤の包丁が一番普通の包丁で、八突さんの腕で<不味い臓>を捌くんじゃないんですか?」
「いやいや、よく見てみろって。普通に考えて赤い包丁なんて錆びてるだけだろ。
流石に錆びた包丁で料理するのは問題があるぞ」
なんと! 赤の包丁は何の変哲もない錆び包丁だった!!
何か素敵な効果があると思ってコンバット地下水は選んだのに、これはうっかりさんだ。
「コンバット地下水とやら。確かにヒヒイロカネという金属でできたレアな包丁は赤いけど、八突はそんなもん持っちゃいないさ。
あの包丁は露店には並ばないし、通販やオークションでもかなり高値だから鋼やステンレスの包丁の方が結局は安上がりだと思うさね」
「と言いつつ、この黒包丁と白包丁は、俺の魔力で即席に作ったものなんだけどな。
ほら、魔力の供給を断てば霧散するし」
そう言って手に持つ白と黒の包丁を何でもないように出したり消したり。
それで消費する魔力は少なくないと言うのに、八突はいともたやすく行える。
無駄に洗練された無駄に多い魔力の無駄な使い方の一例というやつだ。
そして先ほどのクイズで取り出した赤い包丁も火属性の魔力で作ればいいじゃないかと思われるかもしれないが、そんな包丁を使ったんじゃ切る段階で食材が焼けてしまうではないか。
だから八突は、普段愛用している包丁は鈍に見せかけて盗まれないようにするため、あえて錆びだらけの包丁に見せかけているのだ。
つまり、クイズの答えで言うならば<不味い臓>を断ちきれる包丁は赤の包丁となる。
コンバット地下水ちゃん大正解♪
「結局、正解は赤い包丁だったんじゃないの!!」
「失礼な。
俺は一度たりとも赤い包丁が、俺の愛用の包丁ではないなどと言っていないぞ」
「あたいは面白そうだからからかっただけだねぇ~♪」
これまた簡単に魔法で錆を落とす八突とニヤニヤといやらしく妖艶に笑うお狼。
流石に旅を共にしているだけあり、思考が似た二人である。
だから、次はクイズに正解したコンバット地下水に八突がご褒美を出す番である。
「まぁ、こっからは俺の調理技術でも見ながら待ってろよ。
すぐに美味いもん食わせてやるさ」
八突は包丁を振るう。
目の前に並べられた、お狼の獲ってきた獣の肉に何の抵抗もなく包丁を滑らせる。
時に大きく、時に小さく、長く、細く。包丁の形状を変化させ、肉を切る。そして出来たのが……刺身だ。
「獣肉の刺身? この獣の肉が不味いってのは八突さんもお狼さんも知っているでしょ?
それが何で調味料も加熱もしていない刺身?
私、これでも舌が肥えてるんですけど?」
コンバット地下水はミステリーハンターとして稼いだ報酬の大半を食費に費やしている。
彼女を「ザ・エンゲル係数」の異名で呼んでいるのは、彼女に食いつぶされて何日も営業出来なくなった名のある料亭の主人たちである。
その彼女に対して度に生きる八突はこう答える。
「食えば分かる。食わねば分からぬ。何事も。
俺の料理人としての誇りを添えた料理だ」
「文句があるなら俺に言えってかい?
カカッ、やっぱり八突は面白いねぇ~♪」
流石は八突。常の自信に満ちた答えだ。
彼を「ザ・料理の神」の異名で呼んでいるのは「ザ・エンゲル係数」に食いつぶされた名のある料亭の主人たちである。
不味いことで知られるコーカサス大兎とヘラクレス大猪も、八突の腕前にかかれば高級食材も霞むほどに美味になる。
これは肉食系女子であるお狼のお墨付きである。
ひと口食べれば神の味!! ふた口食べればビッグバン!!!!!!
まるで麻薬でも入っているかのように食べた人間を快楽の渦に巻き込み、快楽と言う名の刀で切り刻み、快楽と言う名の新たな理性が心身を支配する。
そうして得た新たな理性がこう言わせる。
「お、美味しい……」
「だろ?」
こうして美味しい食事と暖かな寝床でくつろいだコンバット地下水は、明日からも世界のミステリーをハントしに行くのだった。
頑張れコンバット地下水! 負けるなコンバット地下水! 君の求めるミステリーは、君に発見されるのを待っているんだ!
~おまけ~
ちなみに彼女を狙っていた悪の組織だが、現時点で彼女を狙う連中は「ザ・料理の神」と呼ばれる旅人にボコられて料理で改心したのだとか。
詳しく言うと、お狼の口の中で。
「殊勝な羊さねぇ~♪
狼の番いに自ら飛び込んでくるなんて」
チャンチャン♪ ……いや、パキコリチャムチャムかな?
ちなみに八突とお狼の二人はまだ肉体関係には至っておりません。
ちなみに「ザ・エンゲル係数」に食いつぶされた店の人たちが何日も営業出来なくなったのは、彼女のあとに現れた謎の天才旅の料理人「ザ・料理の神」の腕前に自信をなくしたからである。




