エピソード5-4
〝カラオケボックス女性店員、繁華街で男に殴られ重傷〟
〝繁華街でシカトした女性に逆上した男が大暴れ〟
……無理。
絶対に無理。
早く誤解を解かないといけない。
「ち……違うんです。疲れていて、こわくて、現実逃避しちゃっただけなんですっ」
「は?」
しまった!!
焦りすぎて、自分でも意味の分からないことを言ってしまった。
「……疲れていて、こわくて、現実逃避……」
マサトさんが不思議そうな顔で私の言葉を繰り返す。
「あ……あの、違うんです」
「うん?」
「えっと……あの……」
マサトさんはまっすぐ私を見下ろしていた。
その視線に、残っていた冷静さまで持っていかれる。
「……えっと……」
なにから話そう。
「……あの……」
どんな風に伝えればいいんだろう。
「……」
「……その……」
……ていうか、なんの話だったっけ?
「……」
「……なんでしたっけ?……」
「は?」
冷静さが吹き飛んだ頭からは、思考力まで綺麗に消えていた。
正面には、不思議そうな顔で私を見つめるマサトさん。
そして背後からは、突き刺さるような複数の視線を感じていた。
居心地の悪さが限界に達した時、頭に浮かんだ言葉は一つだけだった。
――逃げた方がいい!!
なにがなんだか分からない状況の中で、その言葉だけが妙にはっきりしていた。
そして珍しく、私の身体もその指示に従おうとした。
……従おうとしたのだけれど。
私が動くより先に、マサトさんが動いた。
くるりと半回転し、走り出そうとした私へ大きな手が伸びてくる。
その手は私の左側から回り込み、左肩を越えて右肩を掴んだ。
周囲から見れば、マサトさんが私の肩を抱いているように見えたかもしれない。
けれど実際は違う。
逃げようとした私に気付いたマサトさんが、私を捕獲しただけだった……。
その証拠に、マサトさんは私の耳元で低く囁いた。
「……なに、逃げようとしてんだ?」
「……あっ……」
行動を読まれたことに固まっていると、
『マサト! こんな所でイチャ付いてんじゃねぇぞ~』
背後から声が飛び、その直後に笑い声が広がった。
……いや……。
全然イチャついてないんですけど。
なにをどう見たらそう見えるのか分からない。
まったく甘い雰囲気なんてないのに。
むしろ緊張感しかない状況なのに。
この人達にはそう見えるらしい。
何を言われても、どれだけ笑われても。
私は俯いたまま身動きひとつできなかった。
そんな私の耳に、小さな舌打ちが落ちてくる。
「……!?」
普段なら聞き流してしまいそうな音だった。
けれど怯えきっている今の私には、やけにはっきり聞こえた。
……もう、この場から消えてしまいたい。
追い詰められたせいか、身体が小さく震え始める。
その時だった。
マサトさんは私の肩を掴んだまま振り返り、
「……先に戻ってろ」
低く言った。
冷やかす声も笑い声も、そこでぴたりと止まった。
『お前はどうすんだよ?』
背後から飛んできた声に、
「ちょっと出てくる」
マサトさんが短く答える。
『今の状況が分かってんのかよ?』
その言葉を聞いても、マサトさんは立ち止まらなかった。
そのまま歩き出し、彼に肩をしっかりと掴まれていた私は、連れ去られるようにその場を離れることになった。
『おい、マサト!』
呼び止める声が一瞬だけ繁華街に響き、すぐに雑踏へと飲み込まれていった。
私の耳に届いたのだから、マサトさんにも聞こえていたはずだ。
それでも彼は振り返らなかった。
それからずっと無言のまま歩き続けたマサトさんが足を止めたのは、私が住むマンションが見える駅前だった。




