エピソード8-2
「ん? だって約束を守ってくれたじゃん」
「約束?」
「うん。『明日、ハンカチを持っていく』って、いう約束」
「……」
「もしマサトが悪い人なら、そんな約束は守らないでしょ?」
「……」
「だから大丈夫」
「……」
「顔は怖いけど、私はマサトのこと信じてる」
「……その『顔は怖いけど』っていうのは余計じゃねぇか?」
「やっぱり?」
「あぁ」
そう言いながら、マサトは笑った。
少しだけ照れくさそうに。
そして、少しだけ嬉しそうに。
普段のマサトはとても年下には見えない。
けれど無邪気に笑うその表情は、年相応だった。
私はそんなマサトの腕を掴んで引っ張った。
「早く行こう。私、すっごくお腹空いてるんだから」
腕を引かれたマサトは、
「……はい、はい」
苦笑しながら立ち上がった。
抵抗することも、小言を言うこともなく、そのまま私に引っ張られていく。
◇◇◇◇◇
路地を出た私たちは、繁華街にある二十四時間営業の大きなスーパーに入った。
正直、私は落ち着かなかった。
また、さっきの男たちに会ったらどうしよう。
さっきはなんとか逃げられた。
だけど、次も逃げ切れるとは限らない。
ガラの悪さだけなら明らかにマサトの方が上だけど、向こうは三人で、こっちは二人だ。
しかも私が戦力になれる可能性はゼロだから、実質三対一だ。
もしかしたら向こうは仲間が増えているかもしれない。
そんなことばかり考えていたら、不安がどんどん膨らんできた。
……でも、それは私だけらしい。
マサトは私の隣で、スーパーのロゴが入ったオレンジ色のカゴを持ち、いたって普通の顔で歩いている。
スーパーのカゴとマサト。
その組み合わせは致命的に似合わなかった。
……というか、もはや不似合いを通り越して奇妙ですらある。
すれ違うおばさんたちも驚いたような顔でマサトを見ているし……。
そもそも、マサトがこんな場所にいること自体がおかしいのかもしれない。
『スーパーに行こう』と言ったのは私だ。
だけど、それはかなり無謀な誘いだった気がする。
マサトだって本当はこんな場所に来たくなかったかもしれない。
しかも買い物カゴまで持たされて、すれ違うおばさんたちから好奇の目で見られている。
居心地の悪さは私の想像以上かもしれない。
そう考えたら、なんだか申し訳なくなった。
「……ねぇ、マサト……」
「ん?」
「私が大急ぎで買い物済ませるから、外で待ってて」
「は? なんで?」
「なんでって……スーパーとか、あんまり来たくないでしょ?」
「いや、別に」
「そう?」
「あぁ」
マサトは頷いた。
だけどこれはきっと私に気を遣っているに違いない。
そう思った私は、
「じゃあ、カゴは私が持つよ」
マサトが持っているカゴへ手を伸ばした。
だけど、私の手は取っ手に届かず、空を切った。
「きゃっ……」
掴もうとしていた取っ手を掴めなかった私は、そのままバランスを崩した。
……ヤバい! コケる!!
反射的にそう思った。
……自慢じゃないけど、私はよく転ぶ。
身長が低いというコンプレックスを隠したくて、いつもヒールの高い靴を履いているのも理由のひとつだ。
だけど、多分……いや、間違いなくいちばんの原因は私自身にある。
要するに、そそっかしいのだ。
じゃあ気をつければいいじゃないかという話なんだけど、自分では細心の注意を払っているつもりでも、周りから見るとかなり危なっかしいらしい。
そんな私には、ひとつ特技のようなものがある。
転びそうになった瞬間、その転倒がどれくらいの被害を自分にもたらすのか予想できることだ。
これが本当に特技と呼べるほどのものなのかは分からないけれど、今だって、このまま体勢を立て直せなければ、私はかなりの勢いのままスーパーのど真ん中で盛大に転倒することになる。




