エピソード1-1
「……別れてほしい……」
つらそうな表情でそう告げられた。
ついさっきまで恋人だった男性に……。
◇◇◇◇◇
私がこの街に来て、もうすぐ一年になる。
地元はここから車で一時間ほどの小さな街だ。
私はその街で生まれ育った。
この賑やかな繁華街と比べれば、そこはかなりの田舎だと思う。
その街には私の家族がいる。
会社員の父と専業主婦の母、それから三歳下の妹。
小さな街だから、幼稚園から高校まで顔ぶれはほとんど変わらない。
同じクラスになったり、ならなかったりを繰り返しながら、それなりに楽しい学生生活を送ってきた。
同級生も先輩も後輩も、みんな幼なじみのようなものだった。
顔見知りばかりだから、いじめも厳しい上下関係もない。
人間関係は気楽だった。
中学三年生の時、初めて彼氏と呼べる人ができた。
クラスは違ったけれど、同級生の男子だった。
今思えば、恋人というより友達の延長みたいな関係だった気がする。
一緒に帰って、一緒にお弁当を食べて、一緒にテスト勉強をして。
高校が別になってからも、その関係は変わらなかった。
一緒に過ごす時間は減ったけれど、お互いにそれを気にすることもなかった。
結局、その関係は高校を卒業するまで続いた。
卒業後、彼は他県への就職が決まった。
別れる必要はなかったのかもしれない。
けれど、遠距離恋愛をしてまで付き合う理由も見つからなかった。
別れ際も、お互い涙は流さなかった。
「今度どこかで会ったら、友達として食事でもしようね」
そんな約束を笑いながら交わした。
四年付き合ったわりには、あっけない別れだった。
恋というものの輪郭さえ曖昧だった私にとって、初恋の人との関係は、それほど大きなものではなかったのかもしれない。
平穏すぎる学生時代だった。
不満があったわけではない。
だけど、退屈ではなかったと言えば嘘になる。
高校生になった私は、友達とよくこの繁華街へ遊びに来ていた。
ショッピングをしたり、カラオケやゲームセンターで遊んだり、ただ時間を潰したり。
もちろん、買い物をする場所も遊ぶ場所も地元にはある。
時間だって、その気になればいくらでも潰せる。
それでも、電車やバスに乗って時間とお金をかけ、この街まで足を運ぶ理由があった。
この街には、私の住む街にはないものがある。
理由はうまく説明できない。
だけど、この街へ来るたびに胸が高鳴った。
地元と同じことをしていても、この街にいるというだけで何倍も楽しく刺激的に感じられた。
この街には朝も昼も夜もない。
人の流れが途切れることがないのだ。
時間ごとに表情を変えながら、人を引き寄せ続ける街。
私はそんな街に惹かれていた。
そして、この街を歩く人たちは皆どこか輝いて見えた。
世間知らずの田舎者だった私は、この街に住めば自分も輝けると本気で信じていた。
高校を卒業してからの二年間、私はひたすら働いた。
小さな建設会社で事務員をしながら、夜と週末はファミレスとコンビニでアルバイトを掛け持ちした。
その間、この街へ遊びに来ることも我慢した。
お金が貯まれば、この街に住める。
そうしたら――きっと私も輝ける。
何度もそう言い聞かせた。
必死に貯めた全財産を持って、両親の反対を押し切り、逃げるようにこの街へ来たのは一年前のことだ。
あの日、繁華街の駅で改札を抜けた瞬間に見た光景を私は今でもはっきり覚えている。
陽の光がアスファルトに反射し、行き交う人たちが本当に輝いて見えた。
それは、少し先の未来の自分を見ているようだった。
――私も輝ける。
そう強く信じていた。




