エピソード2-1
繁華街の駅近くにあるマンションが、その日から私の家になった。
実家の自分の部屋より少し広いワンルーム。
自炊をするつもりはなかったから、ミニキッチンで十分だと思った。
トイレとバスルームは別。
洗面所に備え付けられていたピンクのシャンドレがお気に入りだった。
家具は今まで使っていたものを持ってきた。
最低限必要なものだけを揃えて、私の新生活は始まった。
引っ越しの片付けがひと段落した頃、近所のカラオケボックスでアルバイトを始めた。
「勤務時間にはまったくこだわりません」
そう答えると、その場で採用が決まった。
二十四時間営業のカラオケボックスは、週ごとに勤務時間が変わる。
その店で知り合ったのがヒデアキだった。
客として店に来たヒデアキと、そこで働いていた私。
その出会いは、間違いなくナンパだったと思う。
飲み物を運んだ時に電話番号とアドレスを聞かれた。
「仕事中なので……」
そう言って、私は逃げるように部屋を後にした。
仕事を終えて店を出た時だった。
歌い終えて店を出てきたヒデアキたちと鉢合わせした。
「運命」
その言葉を何度も口にするヒデアキの勢いに押されて、私は番号とアドレスを交換した。
翌日から、私の着信履歴と受信メールには毎日のようにヒデアキの名前が並んだ。
内容は決まって遊びの誘いだった。
あまりに熱心なアプローチに根負けして、休みの日に一緒に出かけることになった。
待ち合わせをして、なぜか朝からボウリングへ行き、ゲームセンターへ行き、ご飯を食べて、繁華街を歩いた。
「俺たち付き合おうぜ」
夕飯を食べたい私と、酒を飲みたいヒデアキ。
お互いの希望を合わせて入った居酒屋だった。
カウンター席に並んで座り、お通しの酢の物に入っていたタコを食べようとした時。
突然――しかも驚くほど軽い調子で言われた。
「無理」
私は反射的にそう返していた。
だけどヒデアキは気にした様子もなかった。
自分の首につけていたシルバーのネックレスを外し、そのまま私の首にかける。
「それが俺の彼女って証拠な」
そう言って私の首元を指差し、満足そうに笑った。
その日から、なぜか私はヒデアキの彼女になった。
でもというか、やっぱりというか、そんなふうに始まった私とヒデアキの関係は、一年も続かなかった。
◇◇◇◇◇
「……別れてほしい……」
ヒデアキにそう告げられ、私は頷いた。
「分かった」
こうなることは、なんとなく分かっていた。
ヒデアキの彼女が私だけではないと気づいたのは、ずいぶん前だった。
一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、その予感は確信に変わっていった。
私は首につけていたシルバーのネックレスを外し、ヒデアキの前に置いた。
視線を落としたままネックレスを見つめているヒデアキに向かって言う。
「バイバイ」
ヒデアキがなにか言おうとした。
だけど、その言葉を待たずに私は席を立った。
一度も振り返ることなく、喫茶店を後にする。
一方的に始まった恋は、一方的に終わりを迎えた。




