エピソード4-1
薄暗い路地裏。
かすかにメインストリートから人の声と物音が聞こえてくる。
私の隣には、初対面にもかかわらず鋭く冷たい眼差しを向けてきた男がいた。
厳つい顔立ちに、独特の空気をまとっている。
私とはまるで違う世界に生きている人。
逃げなければならないと分かっていたのに、なぜ近づいたのか自分でも分からない。
もしかしたら私は、刺激を求めていたのかもしれない……。
「知り合いじゃないのになんでここにいるんだ?」
一見すると突き放すような言葉だった。
けれど、そうは感じなかった。
彼はもうさっきのような眼で私を見ていなかったし、私が隣にいることを迷惑そうにしている様子もなかったからだ。
だから私は、思ったことをそのまま口にした。
「こんな所に座り込んでいるから、具合でも悪いのかと思って……」
そう言った瞬間、横顔に視線を感じた。
何気なく隣を見る。
すると、その人は無邪気な笑顔を浮かべて私を見ていた。
……なに!?
この人、本当にさっきの人と同一人物?
「心配してくれて、ありがとうな」
眩しいほどの笑顔に、私は思わず見入った。
「……いいえ」
なんとか返事をする。
高鳴る鼓動がやけに耳についた。
その人はゆっくりと腕を動かし、手をポケットへ差し入れた。
なにかを取り出そうとする仕草を見て、一瞬だけ嫌な想像が頭をよぎる。
だけど、それは杞憂だった。
その人が取り出したのは、煙草の箱だった。
慣れた手つきで箱を振り、飛び出した一本を口にくわえる。
続いて取り出されたのはジッポだった。
暗闇の中、わずかな月明かりがシルバーの表面に反射している。
金属音が響き、石の擦れる音とともに炎が灯った。
小さな炎が辺りを照らす。
浮かび上がる横顔。
だけど、私の視線は顔ではなく手へ向いていた。
器用にジッポを扱う大きな手。
その手を見ていたから気づいた。
炎に照らされた右手が、紅く染まっていたことに。
それを見た瞬間、私の身体は勝手に動いていた。
煙草の先端に炎が触れようとした瞬間、私はその大きな右手を掴んでいた。
突然強く掴まれたせいで、炎を灯していたジッポがバランスを崩す。
倒れた先は、私の手だった。
……っ!!
手に走るはずだった熱を想像し、私は思わず力を入れた。
私の手に触れかけた炎は、間一髪のところで伸びてきたもう一つの大きな手に払い落とされる。
ジッポが地面に落ち、高い金属音を響かせた。
驚きのあまり固まっていた私の耳に、低い声が届く。
「……危ねぇ」
そう呟いたその人の表情は、わずかに焦っているようにも見えた。
「ご……ごめんなさい」
私は勢いよく頭を下げた。
……まずい……。
怒ってるよね?
もしかして、私は殴られたりする?
高そうなジッポも落としちゃったし。
「……火傷してねぇか?」
「……えっ?」
彼のその言葉に、私は反射的に顔を上げていた。
心配そうに私を覗き込むその人へ、私は大きく頷いてみせる。
「大丈夫です」
「……良かった」
その人は安心したように息を吐いた。
私は地面に落ちたジッポを拾い上げ、表面の汚れを払う。
……良かった。
傷はついていないみたい。
私はそのジッポを差し出した。
「ごめんなさい」
「気にしなくていい」
その人が掌を開く。
私はそこへジッポを乗せた。
……あっ、そうだった。
「……あの……」
「うん?」
「手、怪我していますよ」
「怪我?」
私は、さっき炎に照らされていた手を指差した。
その指先を追うように視線が動く。
そして紅く染まった右手で止まった。
「大丈夫ですか?」
バッグからハンカチを取り出し、その人に差し出す。
「大丈夫だ」
彼は差し出したハンカチを受け取ろうとしない。
「……これ、使ってください」
「いや、いい」
「でも、血が……」
「これは、俺の血じゃない」
俺の血じゃない?
どういう意味?
断られてもなおハンカチを差し出す私を、その人は困ったような表情で見つめていた。
その顔を見て、ようやく言葉の意味を理解する。




