第十話:帝王となる音楽家
退きません、媚びへつらいません、反省しませんなお話。
でも忠貴君の声は前田剛さんな感じが……。
さてさて、八突とお狼の必殺の一撃をもらいながらも結果的に助かった若者、榊 忠貴はどうやらこの神無山の神無一族の者らしく、村まで案内してもらうこととなった。
八突とお狼の目的が旅である為、旅人すら滅多に寄り付かない山の民にとって観光客は誰でもウェルカムということなのだろう。
ちょうど村では祭りを開いていたというのも二人――特にお狼の好奇心を刺激することにもなった。
「おおぅ、こりゃ面白いものばかりあるじゃないのさ♪
八突、あたいは金を持っちゃいないけど、お前さんは持っとるだろ?
この前、峠の喫茶店にあるATMでお金下ろしていたし♪」
「だからと言って奢るとは限らんだろう?」
「いいや、お前さんに限っては限るよ。
なぜなら、お前さんはあたいに喰い殺されそうになった時『楽しませてやる』と言った!
だから祭り初参加のあたいを楽しませる義務が生じるさね♪」
「確かにな。
約束なら仕方あるめぇ」
古い証文を持ちだしおって、などと言うほど尻の穴の小さくない八突。これもまた、彼のノリである。
防寒用の腹巻から裸のお札を取り出し、屋台の食べ物を片っぱしから奢っていく。
お狼も妖怪としての能力は人化している時は制限されるものの、食欲に関しては本来の姿と変わらないのだ。
これは古代武士の時代に流行った「龍玉」という秘宝を集める大猿の話が現代の妖怪にまで適応されるという科学的に興味深いことでもある。
しかしこの場に科学者はいないので、村の人らも「細い娘さんが、ようさん食いよるわ」程度の認識でしかない。
「ところで忠貴くん。お前さんはこの村の者のようだがどうして俺らを呼んだんだい?
俺らは見ての通り旅人だし誘われれば何処にでもホイホイついていくが、怪しくなかったのか?」
高山に住みつく神無一族はこの国の平均的な身長よりも頭一つは低く、八突の背の高さはこの村の住民と比べると、まるで子供と大人くらいに威圧的にも映る。
だからと言って八突の旅人オーラとお狼のカワイコちゃんオーラは他者を拒絶している訳ではないので知ろうと思って近づけば危険が無いのは分かる。
のだが、パッと見ではやはり恐ろしく思うのが人というものだろう。
別に強面と言う訳ではないのだが。
「それはお二人が僕の悩みを解決してくれそうに思えたからですね。
僕は今、生涯最大の危機に直面しているのです!」
何やら熱い男、榊 忠貴は、八突とお狼の二人を両手にりんご飴や綿菓子を持った状態で自宅に連れ込み、大きな箱を見せた。
おや? この箱の中身はもしや……、
「ふむ……。こりゃ~、ヴィオラという楽器だったかな?」
箱に収められていたのは楽器『ヴィオラ』。ヴァイオリン族と呼ばれる楽器の一種である。
かつて悪しき魔女が死にそうな自分の魂を乗り移らせたと言われる楽器であり、伝説上では魔力を音に乗せることが出来るオーパーツだとも伝わっている。
ヴァイオリン族の中で影の支配者を務めていた大魔女そのものがとり付いた楽器だ。
模造品も多く出回る有名な伝説上の楽器だが、このヴィオラから自身よりも格上の魔力を感知した八突は背筋に冷たいものが走った。
……緊張した場面を和ませるためにお狼が氷を服の内側に入れたからだ。
「びゃあああ!?」
「これ、八突。お前さんはあたいを楽しませるために祭で奢りまくると約束したばかりだってのに、こんな小汚い楽器を見て何を呆けてるんだい。
お前さんが手に持っている綿菓子、早くこっちに渡すさね」
時間にしておよそ3分。八突がこの伝説上の楽器であるヴィオラの魔力に驚いて呆然としていた時間だ。
それに対して、お狼が氷で八突を悶えさせた時間がおよそ5分。
さらに急いでお湯で温めようとした忠貴に担がれて放り込まれた温泉で蕩けること結構な時間♪
流石は寒い雪山だけあり、温泉は当然存在する。
男女混浴なのでお狼も一緒に入り、しばし話は中断したのは当然の流れだろう。
誰だって雪山で服の内側に氷を入れられちゃあ温泉の心地よさに蕩けるってもんだ。
しかし、おお! これは話を中断してでも見るべき価値のあるお狼の裸体――具体的には双丘の頂点と、雪山では当たり前に見られるが見たくないはずがやっぱり見たい女体のクレヴァスは湯気で隠れているものの薄っすらと見える! 少年漫画現象だ!!
他の湯治客まで老若男女問わず視線を釘付けにするその美しき肢体は背中に氷を入れられた八突の怒りを打ち消すだけの破壊力はあった。
彼もまた、男なのだから。
「……お狼、意外と着痩せするんだな」
「ふふふ、見直したならさっさとあたいを抱きな♪
あたいの体はいつでもお前さんを受け入れる準備万端なんだからねぇ♪」
それでも手を出さず、しかし視線を外さない八突は、これはこれで男だろう。
三人は温泉で身体を温めた。
◆ ◆ ◆
温泉で気分が緩むと口も弾むもの。
せっかくなので、忠貴君の話は温泉で聞くことになった。
「ふぃ~♪ ……で、話ってのはなんだっけ? 忠貴君」
「僕は音楽家なんですよ。
それで、この祭りの最終日に演奏会を開く栄誉ある任務を引き受けたけど、恋をしてしまって演奏に身が入らないから助けてほしいってことです」
どうやら聞くところによると、忠貴君は音楽家として一族一番の腕なのだが、温泉でもお医者様でも治せない病――恋の病に罹っているのだとか。
この病は治療するためには「当たって砕けろ! 世界を壊せ!」の精神で事に臨まなければいけない。
ヘタをすると恋の病で世界が滅ぶこともある。慎重かつ大胆に、それでいて手っ取り早く解決し、アフターケアをしっかりとする必要がある。
まぁ、なんだ。長々と語っておいてなんだが、この忠貴君の惚れた相手というのは赤羽 ジルちゃんというバストサイズDの幼なじみで、幼稚園から大学までずっと一緒。お互い家族ぐるみの仲なのでまず失敗すまい。
むしろ相手の娘さんは忠貴君の告白を、クリスマスの夜に忍び込んでくる真っ赤なお爺さんを待つが如く楽しみに待ちわびているようだ。そうに違いない!
「それで、俺らはその話を聞いてどうすりゃいいんだ?
そりゃもう告白するっきゃないだろうに。
バストサイズDというのも魅力的だ」
「こらこら八突。お前さんは『乙女心を理解しようとする男』の気持ちが分かってないねぇ。
忠貴君が悩んでいるのは彼女のために最大限喜んでもらえるためにどう告白するべきか、で悩んでいるのさ
そしてあたいはGだよ」
そう、八突と違って忠貴君は乙女心をよく分かる男。
だからこそ、一生に一度の告白をするのに雰囲気を大事にする。
お狼は忠貴君の気持ちを汲んでじっくりと雰囲気作りをする提案をするが、八突はとことん乙女心を理解しない策を提示する。
……というか行動する。
「よっし、面倒だからさっさと告白させちまおう。
ちょっと待ってな」
言うが早いか、温泉から飛び出して浴衣に着替え、卓球台で挑戦者を求めていた闇の卓球使いと真剣勝負でぶっ飛ばして向かう。
どこに向かったかって?
そりゃ当然、忠貴君の惚れた娘さんのところだよ。
◆ ◆ ◆
夜の帳、などという表現を用いると重く暗い雰囲気やシリアスな空気が漂うのでここでの表現としては適していないだろう。
八突が向かった場所は、先ほどまで浸かっていた温泉がある村内なので移動にも時間はかからないが、忠貴君が惚れた幼なじみの家にいる。
なので夜でもなければ特に何があるでもない場所ってぇことだ。
温泉を飛び出したときとは正反対に、隠密重点の黒装束に金属製の面頬を付けた男――剣御礼 八突が目的の家の天井裏にいた。
「おっと、さっそく目標補足だな。
彼女が忠貴君の惚れた幼なじみかな?」
プラモデル用の簡易ドリルで天井に小さな穴を開けて覗き見る八突。
彼の普段の行動からすれば「らしくない方法」のように見えるが、これもまた彼のノリ……だけでなく、先祖代々伝わる危機察知能力による勘のようなものだ。
「(な~んか、忠貴君の話を聞いていると腑に落ちないんだよな)」
こうして覗き見ることでその謎はより明らかになろうとしている。
ここから先は赤羽ジルちゃんの会話をお楽しみいただこう。
◆ ◆ ◆
「例の計画は順調のようね」
「榊家の財産も、もうじき全てお嬢様のものになるでしょう」
無駄に装飾をされ、「華美」と達筆で書かれた椅子に足を組んで座る女子大生。彼女がジルちゃんだろう。
この部屋にいるのは彼女と、彼女に付き従う執事のみ。
「私が榊家の財産を目当てに幼なじみとして近づき、家族ぐるみで仲良しごっこを演じ、明日いよいよ彼の財産を奪う!
長かったわぁ~、まだ五歳の時に彼がお金持ちだと知ってお隣に引っ越して学校も転校し、クラスも同じにする工作がようやく実を結ぶのね♪」
「ええ、お嬢様。明日の祭の締めとして行われる演奏会で彼がお嬢様に惚れて悶々とすることで不様な失態をし、そこに颯爽と現れたお嬢様の執事たる自分の演奏で観客の人気を奪い取り、彼の家の財産や人脈も全て我が家のもの!」
……なんとも気の長い悪事を企んだものだ。
どうやら忠貴君は八突が思った以上に金持ちらしく、彼自身も音楽家として成功しているために狭い田舎の演奏会で恥をかかせて人気を総取り、結果的になんやかやで財産も総取りという計画らしい。
だがこんな悪事が許されていいものなのか?
当然許しちゃあいけない。誰だってそうさ。私、地の文だってこんな悪事は見過ごせない。
八突も当然のように忠貴君に知らせるべく天井裏をあとにしようとするが、ここ、赤羽家の警備もザルではないようだ。
「侵入者殺すべし!」
忍者だ! 忍者が天井裏で盗み聞きしていた八突目掛けて手裏剣をぶん投げたのだ!!(この手裏剣はとても重い)
だが敬虔な古代武士の血を引く八突は華麗に回避して挨拶を返す。
「挨拶代りに手裏剣を投げるとは随分な忍者だな。
流石は忍者、汚いのが仕事だなぁ」
何だか嬉しそうにも見える笑みを浮かべる八突。
実際彼は嬉しいのだろう。今回の話では勧善懲悪をテーマにしつつ、戦闘描写めいたことが無いと思っていたので、突然のバトル展開に心の炉に火がついたのだ。
……が、この小説はバトル描写が大嫌いな作者の小説であるため、特に山も谷もなくあっさいと片付く。
「お返しだ。エーイッ♪」
八突は投げられた手裏剣を実はキャッチしていたので投げ返す。
手裏剣を忍者以外の人間が上手く使うことなど出来ないと思ったからか、敵忍者は盾を構えて受けようとするも盾ごと吹き飛ばされる。
八突が決め顔で残心を取りつつ忍者に視線を向ければ、盾は盾の役目を果たせず死んでいた。
「お前さんが調子ぶっこき過ぎてた結果だよ?」
物言わぬ死体にそう言うと、まるで本職の忍者もかくやという素早い動きで赤羽家の天井裏を去る。
風の如く、走って温泉まで戻ってきた八突は、先ほどと変わりなく温泉に浸かったままの忠貴君にこう言った。
「彼女、お前さんを騙して大勢の観客の前で赤っ恥かかせて財産奪う気らしいぞ」
その一言で小柄でのんびり屋に見える忠貴君は鬼へと変わった。
そう、鬼神の如く骨格すら変わる! そう、愛ゆえに、恋ゆえに人は鬼にもなれるのだ!!
そうして祭りの締めである演奏会に向かう忠貴君。
「こんなにも苦しいのなら、こんなにもハラワタが煮えくりかえるのなら……、愛など要らぬ!!
奏でるぜ! 『感傷的無法者労働歌』の巻!!」
背景に謎の黒人オーラを背後霊めいて纏った忠貴君の演奏。
ヴィオラを巧みに操る忠貴君の演奏は、聞く者全ての耳を奪った。思考する力すらも奪った。
観客全てを虜にし、彼に敵う者などいないとさえ思わせる圧倒的な演奏だった。
その様子に、他の観客と同じように耳を傾ける二人。赤羽ジルとその執事の姿も会場にはあった。
「あぁ、音楽の前ではお金なんて無意味。
私は彼の音楽の才能すら金のために潰そうとしていただなんて、なんと愚かなのでしょう……」
「自分も同感ですお嬢様。
まさか彼の演奏にこれほどの魔力があるだなんて、自分では勝てそうにありません」
金を得ることを諦め、観客の一人へと落ち着いた二人の姿を視界の端に捉えながら、八突もまた演奏に集中する。
「百や千の言葉よりも、音を鳴らして意思を伝えてこその音楽家。
彼はきっと、あんなことを言いつつ、いつか本当の恋に出会えるさ」
「あたい達みたいな、かい?」
「俺らのは愛というにはべったりし過ぎさ」
「あたいはまだまだ物足りないけどねぇ~。
結婚式でもするかい? それとも子づくりが先かい♪」
「阿呆」
静かに腕を組み合う八突とお狼。
傍から見れば、この二人も十分恋人同士と言えるだろう。
こうして二人の雪山での旅も楽しいものへとなるのだったとさ。
演奏の魔力についてはヴィオラに大魔女の魂が乗り移った設定云々な気もしますけどね。
これまで雪山を舞台にした話は結構書いてきましたけど、何だかんだでネタが多いからか被ることないんですよねぇ~。
作者である私自身が海よりも山が好きだからかも知れませんね。




