エピソード6-5
「……持ってません」
「持ってないなら払えないじゃん」
「……ですよね」
「やっぱりコイツ、俺らのことバカにしてんじゃん」
再び感情を爆発させた男の子が、苛立った口調で言いながら私を睨む。
その肩をなだめるように叩いた仲裁役の男の子が、表情を変えないまま口を開いた。
「別に俺らは金が欲しいわけじゃねぇんだよ」
「……そうなんですか?」
「あぁ」
「じゃあ、私はどうすればいいんですか?」
「番号」
「番号?」
「携帯の番号を教えて」
「……はい?」
「今日は俺たち忙しくて無理だけど、今度遊ぼうよ。それで今回のことはチャラってことでいいから」
それは私にとって拍子抜けするような提案だった。
大人な解決法なんて言うから、どんなことを要求されるのかと思っていたら。
人間というのは不思議なもので、自分はそれほど大したことをしていなくても、言葉巧みに追い込まれると、相手の要求を受け入れなければいけない気分になってくる。
もちろん私も例外じゃなかった。
小石を軽く当ててしまっただけなのに、いつの間にか大きな石を故意にぶつけてケガをさせてしまったような罪悪感を覚えていた。
この状態が俗に言う〝洗脳〟みたいなものなのかもしれない。
そのときの私には、それを冷静に判断する余裕なんてなかった。
普段なら初対面の相手に携帯の番号なんて教えたりしない。
でも冷静さを失っていた私は、
携帯の番号を教えて許してもらえるなら……。
そう考えてしまった。
「……分かりました」
頷いた私は、横に置いていたバッグへ手を突っ込んだ。
私を見ていた男の子が、にっこりと笑う。
「良かった。話の分かる子で」
満足そうにそう言った。
その瞬間、私は気づいてしまった。
笑っている男の子の瞳の奥が、まったく笑っていないことに……。
その目を見た途端、身体が固まった。
背中を冷たいものが流れる。
……ダメ。この人に番号なんて教えたら大変なことになる。
頭の中で危険信号が鳴り響く。
私はバッグの中でスマホを強く握り締めた。
どうしよう。絶対に教えたくない。
でも、教えるって言っちゃったし。
だけど、教えたら大変なことになるかもしれない。
どうすればいい?
「どうしたの?」
いつまでもバッグへ手を入れたまま動かない私に気づいたらしい男の子が、不思議そうに尋ねてくる。
「……えっと……」
適当な言葉を探しても見つからず、私は焦っていた。
……どうしよう……。
その言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
「なに?」
……どうしよう?
「……あの……」
……どうしよう?
「……」
挙動不審な私を見つめる男の子たちの目に、不信感が広がっていく。
「……スマホ……」
「スマホ?」
「スマホを……家に忘れてきたみたいで……」
咄嗟に口から出たのは、あまりにも苦しい嘘だった。
「忘れた?」
「……はい」
「マジで?」
「……はい」
「番号とか覚えてないの?」
「最近、番号を変えたんで、まだ覚えてなくて……」
「ふ~ん、そっか。残念だな」
「……すみません……」
「忘れたんなら仕方ないじゃん」
「……はぁ……」
下手な嘘を信じてもらえたらしいことに、私は胸を撫で下ろした。
「……てか……」
「……はい?」
「君、嘘とか吐いてないよね?」
「う……嘘?」
「うん。本当はバッグの中にスマホがあるのに、忘れたとか言ったりしていないよね?」
一瞬、本当に心臓が止まるかと思った。
「う……嘘なんか……」
「それなら、見せてくれる?」
「えっ?」
「君が本当にスマホを忘れたんなら、バッグの中を見せられるよね?」
男の子は、私がまだ手を入れたままのバッグを指差した。
ヤバい。どうしよう。
スマホを忘れたなんて嘘なのに……。
スマホは家にあるどころか、今も私の手の中にある。
バッグの中を見せたらすべてがバレてしまう。
「見せられないの?」
男の子がいやらしい笑みを浮かべた。
瞳の奥が笑っていないその表情を見て、私は気づいた。
……この人、私の嘘に気づいてる……よね?
それなのに、あえて気づかないふりをしている理由はなんだろう。




