↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/25

事故物件凸(後編)

 黒い画面の上に、最後の一コマが、焼きついたように残っていた。

 ライトに照らされた、岩の壁の角。

 その角度だけが、ゴウさんの居場所を知る手がかりだった。




◇




「録画、してました」


 葉山くんが、震える声で言った。


「ゴウの配信、面白そうだったから、画面ごと録ってて。……最後のところ、戻せます」


「見せて」


 葉山くんのスマホで、配信の最後の十秒を、一コマずつ送った。


 ゴウさんが、ふり返る。

 ライトが、真後ろの壁を照らす。

 壁の角が、一瞬だけ映る。


 止めて、と言った。


 画面の端に、岩の壁の角があった。

 角の向こうの壁に、赤いスプレーの文字が、ほんの少しだけ映り込んでいる。

 「参上」の、「上」の字の端。


「この角、直角じゃないです」


 わたしは、画面の角を、指でなぞった。


「百二十度くらい。鈍い角です。この迷路で、百二十度の角があるのは、輪になった通路の、北東と南西の二か所だけ」


 ノートの迷路を開いた。

 輪の通路の、二つの鈍い角に、赤いペンで印をつける。


「落書きは、北側の通路に書いてました。落書きが角の向こうに見えるなら、ゴウさんがいるのは、北東の角の、すぐ内側です」


 小野寺くんが、ノートをのぞき込んで、息をのんだ。


「……写真一枚から、それが分かるんですか」


「間取り、なので」


 答えになっていない答えだった。


 路地の向こうから、軽トラックのエンジン音がした。

 急ブレーキ。ドアの開く音。


 黒須さんが、モップの柄を担いで、走ってきた。

 その後ろから、黒いフードの小さな影が、ぴょんと荷台から飛び降りた。


「タエのところで、ぜんざいを食べておったら、こやつが血相を変えて飛び出していくのでな」


 ヨルが、口のまわりにあんこをつけたまま、言った。


「ついてきてやった」




◇




 三人で、地下に下りた。


 白い苔の光が、迷路を照らしている。

 でも、その光は、ヨルの家の地下よりも、どこか冷たかった。


「次、右です」


 わたしは、ノートを見ながら言った。

 黒須さんが、右へ曲がる。


 曲がった先が、行き止まりだった。


「……え」


 さっきまで、ここは通路だった。

 青い線が、わたしの目の前で、ゆっくりと向きを変えていく。


「道を、変えられてます」


「怒っておるな」


 ヨルが、迷路の天井を見上げた。


「この家の主は、迷路が好きなのじゃ。迷わせて、遊んで、最後に客間へ通す。そういう、いたずら好きのやつじゃ。……じゃが、壁に落書きをされて、腹を立てた」


 ヨルは、行き止まりの壁に、小さな手のひらを当てた。


「怒るのは、もっともじゃ」


 静かな声だった。

 わたしに言っているのではなかった。


「じゃが、殺してはならぬ。人を殺した家は、もう家ではなくなる。主が、家を家でなくしてどうする」


 しばらく、何も起きなかった。


 それから、行き止まりの壁が、ずず、と横に滑った。


 青い線が、また動いた。

 今度は、わたしたちの前に、まっすぐな通路が一本、北東の角まで、まっすぐに伸びていた。


「行け」


 ヨルが、額の汗をぬぐった。




◇




 ゴウさんは、北東の角の、すぐ内側にいた。


 狭まった通路の、ほんのわずかな隙間に、体を丸めてうずくまっていた。

 金髪が、岩の粉で白くなっている。自撮り棒は、半分に折れていた。


「ゴウさん」


 声をかけると、ゴウさんは、びくりと顔を上げた。


「……た、助け」


「助けに来ました。ひだまり不動産です」


 ゴウさんの顔が、くしゃりと歪んだ。

 画面の中で、あんなに明るく笑っていた人が、子どもみたいに泣いていた。


 黒須さんが、ゴウさんを担ぎ上げた。


「待て」


 ヨルが、腕を組んで、ゴウさんの前に立った。


「おぬし、この家の壁に、何を書いた」


「え、あ、ゴウ参上って……」


「消していけ」


「え」


「消していけ。そうせねば、この家の主は、おぬしを許さぬ。この家の迷路は、一生、おぬしの夢に出るぞ」


 ゴウさんは、金色の目に見下ろされて、こくこくとうなずいた。


 それから三十分、ゴウさんは、岩の壁の赤いスプレーを、タオルと水で、必死にこすって落とした。

 黒須さんが、黙って手伝った。わたしも手伝った。


 最後の一文字が消えたとき。


 迷路の苔の光が、ふわりと、温かい色に変わった。


 青い線が、また動いた。

 いちばん下の層の、大きな空白。その手前で、行き止まりだった通路が、すうっと奥へつながった。


「……通してくれるそうじゃ」


 ヨルが、小さく笑った。


「客間へ」




◇




 いちばん下の層の、いちばん奥。


 壁を押すと、ひらけた場所に出た。


 大広間だった。


 天井が高い。ドームのように丸く、苔の光が星のようにちりばめられている。

 真ん中に、岩をくりぬいた、長い長いテーブルがあった。両側に、ベンチが並んでいる。

 数えると、二十人は座れた。


 テーブルの端には、大きなかまどのような、石の囲いまである。


「……食堂だ」


 いつの間にか、後ろに学生さんたちが下りてきていた。

 黒須さんが道を確かめたあとで、葉山くんが連れてきたらしい。


 小野寺くんが、ドームの天井を見上げて、言葉を失っていた。

 三上さんが、石のかまどの前にしゃがみ込んでいた。

 来栖さんは、カメラを構えたまま、シャッターを押すのを忘れていた。


「この家、もとはアパートだったから」


 わたしは、天井を見上げた。


「大勢の人が、一緒に住んでいたから。この家の主は、大勢で食べる場所を、作っていたんだと思います」


 八年。

 だれもいなくなったアパートの下で、この家の主は、長いテーブルを、一人で磨き続けていたのだ。


「借ります」


 小野寺くんが、ふり返った。


「四人で。……いや、もっと仲間、呼びます」


 三上さんが、もうかまどに手を当てていた。


「ここで、鍋やろう」




◇




 翌日、ゴウさんが、謝罪の動画を上げた。


 不法侵入をしたこと。壁に落書きをしたこと。

 それから、助けられたときのこと。


『不動産屋のお姉さんがね、配信の最後の一コマの、壁の角度だけで、俺の居場所を当てたんすよ。間取りで。……マジで、命の恩人っす』


 動画は、一晩で百万回再生された。

 切り抜きが、あちこちに流れた。


『間取りで人を救う不動産屋』

『写真一枚で場所を特定は草』

『湧き物件の地下、ガチで部屋あるんだ』

『ひだまり不動産、どこにあるの』


 ひだまり不動産の電話は、また、鳴りやまなくなった。


 その夜、事務所で電話番をしていると、知らない番号から着信があった。

 出ると、聞き覚えのある、ぶっきらぼうな声がした。


「俺だ。源田だ」


「源さん。どうしたんですか、こんな時間に」


「動画、見た。お前、名字、柚木だったな」


「……はい」


 受話器の向こうで、源さんが、少し黙った。


「親父さんの名前は、修一か」


 心臓が、どくんと鳴った。

 父の名前を、だれかの口から聞いたのは、何年ぶりだろう。


「蔵を片づけてたら、出てきた。お前の親父の、図面帳だ」


 源さんの声が、少しだけ、かすれていた。


「取りに来い」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。