エピソード4-4
……なに?
もしかして送ってくれるのかな?
でも、さっき私は断ったし……。
たまたま行く方向が同じだけなのかもしれない。
家の場所を聞いたのも気まぐれだったのかもしれないし……。
田舎育ちの私が知らないだけで、都会の人は挨拶みたいな感覚で住んでいる場所を聞くのかもしれない。
だから、きっとあれも社交辞令みたいなものだ。
そう納得した私は、また数歩離れてその人の後ろを歩き出した。
いつも通りの速さで歩く。
だけど、その人との距離は縮まりもしなければ離れもしない。
一定の距離を保ったまま、私はその背中を眺めていた。
薄暗い路地ではよく見えなかった姿が、繁華街の人工的な明かりに照らされている。
大きな身体。
長い脚。
広い背中。
大きな靴。
黒く長めの髪は、生え際から後ろへ向かって細く編み込まれていた。
バイト先の控室に置いてあった雑誌で見たことがある。
たしか、コーンロウという髪型だったと思う。
そういえば、服装も雑誌のモデルが着ていたものに似ている気がする。
この人は、そういうのが好きなんだ。
人の年齢を当てるのは得意じゃない。
でも、たぶん、この人は私より年上だと思う。
本人に確認したわけじゃない。
それでもなぜか私には確信があった。
出会った時にそう感じて、言葉を交わすたびにその確信は強くなっていた。
この人の雰囲気も、話し方も……。
年下でも同級生でもない。
だから私は自然と敬語で話していた。
ずっとその人の背中を見つめながら歩いていた私は、今度こそ気づくことができた。
その大きな背中が止まったことに。
その人が足を止めたことに。
前だけを見て歩いていたその人が、不意に振り返る。
なにかを話しかけるでもなく、数歩後ろを歩く私を見つめていた。
「……?」
ずっと背中ばかり見ていたせいか、その人と目が合ったことが妙に不思議だった。
首を傾げながらも、私の足は止まらない。
少しずつ縮まっていく距離。
たった数歩のはずなのに、歩いているあいだはまるで別の世界にいるように遠く感じていた。
だけど実際は、数秒もあれば辿り着ける距離だった。
速めることも遅くすることもなく近づいていく私を、その人はポケットに両手を入れたまま見ている。
やがて目の前まで来たところで、その人が口を開いた。
「どこだ?」
「……はい?」
その人は私を見ている。
けれど、私には彼の言葉の意味が分からない。
もしかしたら私ではなく、別の誰かに話しかけているのかもしれない。
そう思って辺りを見回した。
たくさんの人が行き交っている。
けれど足を止めているのは、私とその人だけだった。
近くに、その人の知り合いらしき姿もない。
もう一度その人を見ると、怪訝そうな顔で私を見ていた。
どうやら、本当に私に話しかけているらしい。
……でも。
そうだとしても、さっきの言葉はやっぱりわからない。
確か、この人とは路地を出たところで別れたはずだ。
『バイバイ』も『さようなら』もなかったけれど。
『送る』という申し出を断ったのは私だ。
考えても答えは出ず、頭の中はますます混乱していく。
私はおそるおそる口を開いた。
「……あの……」
「ん?」
「誰に話しかけているんですか?」
「は?」
一瞬だけ表情を緩めたその人は、私の言葉を聞くと再び怪訝そうな顔になった。
「……えっ?」
その反応を見て、私はさらに首を傾げる。
なにか変なことを言っただろうか。
しばらく私の顔を見つめていたその人が――突然、楽しそうに声を上げて笑い出した。
厳つい顔を崩して笑うその人の表情には、どこか柔らかなものが滲んでいた。
「……お前、面白いな」
ひとしきり笑ったあと、その人は私の頭に手を伸ばし、無造作に撫でた。
その瞬間、鼓動が跳ねる。
……面白い?
……私が?
思考が追いつかないまま、その人が尋ねた。
「名前は?」
頭に手を置いたままの問いかけに、今度は自分への質問だと理解して答える。




