エピソード7-1
低い声の主は、いつの間にか戻ってきていたマサトさんだった。
不機嫌そうな表情を浮かべたマサトさんは、私の目の前にいた男の子たちを鋭い目で睨みつけながら、私の肩を掴んで自分の方へと引き寄せる。
その力は驚くほど強かった。
マサトさんは片手で軽々と私の身体を引き寄せる。
勢いよく引っ張られた私は、マサトさんの身体に額をぶつけてしまった。
「……いたっ」
思わず声を上げると、
「あ、悪ぃ」
申し訳なさそうな声が頭上から降ってきた。
「……いえ、大丈夫です……」
慌てて答えたけれど、この体勢はとても話しづらい。
後頭部から背中にかけてマサトさんの腕にしっかり固定され、身動きひとつ取れない。
もう少し私の身長が高ければ、背中を抱き寄せられているような格好になったのかもしれない。
けれど身長の低い私を、背の高いマサトさんが抱き寄せると――ちょうど私の顔が、マサトさんのお腹より少し上あたりに正面を向いたまま密着している状態で、話しづらいうえに息苦しい。
どうしよう。
これは素直に言った方がいいんだろうか。
それとも我慢するべきなんだろうか。
確かに息苦しい。
息苦しいんだけど、離れたいとは思わなかった。
視界を遮られた暗闇の中で感じるのは、規則正しい鼓動と呼吸の音。
その音が少しずつ私を落ち着かせていく。
服越しに伝わるマサトさんの体温も心地よかった。
「あいつらはお前の知り合いか?」
その問いに、私は大きく首を横に振った。
「ち……違う」
『全然違う』と伝えたかった。
けれど顔を埋めたまま答えたせいで声はくぐもり、大きく首を振ったつもりでも、マサトさんの腕に固定されていてほとんど動いていなかった。
「知り合いじゃねぇんだな?」
「う……うん」
「分かった」
……えっ? ……なにが?
一体なにが分かったんだろう?
不思議に思っていると、
「やっぱりひとりじゃなかったんだ。男連れだったなんて」
突然現れたマサトさんに驚いて固まっていた男の子たちも、ようやく我に返ったらしく口を開いた。
「……残念。せっかくお友達になれるチャンスだったのに……」
その言葉に私は耳を疑った。
お友達になれるチャンス?
……冗談じゃない。
普通、友達になりたい相手に手を上げたりしない。
バッグの中を力ずくで見ようとしたりしない。
私は無意識のうちに、マサトさんの服をぎゅっと掴んでいた。
「……てか、こいつ……神楽じゃねぇ?」
かぐら?
「あ?」
少しの沈黙のあと、
「ラッキー、神楽発見」
その声と言葉に、私はぞくりとした。
「ヒナ」
「は……はい」
「十、数えろ」
またしてもマサトさんの言葉に主語はなかった。
「えっ?」
私には理解しがたい。
「数を数えてる間は絶対に俺から手を放すな。分かったな?」
……『分かったな』って言われても……。
私にはなんのことだかさっぱり分からなかった。
分からない。
だけど、その意味を聞き返している余裕がないことと、今がそんな状況ではないことくらいは分かる。
だから私は、
「……分かった」
そう言って頷いた。
小さく息を吐き、マサトさんの服を掴む手に力を込める。
目を固く閉じたまま、私は数え始めた。
……いち……。
……にい……。
「おいっ、神楽。覚悟決めろや」
「三対一だから、お前に勝ち目なんてねぇぞ」
「お前が俺たちの出す条件を飲めば今日は見逃してやるよ」
「女の前で恥なんてかきたくねぇだろ?」
……さん……。
……しい……。
「……ゴチャゴチャうっせぇな。なんで俺が、てめぇらの出した条件なんて飲まなきゃなんねぇんだよ?」
「あ?」
「……ったく、前にも言っただろ? 俺たちがてめぇらの下につくことなんて、天と地がひっくり返ってもねぇって」
……ごお……。
……ろく……。
「……てめぇ!」
私はそこで数えるのをやめてしまった。
正確には、数なんて数えられなくなった。
張り詰めた空気が嫌というほど伝わってきて、身体が小刻みに震え始める。




